「はい、甥っ子くん。お待たせ致しました」
サンジの家にある中で一番大きな丼は、ゾロの専用だ。
熱々のご飯に半熟卵で閉じた親子煮を掛け、三つ葉を添え、澄まし汁と浅漬けと共にテーブルへ運んでやると、
金色の瞳がキラキラ輝いた。
「美味そう」
「美味いぞ。食え」
「いただきます」
こういう時のゾロは、やっぱりゾロだ。
可愛くて、ちっちゃくて、愛らしくて。
自分に、精一杯の愛情を向けてきた、ゾロ。
――…そうだ。
何も、今さら始まったことなんかじゃない。
ゾロは昔から、サンジに対して『大好きだ』と全身でアピールしていた。
ちっちゃな体で、拙い言葉で、出来る範囲の精一杯で。
サンジが好きだ、と。
――…ずっと、昔から。
ゾロが、大人に近付いて。
『好き』の内容が、変わってきた、それだけのこと。
ゾロは、何も変わらない。
ただサンジを、真っ直ぐ想い続けているだけだ。
だからきっと、サンジのように揺るがない。
ゾロにとってサンジへの想いは、ごく、ごく当たり前のものだから。
「サンジ、麦茶くれ」
「――…ああ」
陶器で出来たグラスに麦茶を注ぎ、ゾロのもとへ運ぶ。
受け取ろうとして伸ばしてきたゾロの手を、視界に捉えていながら。
――…テーブルの上に、コトリとグラスを置く。
「―――…」
「ゾロ、きんぴらもあるぞ、食うか?少し塩っ辛いんだが――…」
「サンジ」
カタ、と。
箸を箸置きに置いて、ゾロが真っ直ぐにサンジを見る。
「――…なんだ」
「実はな、今朝、隣の女子高に通う生徒から告白された。顔も知らねェヤツだったが――…何だか、必死でな。好印象を受けた」
「――…」
ゾロが女生徒にモテることを、サンジも知っている。
ぐっと背丈が伸び、精悍な顔立ちに体が似合ってきてから、急にゾロの持ち物の中に、色恋めいた品が入り込むようになった。
可愛い手紙だとか、手編みのマフラーだとか、手作りのクッキーだとか。
今までのゾロは、そうしたもの全てを流してきたはずだった。
受け取りはするが、返さない。
バレンタインのチョコだって山ほど貰っておきながら、ホワイトデーには何も返さなかった。
サンジが『サイテー野郎だ』と散々詰ると、ゾロは煩そうにこう言ったのだ。
『オレには、好きなヤツがいる。だから、何も返す気はねェ。それでもよければ貰う、っつったんだ。別に、問題ねェだろ』
「――…いい子なのか?」
「知らねェ。今日会ったばっかだからな。ただ…昔死んじまった、道場の一人娘に似てた」
「そうか――…」
ゾロが幼い頃、唯一心を許した女の子。
ゾロが通っていた、剣道の道場の一人娘。
彼女が生きてくれていたら、と思うことも度々あった。
よかったじゃねェか。
――…これで、万々歳だ。
「…よかったな。付き合うんだろ」
「――……」
「もう、オレがメシを作ってやるのも、最後になるかもな」
「――…テメエは、それでいいのか?」
「あ?」
「オレに、彼女が出来て、テメエと疎遠になって。本当に――…それが、テメエの望みなのか?」
「ゾロ――…」
「オレは、違う」
ゾロの声が、微かに震える。
「オレは、テメエが」
「ゾロ」
「テメエと」
「ゾロ!」
ビクリと肩を震わせ、ゾロがサンジを見る。
今にも泣き出しそうな瞳。
胸を突かれる想いで、サンジがぐっと拳を握る。
「そんな瞳で――…オレを、見んな…」
「――…サンジ」
「らしくねェんだよ。テメエはいつも、ムカつくぐれェ強気な瞳してろ。弱さなんざ全然見せねェ、バカみてェに真っ直ぐな瞳で」
「オレぁ、テメエが思うほど、強い人間じゃねェんだよ!!」
悲痛さを滲ませて、ゾロが叫ぶ。
その声に、サンジの胸がハッと抉られる。
「ゾロ――…」
「オレぁ、強かねェんだよ!弱さも情けねェとこも、本当は、テメエに全部全部見せてェんだ!見て欲しいんだ!」
「―――…」
「誰かと付き合うと告げたら、テメエが慌ててくれるかも、とか――…そんなムシのいいことを考えていたワケじゃねェ。
でも――…もし、止めてくれたら、…って」
「――…」
「テメエは、狡ィよな」
ゾロが、ふ、と笑いを滲ませる。
その笑みがやけに男っぽく見えて、サンジの胸がどくんと鳴る。
「――…可愛い甥っ子でいて欲しい。でも、強い男でもいろと言う。テメエの理想通りに在るのは――…疲れる」
「ゾロ――…」
「――…付き合ってみることにする。テメエが…そう、望むなら」
仄かな笑みを乗せて、ゾロがサンジを見つめる。
「テメエを、オレっつ―枷から、外してやんよ」
「―――…」
「もう――…此処にも、来ねえ」
ズボンのポケットを探り、ゾロはキーケースから一本の鍵を外して。
「――…今まで、ありがとう」
カチリ、とテーブルに置かれた金属。
――…サンジの部屋の鍵。
「――…風呂に…入ってくる」
「え?」
「それ、食い終わったら流しの洗い桶の中に浸しとけ。帰り、玄関の鍵は開けっぱでいいから」
「―――…」
「じゃあな。――…ゾロ」
呆然とした表情のゾロを残して、リビングを出る。
これ以上、ゾロの顔を正視出来そうになかった。
帰るゾロを見送らずに済む為には、何処かに籠もるしかない。
歪んだ表情を、零れそうな涙を、今すぐにでも消えてしまいたいほどの居たたまれなさを。
全部隠してくれるのは、シャワールームが一番最適に思えた。
――…覚悟しとけよ。
(これで、いいんだ)
自分に言い聞かせながら、頭からシャワーを被る。
熱い熱いシャワーに打たれながら、涙がせり上がってくる。
何年分の、涙だろう。
いつからか背負った、重い十字架。
ゾロは『枷を外してやる』と言った。
本当に、十字架を負わされていたのは。
雁字搦めにされていたのは――…
覚悟も、想いも、何もかも中途半端なくせに。
どうしても、その手を離してやることが出来ずにいた、
ただただ自分勝手なオレに振り回されるしかなかった、
――…ゾロ、
…テメエの方だったんだろうに。
別れを告げられてからその大切さに気が付くだなんてこと、いくらだってあった。
それでも今回のコレは、未経験レベルだ。
汚したくない、穢したくない。
そう思ってきた自分の想いが、何よりアイツを苦しめていたことも、本当はわかっていた。
でも―――…
どうしても、振り切れなかったのは。
応えてやることも出来なかったのは―――…
―――…愛していたから。
――…大切にし過ぎることと、臆病になり過ぎること。よく似てるよね――…
いつかの、エースの言葉を思い出す。
オレは、間違ったのか?
――…いや、間違っちゃいない。
アイツは、オレを諦めたじゃねェか。
可愛いレディを選んだじゃねェか。
オレは、間違っちゃいなかったんだ――…
不意に。
ヒヤリ、とした空気が背中に触れて、体が小さく震える。
勢いよく流れてゆく、熱い湯。
濡れた髪を掻き上げながら、後ろを振り向こうとした瞬間。
「―――…!!」
「――…何も、しねェよ」
するりと背後から回される、太い腕。
熱い、体温。
「―――…ゾロ…」
「何も、しねェから。だから――…これで、最後だから」
叩き付けるシャワーの水音に掻き消され、ゾロの声がくぐもる。
中途半端に振り向いたまま動けずにいるサンジの体をそっと抱き締めて、ゾロが絞り出すように呟く。
「大好きだ」
ギュ、と心臓を掴まれる。
あまりの痛みに声も出ない。
「大好きだ。サンジ。一生、好きだ。おまえのことが、大好きだ」
そっ…と、肩に触れた唇。
最初で最後のくちづけが、肩にだなんて。
消えない烙印。
こんな――…熱い、唇を。
もう、きっと一生――…忘れることなんか出来ない。
「―――…ゾロ…!」
もう、駄目だ。
もう、誤魔化せない。
「ごめんな。ごめん。好きだ。テメエが、好きだ」
振り向き様に、ゾロの体に抱き付く。
いつの間にか、自分と並んだ背丈。
よく鍛えられた体はしなやかな筋肉を纏って、――…ほら。
サンジが抱き付いたって、もう…揺るぎもしない。
「サンジ……!?」
「ごめんな、足枷はオレの方だ。オレはテメエの未来を駄目にしちまう。素敵なお嫁さんも、可愛い子どもも、テメエが
当たり前に手に入れられるはずの幸せを、オレが」
「サンジ」
「でも、好きだ。ごめん。ごめん、ゾロ」
「サンジ…――!!」
もう堪らないというようにサンジを抱き締め、切羽詰まった声でゾロが叫ぶ。
「謝るな!謝るなよ!」
「でも、ゾロ…――」
「テメエと一緒なら、他には何も無くたって構わねェ!どんな幸せより、オレはテメエを選ぶ!」
「―――…」
「テメエがオレを、望んでくれるなら…――ソレ以上のモンなんて、オレには、とっくにねェよ…!」
見上げる瞳にニッカリと笑って、でも何処か泣きそうな瞳で、ゾロがこつりと、サンジの額に額を合わせる。
「――…テメエが足枷なら、抱え上げて歩いてやる」
「――…ゾロ」
「何だって背負ってやる。だから――…」
熱いシャワーに打たれながら涙を堪えたせいで、ほんのり上気したサンジの頬に、そっと手を滑らせながら。
「――…オレを、一生。テメエの傍に、置いてくれ」
そう囁いたゾロに、サンジが強気な笑みを浮かべる。
「――…じゃあ、テメエのことは。オレが抱え上げて、歩いてやるとするか」
「――…え」
「テメエの弱いとこも、情けねェとこも。オレが、一緒に背負ってやるよ。だから、…――全部、見せてくれるだろ?」
「サンジ…――」
思わず、というように呟いたゾロに向けて。
サンジが、蒼い瞳を悪戯っぽく煌めかせ、金色の瞳を覗き込む。
「なんつったって、うちの甥っ子くんは。おにいちゃんのことが、大好きなんだもんな?」
ニヤリと笑ってそう言うと、精悍な顔が男らしく笑んで。
「――…けっ。何がおにいちゃんだ、いい歳しやがって。そろそろ、『おじさん』だろが」
「あっ、テメエ!ムカつく!」
キ―ッ、と怒った後。
しなやかな両腕を伸ばし、ゾロの首に絡めて小首を傾げ、ふわり、と艶やかに笑んで。
「――…なるほど。じゃあ、いい歳したオジサンの体になんて、甥っ子くんは興味ねェ、っつ―ワケだ」
「悪ィ。前言撤回だ、おにいちゃん」
「早ェ!」
ケラケラと笑うサンジの顎を、ゾロがそっと指先で捕らえる。
「サンジ」
何百回も、何千回も、呼ばれてきた名前。
それが、今…――堪らなく甘い。
抱き竦められた肌の熱さに、今までの年月を噛み締めて。
サンジはシャワーの水音を聞きながら、そっと、蒼い瞳を閉じた。
end
あうもんどちっぷ様宅の絵茶で、
ちびっ太さんと芳賀がコラボしたイラストを元に、
Honeyのにあ様が素敵なSSを書いてくださいましたvv
百戦錬磨な感じがするちびさんのサンジと
サンジが好きで好きでどーしようもなさそうな芳賀ゾロ(←デフォ///)
サンジってば、ゾロを汚してしまうような気がして、
真っ直ぐなゾロの想いになかなか答えられないんですね〜vv
萌え!
にあ様、ありがあとうございました!!
↓元にしてくださったイラストはこちら
しかしこれ、ゾロサンのホンバンがないんですよ!!
ちょっとちょっと、それって寸止めッスか??
とわがままを言ったら、にあさんが続きを書いてくださいましたvv
愛の十字架After