Sorry, my darling. -2-

剣術の他に誇れるものは腕力くらいだったので、
買い出しに出るというコックの荷物持ちを買って出た。

宴会の豪勢な料理はいつもサンジの手になるものだ。
今回は主役がサンジなので、女性陣が料理を買ってでたのだが、
レディ達の手を煩わせたくない、と言って本人が相当ごねたらしい。

くるくると歩き回って食材を手に入れてゆく。
店主と雑談をしながら地元の料理について情報も仕入れている。
本当に根っからのコックなんだなぁと、感心しつつ付いて回る。

サンジが立ち止まったのは青果店の前だった。
店先に香草が並べられていて、爽やかな香りが漂っていた。

「マダム、これは何て言うハーブ?」

マダム、と呼ばれた小太りな店の女将は、「やだよ、マダムだなんて・・・」
などと照れながらも機嫌良さそうに説明を始めた。

「ハーブなんていう程のモンでも無いんだけどね、
 この島にだけある香草なんだよ。
 魚料理によく合うよ」
 
「へえ・・・良い香りだな、
 航海の途中なんで、乾燥したものが欲しいんだけど・・・?」
 
「そうかい・・・、済まないねぇ、
 残念だけど、乾燥すると香りがすっかり薄くなっちまうんだ、
 あそこの森にちょっと入ったところに沢山自生もしてるんだけど・・・」

「そうなんだ・・・ありがとう」

サンジは軽く笑って礼を言うと、他の野菜の品定めを始めた。
今日の宴会料理に必要なものを購入すると、
「しっかり運べよ、荷物持ち」
と言ってゾロに手渡した。

「・・・重い」
「トレーニングにもなるから一石二鳥だろ?
 お前のとりえなんざクソ力ぐらいだろうが。
 そのくらいならおれだって普段運んでるぞ」

すたすたと先を歩き始めた後姿を懸命に追う。
八百屋の女将が指差した『あの森』の方角を頭に入れながら。


* * *


物覚えは悪い方では無いのだが、生来の方向音痴だけはどうしようもない。
いったん船に戻って買出しした荷物を置いたあと、散歩に出ると言って出てきたのだが。
出掛けに「夕方までには帰って来いよ」と言っていたサンジの言葉ばかりが胸をよぎる。

青果店の女将の言うとおり、森に入ってほとんどすぐに目的の香草は見つかった。
土ごと持ち帰り、植木鉢にでも植えればと思い、船に引き返すつもりだったのだが、
森はどんどん深くなるばかりで一向に拓けた場所に出ない。

傾き始めた太陽に若干の焦りを感じながら、ゾロは必死にサニー号を目指した。


* * *


「散歩ってどこまで行っちゃったのよ、ゾロってば。」

空には一番星が輝き始め、サンジお手製の宴会料理がテーブルに並び始めた。
良い匂いにつられてクルーが次々と集まり始めたが、ゾロの姿が見えなかった。

事情を知っているナミはゾロが出かけていった理由は想像がついたけれど、
どこへ何をしに行ったのかまではわからなかった。

「いいよ、ナミさん、マリモのことだからおおかたどっかで迷子になってんだろ
 そう簡単には死にはしねえだろうから、そのうち帰ってくるさ」
「でも、今日は・・・」
「いいんだ」

どこか自嘲気味な笑顔を浮かべてサンジは言った。
「あいつにとって、あんまり祝いたくも無ぇ相手なんだろ、おれは」
「そんなこと・・・」

「おれも野郎に祝ってもらうよりは、ナミさんやロビンちゃんみたいなレディに
 祝福されるほうが嬉しいし〜」
 
くるくると回り始めたサンジを呆れ顔で見ながら、
ナミはゾロの迷子癖を心の底から不憫に思った。

* * *

ゾロがサニー号へ戻ってきたのは、宴も半ば、メンバーに大分酔いが回ってきた頃だった。
泥だらけの格好で、手には萎れかけた野草を握った状態で。

異様な光景に一同言葉を失ったが、やがてナミが口を開いた。

「ゾロ、アンタどこ行ってたの?」
「ああ、散歩だ」

「散歩って・・・その格好・・・」

ゾロはそのままスタスタとサンジの方へ近づくと、手にしていたモノを差し出した。
萎れてくたりとしたその姿は、2人が昼間見た香草の姿とは掛け離れてしまっていた。
根っこごと抜いてきたらしく土が付いたままだったが、それもほとんど乾いている。

見ていたウソップは、自分の子供の頃を思い出した。
野原で見つけた小さな花を母に見せたくて、摘んで家へと帰ったものだった。
だがゾロは子供ではなく大人と言って良い年齢だ。

「何だこれ・・・」

サンジだってゾロの母親ではない。
最初は面食らったような顔をしていたが、次第に表情を歪めると、
搾り出すような声で言った。

「─────あれほど言ったのに宴会の開始の時間には戻ってこねぇし、
 しかも土産はコレか?」
 
「─────それは、」
「バカにすんな!!」

サンジはゾロの手をピシリと払った。
手にしていた野草がポトリと床に落ちた。

「ちょっと、サンジくん・・・」
ナミが慌てて割って入る。
「気持ちはわかるけど、ゾロにも何か事情があるんじゃないの?」

「事情ったって、ナミさん!!」
「───いや、いい」

ゾロは踵を返すと男部屋の方へと歩き出す。
「ゾロ、どこ行くんだ?」

声を掛けるウソップに、
「ちょっと汚れちまった。風呂入ってくる」
と告げ、ゾロは男部屋へ消えた。

「ちょっとどころじゃねえだろ、あれ」

「サンジ、これ・・・。」
チョッパーが鼻を蠢かせて野草の匂いを嗅いだ。

「あ?」

「これ、いい匂いがする。
 ハーブじゃないのか?

 ただの野草じゃないよ。
 それに今までにあまり嗅いだことが無い匂いだ。」

「どれ、」

サンジがしおれた野草を手に取り、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
かすかだが、覚えのある芳香。
思い当たるのはゾロと出掛けた買出し。

─────。


* * *


その夜の見張り番はゾロだった。
皆はとっくに寝静まり、ゾロはぼんやりと前方を見つめていた。
帆いっぱいに風を受けて真っ暗な海の上を船は進んでいく。
見通せぬ闇を見つめ続けるのはなかなかに気が滅入る行為だった。

キッチンにはまだ明かりがついていた。
主の姿を思うとまた気が重くなる。

あれほど言われていたのに宴会の時間には間に合わなかったし、
良かれと思って採ってきた香草もすっかり萎れてしまっていた。

喜ぶ顔が見たいとそれだけを望んでいたのに。



キッチンの明かりが消え、人影が出てきた。
月明かりにきらきらと金髪がきらめく。
手にはバスケットを持っていて、こちらへと近づいてくる。
バスケットの中身は夜食だろう。
どんなときでも職務にだけは忠実な男だ。

程なくして展望室のドアが開き、サンジが入ってきた。

「ゾロ、夜食」
控えめな口調で声が掛かる。

「ああ、悪いな、そこへおいてってくれ」
サンジのほうを軽く見やりながらそれだけを告げる。

サンジはそれには答えず、ただ黙って突っ立っていた。
口を開きかけてはやめ、また開き、
ようやく意を決したようにゾロに話しかけた。

「ゾロ」
「なんだ」

「昼間は、済まなかった。」
「・・・」

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