Sorry, my darling. -1-

「あ、わりいわりい、こんなところで寝てるヤツがいるとは
 夢にも思わなくてよォ」

昼寝中だったゾロは、喉の奥で小さく唸り声を上げながら体を起こした。
ゾロの腹を踏みつけて安眠を妨害したのは金髪グル眉のコックだ。
口にしている内容とは全く裏腹に、その表情はちっとも悪いとは思って無さそうだ。

同い年のクルーであるこの男とは、初対面からそりが合わず何かと喧嘩ばかりしている。
船内のいたるところで昼寝をしているゾロに問題が無いとは言えないが、
この凶暴なコックときたら、ゾロを見れば蹴るは踏むは、何がそんなに気に食わないのか
喧嘩ばかり吹っ掛けてくる。

わりいわりい、すまん、ゴメン。

逐一謝罪の言葉を言ってはいるものの、全く気持ちが入っていない。
これをやっているのが他の連中だったら、仲間殺しの禁を破ってでも
とっくに刀の錆にしているんじゃないかと思うほどだ。

なのにゾロはこの男に対してそれが出来ない。
むしろ喧嘩を売られて内心は嬉しくて堪らないのだ。

サンジに触れ、言葉を交わす貴重な機会。
お互いの息が上がり、荒い呼吸音が漏れると、何かと勘違いして腰にくる。

どうしようもねぇ…。

にわかには信じられないことに、ゾロはサンジに思いっきり惚れていた。


* * *


「ゾロ、もうすぐサンジくんの誕生日よ」
夕飯の後、片付け物をしているサンジの耳に入らないように、
ナミがそっとゾロに耳打ちしてきた。

ゾロはあまり隠し事が上手い方では無い。
全く自覚は無かったのだが、いつもサンジのことを目で追っていたらしい。
聡いナミには真っ先に気づかれてしまい、早々に白状させられた。

剣術バカだからしょうがないわね、とナミは笑い、
それ以降サンジ関連の小さな情報をゾロに知らせてくれる。
もちろん種類によっては情報料をとられることもしばしばだ。

「コックの誕生日だからなんだってんだ?」
「・・・・あんた、そんなんだから朴念仁だっていうのよ」
ナミが心底呆れた口調で言う。

「サンジくんに気に入られたいでしょう?
 何か気の利いたプレゼントでも・・・ってあんたには無理か・・・」
「・・・・・てめえ、ひとこと多いんだよ・・・」

毎度クルーの誕生日には祝いの宴が催される。
仲間の生まれた日を祝って豪快に食べ、飲み、歌う。
ただひたすらそれだけで、特に贈り物をするような習慣は無かった。

「今まで誰の時にも祝いの品なんて用意してねえだろ。
 大体、男から貰って嬉しいモンなんて無ぇだろ、あの女好きには」

「かー!、バッカねぇ、あんた!
 誰からだって貰えば嬉しいものでしょ、誕生日のプレゼントって」

ナミはふう、と溜息を付いた後ゾロの鼻先に指を突きつけた。

「ま、一応情報。
 煮るなり焼くなり好きにしなさいな。」
 
ゾロは押し黙ったまま動かずにいた。

「今回は特別。情報料は取らないわ。
 お買い物にお金が要るようなら、何時でも言って。
 特別に利子はオマケしておくわよ」

「・・・そういう魂胆かよ、」

「失礼ね、あんたの恋路を心配してやってるんじゃないの」

ナミは憤然として言った。

「それにしても、結構難しそうよね、サンジくんの喜ぶものって
 服装にはかなり気を使ってるみたいだから、身に着けるものには煩そうだし・・・」

少々意地の悪い笑みを浮かべてナミが言う。

「じゃ、頑張ってね、ゾロ」


* * *


サンジが喜ぶようなもの。
無骨者の自分に気の利いたモノが贈れるとは、ゾロ自身も全く思えなかった。
それでもやっぱり惚れた相手の笑顔が見たい。
もしもありがとうと少しでも頬を弛ませてくれたなら。

ゾロは何を贈ったら良いかと、必死に考えを巡らせた。
もっとも、甲板に座り込み頭の後ろで手を組んだ、いつもの昼寝のポーズだったので、
見たものの誰も考え事をしているとは全然気付きもしなかったのだが。

うーんうーんと考え事をしているうちに、いつのまにかゾロは居眠りをしてしまっていた。
ふと気配に気付いて薄く目を開けると、乾いた洗濯物をサンジが取り込んでいるトコロだった。
本当にくるくるとよく働く男だ。

甲板を吹き抜ける風がふわりとサンジのシャツの裾をはためかせた。
低い位置に座っているゾロのアングルからは、
サンジのわき腹から背中にかけてを覗き込む形になった。

引き締まった男の腹だが、人種の違いのせいかゾロよりも数段色が白い。
それがチラチラと覗くさまはなんだかひどくエロティックで、ゾロは思わず前屈みになる。

本当におれはどうなってんだ!
男のハダカに何で反応しちまうんだよ!

元来ゾロは性愛に対して淡白なほうだ。
大剣豪になるという野望の方が先で、そんなことにかまけてるヒマはずっと無かったのだ。
セックスに全く興味が無いわけでもないが、いつか本当に惚れた相手とすればいい。
そう思っていた。
サンジに出会う前までは。

それが今はどうだ。
サンジの顔を見ると思うことはただ一つ。

コイツの中にブチ込んで、ガンガンに突いて鳴かせたい。

その衝動は理屈で説明のつくものじゃ無かった。
ナミやロビンにはそんな気は起こらないのに、どうしてかサンジにだけ下半身が反応する。
頭の中では何度も裸に剥いて犯していた。
修業が足りない─────。
そう思いつつも、サンジの姿を見ると押し倒したくてたまらないのだ。


よこしまな気配を感じたのかどうかはわからないが、サンジがふとゾロの方を見た。
起きているのに気付くと、軽く驚いた表情を見せた後忌々しげな顔に変わり、
「おいコラ、」と話し掛けてきた。

「おまえ起きてんなら手伝えよ」

いかにも不機嫌そうにそう言われて、思わずむっとする。
いくら惚れていても、上から目線でモノを言われれば腹が立つ。

これが女相手であれば、そんな姿も可愛らしい、等と思うこともあるのかも知れない。
男に、しかもこの口も悪けりゃ足癖も悪い、暴力コックに惚れたゾロは結構難儀だ。

「これ持って付いて来い。おれが取り込むからよ」

オラ、と籠を手渡され、仏頂面でサンジの後について歩く。
手際良く畳んで籠に放り込む手つきに思わず見とれる。

ふと目にしたサンジの指先は、水仕事のせいかひどく荒れていた。
惚れていれば尚更に、ゾロの目にはひどく痛々しく映った。

全員分の料理を毎日作ってんだよな。
洗い物も人数分あるし、そのほかにも洗濯のような家事も
男連中の中では比較的マメにやっている。

─────手荒れに使う軟膏、ハンドクリーム、とか言うんだったよな。

後でチョッパーに頼んでみよう、とゾロは思った。
次第に重くなる籠を持ってサンジの後を付いて歩きながら。


* * *


「チョッパー、居るか?」

医務室のドアを開けると、小さなトナカイの姿の船医が椅子ごと振り向いた。
「どうした?ゾロが自分から医務室にくるなんて珍しいな」と
キラキラした目を向けながら言う。

「荒れた手につける軟膏みてえなモン、ハンドクリーム、とか言うんだったか?
 あるか?」
 
「なんだ、サンジに頼まれたのか?
 そろそろ切れる頃だろうと思ってたんだ。出来てるよ。」
 
引き出しをごそごそとかき回していたチョッパーの小さな手から、小瓶が手渡される。

「やっぱり冬島海域では減りが早いな、
 割れて血が出ると不衛生だからって、結構気を使ってるらしいんだけど、
 そもそも水の使用頻度が高すぎるんだ。」

「・・・」

なんだ、あの荒れた手は、薬を使っててもああなのか───。

考えて見れば、手はサンジにとっては商売道具だ。
手入れをしていて当たり前だった。
自分だって刀の手入れはどんなに金が無くても怠らない。

「ゾロ?」
「・・・ああ、」

固まっていたゾロは、チョッパーの可愛らしい声に我に返る。
一度は受け取った小瓶を、チョッパーの小さな手に戻して握らせた。

「チョッパー、おまえが持ってってやれ、」
「え?頼まれたんじゃないのか?」

「おまえが持ってった方がアイツは喜ぶだろ」
「え?そうかなぁ・・・」

ゾロはチョッパーの頭に手を置き、穏やかな口調で言った。

「おまえは良い医者だ、チョッパー。
 おまえがアイツに直接手入れの仕方をちゃんと指南してやれ」
 
「え?良い医者?・・・褒められたって嬉しくねえぞ、コノヤロ〜」

ニコニコと身体をくねらすチョッパーを見て、ゾロは笑みを浮かべながら医務室を出た。
 
サンジというのは総じてやることにソツが無い。
あの男に自分がしてやれることなんて、あるんだろうか。

洒落た服やアクセサリーは、ナミやロビンの方がチョイスは上手いだろう。
便利な道具はウソップやフランキーが適任だ。
ブルックには心踊らせ癒す音楽が有り、チョッパーには医術が有る。

剣一筋の生き方に誇りを持っているけれど、こんなときは少しだけ、
コックの言うとおり自分は普段は役立たずかも、と思う。



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