鉛色の空の下で 4






昼過ぎに島に着いた。
船番頼むわね、という言葉を残してまず女二人が船を降りた。
つづいてルフィとチョッパーが降り、ウソップとフランキーが降りた。
皆サンジへ気遣わしげな視線を一瞬向けてゆく。

やがてゾロがゆっくりと船縁に向かった、
サンジの方は見ようともせずに黙々と船を降りる。
地上へ降りると、居並ぶ仲間たちの前を通り過ぎ、
迷いのない足取りで町のほうへと歩み去っていった。

「サンジ君、いいの!?」
ナミの声が遥か下のほうから聞こえてくる。
「いいんだ、ナミさん!─────お前ら、楽しんで来いよ!」
デカイ声で怒鳴り、手を振ると、サンジはラウンジへと戻った。

自分の他に誰もいない船内は、ひどく静かだった。
レシピでもまとめておこうと思い、テーブルに座り煙草に火をつけた。
紫煙がラウンジの天井近くに漂うのをひとしきり見上げ、
やがて手に取ったレシピを片付け始める。

淡々と作業をこなしながら、考えが及ぶのはやはりゾロのことだ。
まっすぐ町の方へ歩いてったけど、あの迷子野郎、ちゃんと宿に辿りつけたのか?
気に入った酒場は見つかっただろうか、それに刀鍛冶は。
あんな軽装だったけど、着替えは持ってったのか、
雨が降りそうだが寒くは無いのか。

まるでアイツのお袋みたいだ、とサンジは喉の奥で笑う。
自分しかいないラウンジに声が寂しく響く。

日常的な常識がすっぽりと抜けているところがあるゾロをフォローしているつもりでいた。
俺がそんなことをしなくてもアイツはどうにかやっていけるのかと思う反面、
ゾロの世話をしたくてたまらないのは自分の方なのかも知れないと思った。

ぱたり、ぱたり、と甲板に雨が当たる音がし始めた。
とうとう降り出したようだ。

傘なんてものを持って出ただろうか。
それとも降られる前に宿へ辿りつけただろうか。

レシピを繰る手はいつの間にか止まり、ただひたすらにゾロを思った。

求道者に特有のストイックな表情が、快楽にゆがむ様を見るのが好きだった。
上気する鍛え上げられた身体、刺激に耐えようと縋る腕、求めて絡みつく脚。
身体が全部覚えている。
声も体温も粘膜の感触も、全てが馴染んだもので懐かしく、もう一度触れたくて仕方なかった。


愛着だってひとつの愛だ。


今更のように気づいて、サンジは両手で顔を覆った。
目頭が熱くて、涙が出るのだと思った。

そのときふいに甲板で足音が聞こえた。
ラウンジへ向かってくる。
ドアが開き、フランキーのやたらと太い腕が突き出される。

「よう、ぐるぐる、スーパーか!?」
「─────見りゃわかんだろ、ンな訳ねぇだろが」

もう取り繕う気も失かった。
どのみちテンションの高い30男には、仲間になって以来始終ペースを乱されっぱなしだ。

「何しに戻って来たんだよ、」
「交代だ。」
「・・・はぁ?」

「いいから、交代だ。修繕したいところがあんだよ」
「何で、交代は明日だろ、」
「いいから行けよ、剣士のにーちゃん追っかけんだろ」

隠しているつもりだったのは自分たちだけだったようだ。
新参のフランキーにまでバレてんじゃねぇか・・・。

「─────何で俺がマリモなんかを・・・」

「迷子担当はおめーなんだろうが。あいつヤベェ店に入ってったぜ」
「ヤバい?」

「ホモが集まるような店だ。知ってて入ったのかどうかまでは知らねぇけどな」
「─────。」

冷たい手で胃をつかまれたような感覚がした。
喉もとが痛んで呼吸が苦しい。

以前にもそういう店に迷い込んだことがあった。
あっという間に男たちに取り囲まれ、引きずり出すのに苦労した覚えがある。
あいつは自分が分かっていない。
どんなに他人を惹きつけて止まないかを。

「ああいう連中はああいうにーちゃんみたいなタイプがだいすきだぜぇ?」

今すぐ走り出したいのに脚が竦んで動けなかった。
フランキーが近づき、サンジの腕を乱暴に掴んで揺すった。

「おめえなぁ、何があったかしらねえけどな、そんなシケたツラしてんじゃねえよ、」
フランキーは言う。

「無くしたモン取り戻すにゃタイミングってもんがあんだよ。
 いいから行け、まだ間に合うから」

経験豊富なおにーさんの言うことだから間違いねえよ。
そう言ってラウンジのドアからサンジを追い出す。

「フランキー・・・」
「いいから、行け」

フランキーの顔を正面から見た。
コイツも自分と同じような過去を持つ。
師匠への恩に報いるために夢を胸にしまい、町を護っていた。

ゼフは自分のために片脚を失ったが、フランキーの師匠はヤツの罪を被って処刑されたのだと聞いた。
自分より余程重い枷を背負ってなお、歯を食い縛って生きてきた男。

いつか、腹を割って話が出来る日が来るだろう。
調子が良くて変態だが、根は熱い男なのだと知っている。

けれど今はそのときじゃない。
今はヤツの言葉に甘えて、アイツを追ってゆくだけだ。

「・・・さんきゅ、恩に着る!」

サンジは町に向かって走り出した。
フランキーが、頑張れよ、と後ろで怒鳴った。

いつの頃からか迷子担当は自分だ。
あの複雑怪奇な迷子癖のパターンは良く知っている。
ヤツの好みの店を探し当てる自信はたっぷりあった。

雨脚はかなり強くなっていて、走るサンジの服を濡らした。
傘も差さず、ただ一心に走った。






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2008.1.26