「おい、こら!てめえらそこで何してる!!」
物理教師のフランキーが準備室のドアを開けた。
「こーんなところで不純異性交遊とはふてえ野郎だ!
出て来い!お前ら・・・って、あ?なんだサンジじゃねえか!
てっきり女子生徒かと思・・・って、
おいおいなんだぁああ??その格好??」
「クラスの出し物がメイド喫茶なんスよ!」
サンジは声を張り上げる。背中を冷や汗が流れた。
暗幕と、サンジが入口に背を向ける格好になっていたおかげで、
二人が何をしているのか、フランキーの位置からはハッキリとは分からなかったようだ。
「お前も災難だなぁ。」
からからとフランキーが笑う。
ゾロが軽く舌打ちをして体を離す。
衣服が乱されていたとバレないように、サンジはそっと身支度を整えて立ち上がった。
無理やり押し込めたナニがキツイ。
頼むからフランキー、あまり近くに寄らないでくれ、とサンジは祈った。
「チンピラが女生徒をひっ攫ってったってタレこみがあったんだよ。
目出度ぇ文化祭で揉め事はまっぴらごめんだからなぁ。」
「・・・チンピラで悪かったッスね・・・。」
チンピラと評されたゾロは憮然と切り返す。
ハハハ、しょうがねえだろ、とフランキーは気にも留めない様子だ。
「ま、男同士こんなとこにシケ込んでねえで祭りを楽しめ!
お前ら今年が最後だろ、」
シケ込む、という言葉にドキリとしつつ、二人並んで準備室を出る。
フランキーの前を通り過ぎる時、二人とも背中をバンと叩かれた。
「痛ってぇえ!」
「行って来い!」
ヒリヒリと痛む背中をさすりながら二人が振り返ると、フランキーが親指を立てていた。
「ったく、暴力教師!」
「ぁあ?!何か言ったか?!」
「いいえ〜何も〜!!」
軽口を叩きながらその場を離れる。
フランキーはアニキ肌の、良い教師だと思う。
ちょっと変態だが。
「・・・ったく、何しやがんだよ、阿呆!」
「・・・ンな恰好してる野郎に言われたかねぇよ!」
大柄なメイドとテキ屋の奇妙な二人組は、
言い争いながら廊下を並んで歩いて行く。
「おれは教室に戻る!
今日は看板娘として精いっぱい働くようにとの
ナミさんの仰せだ!」
「おまえ相変わらずあの女に良いように使われてんだな・・・」
不憫そうにゾロが言う。
「しょうがねえだろ、あんな可愛い子が一生懸命なんだぜ?
期待に応えてやんなきゃって思うだろ??」
ふうとゾロは溜息をつく。
どんなにサンジが尽くしたところで、ナミには他に想い人がいるのだ。
そもそも恋人のはずのおれの立場はどうなるのかと、恨み言の一つも言いたくなるが、
それももう今更で、惚れた弱みだとゾロは諦観を新たにする。
「お前はどうすんの、」
問われたゾロはうーん、と首を捻る。
クラスの出し物の縁日は朝イチでお払い箱になっている。
「てめえンとこのクラスで、見張る。」
「・・・誰を、」
瞬間、ゾロが鬼の形相で怒鳴った。
「てめえに決まってんだろうが!!
言い寄るヤツが居たらただじゃおかねえ!」
「あああああ、やめてくれよ〜ナミさんに怒られる〜!」
サンジは頭を抱えたが、ゾロは憤然と前を歩きだした。
「ゾロ〜、そっち逆〜!」
盛況のうちに文化祭は終わりの時間を迎え、締めのキャンプファイヤーが行われた。
メイドサンジは結構な数のご指名を賜り、
ブロマイドはナミの狙い通り、そこそこの売り上げを記録したらしい。
もっとも、控室の入り口にはホンモノ紛いのテキ屋のにいちゃんが控えていて、
看板メイドに言い寄る客がいないか、殺気だった様子で睨んでいたため、
気の弱い客は回れ右をして帰ってしまったようだったが。
締めは校庭でのキャンプファイヤーだった。
炎を囲んで生徒たちが下手くそな歌を歌っている。
その輪からは少し離れた位置で、
普段通りの制服に着替えたサンジは、ゾロと並んで赤々と燃える火を見つめていた。
「文化祭も最後、か。」
呟くサンジに、ゾロは、おう、と答える。
これからイベント一つ一つが終わるごとに、寂しい気分になるのだろう。
居心地の良いこの場所を去る日が、一日ごとに近づいてくる。
「・・・あのさ、」
口ごもりながらも、どこか嬉しそうにサンジは切り出した。
「なんだ、」
「あのさ、ジジイがさ、店で修行して良いってさ。」
孫息子が自分の店を継ぐ心づもりでいることを、ゼフはあまり快く思っていないようだった。
自分の店を世襲制にすること自体にこだわりが無いということと、
サンジの将来の可能性を狭めてしまうのを嫌っているらしい。
しかし今までどんなに拒否されても、サンジは頑として主張を譲らずにいた。
ついに折れさせた、というところなのだろう。
幼い頃に両親を亡くしたサンジは、育ててくれた祖父に対して、
決して口には出さないが、ひとかたならぬ尊敬の念を抱いている。
「調理師のガッコに通いながら、ってのが第一条件なんだけどさ、
店に置いてくれるってよ。」
「そうか、よかったな。」
おう、と頷くサンジは本当に嬉しそうだった。
小さい頃からの夢だったのだ。
ゾロはサンジからほかの将来の話など聞いたこともなかった。
小さくも大きな一歩なのだと、サンジの気持ちが手に取るようにわかる。
「ゾロは、」
「あ?」
「進学先の話、G大でもう決めたのか?」
「・・・・・ああ、もう青キジにも話をした。」
「そっか・・・」
二人の間に沈黙が落ちる。
長年の夢が叶うサンジと、小さな挫折を味わったゾロと。
今後の先行きは対照的だった。
「ごめん、ゾロ。」
「何だ、」
突然に謝られて、ゾロは面食らう。
将来のことは誰のせいでもない。
サンジが気に病む必要もない事だ。
「お前にとっちゃ、悔しい選択なんだろうけどさ」
サンジは俯き、小さいけれどもはっきりとした声で言った。
「おれ、お前がそばに居るって、やっぱ嬉しいわ」
「・・・・・。」
パチパチと木が爆ぜる音が響いた。
『遠き山に日は落ちて』、
キャンプファイヤーが終盤に差し掛かっていると楽曲が告げる。
「サンジ、」
「何だ。」
「おれ、ダメだ。」
「何が、」
「お前を他のヤツに渡すなんざ、我慢ならねえ。」
「───。」
「たとえてめえが女の方が良いっつっても、もう譲れねぇ。」
「ゾロ、」
「覚悟しとけ。」
「───。」
サンジは顔を上げてゾロの方を見た。
火に赤く照らされたゾロの表情には、吹っ切れたような清々しさがあった。
「覚悟ならさあ、」
生徒たちの大合唱の中、サンジの声はゾロの耳にしっかりと響いた。
「とっくに出来てるぜ。」
サンジは不敵に笑いながらそう言った。
サンジの頬が赤いのは、火に照らされた所為だけではないだろう。
取り囲む生徒たちを赤く照らす炎は、日々の名残を惜しむように、
いつまでも天高く燃え盛っていた。
end.
コンパートメントWに続きます。次章で完結!
2013.9.10