まあいいや、とうそぶくサンジは、言葉とは裏腹に全く不服そうで、
そんな表情も、子供の頃、無理やり仲直りさせられたときのままだった。
「それにな、あれでもおれは構わねえんだよ。
お前さえ善けりゃイイんだ。」
「そういうワケにもイかねえだろ。」
ゾロの言葉にサンジは反論する。
「あれじゃおれがお前をヤった、それだけだ。
そうじゃねえだろ。
おれらが恋人同士だってンなら、お前も善くなんなきゃダメだろう。
二人で善くならなきゃ、セックスとは言わねえよ。」
「・・・・・。」
「なあゾロ、してぇ。
もっかい、ちゃんと。
ちゃんと抱きてぇ。」
切羽詰まったサンジの声が、ゾロの理性を剥ぎ取ってゆく。
惚れた相手が自分を欲しいと言ってくれているのだ。
嬉しくないワケが無い。
「悪ィ、まだケツが・・・」
我ながら情けない断り口上だなと思いつつ、ゾロは答えた。
ああ、そうだよな、とサンジは一瞬肩を落としたが、すぐに顔を上げて言った。
「キス、だけでも。」
うわずったサンジの声が決定打だった。
ゾロの中でも一気に熱が上がる。
「───でも、今日はお袋も家に居るから、」
「うちもジジイが非番で────、」
気づくと遊園地のある丘の近くまで来ていた。
見上げた丘の上には見慣れた観覧車。
お互いにホテルへしけ込む程の持ち合わせは無い。
1周20分、一枚70円の回数券4枚分。
今の自分たちに許された自由は、それが限界だった。
平日の人気のない遊園地、ほとんど空の状態で回る観覧車に
飛び込むように乗り込む。
地上からゆっくりと上がってゆくのも待ちきれずに、
ぶつかり合うようにキスをした。
どちらも互いの口内を探る。
あっという間に息が上がり、体温も上昇する。
舌だけじゃ足りない。
だってゾロの体内の熱さをサンジは知っている。
肌の感触も引き締まった尻の形も、手の中で震えていたペニスの熱も。
ゾロだって同じだった。
自身の中心を包み込んだサンジの手のひら。
受け入れた性器の熱さも、中に放たれた体液の感覚も。
互いが欲しくてどうしようも無かった。
サンジは名残惜しげに唇を離すと、ゾロの胸に顔をうずめた。
「なあ、ゾロ。」
「何だ、」
「どこへも、行くなよ。」
「─────。」
「おれから離れんなよ。」
「───それは約束できねえ。」
「なんで、」
「離れた方が、多分おまえの為だ。」
「そんなこと───。」
「その方が良いんだ、本当は。」
サンジはゾロのシャツの胸ぐらを掴んで言い募る。
「そこまでしなきゃいけないモンなのかよ!
同性が好きだってのは、そんなにも後ろめたいことなのか?!」
「おまえには分からねえって言ったろ。」
後ろめたいに決まっている。
本人にすら、伝えたら気味悪がられる可能性がある感情を、
どれだけ長い間隠し続けてきたことか。
本人には理解して貰えたとしても、周囲が全て好意的とは限らないのだ。
「おれが今までどんな思いでおまえを見続けてきたか分かるか?
おまえが女の話をするのをどんな気持ちで聞いてたか。
普通のダチだったらからかったり、うらやましがったりで済むんだろう。
でもおれは違う。
おまえが女の話をするたびに、嫉妬でどうにかなっちまいそうなんだよ。
そんなの、おまえにはわかんねえだろ。」
「わかんねえ・・・。」
「だろう、」
「おれがお前のこと好きって言ってんのに、お前もおれのこと好きって
言ってんのに、離れなきゃなんねえ理由が分かんねえよ─────。」
「・・・。」
夕方になっても、昼の日差しの名残は熱気となって残っていたが、
ひぐらしの鳴き声が聞こえていた。
係員が個室のドアを開けようと近づいて来たが、
サンジがゾロの胸に顔を埋めている状態を見て、軽くうなずくと手振りで
上を示した。
他に客などいない平日の夕方だ。
もう一周まわってこいということなのだろう。
もしかしたらサンジの男にしてはサラサラな髪を、女と見間違えたのかも
しれない。
係員に軽く片手を挙げて答えた後、ゾロはサンジの頭を撫でた。
ふたたび上昇し始めたのを感じたのか、サンジはふと顔を上げた。
「あれ、」
「もう一周、して来いとさ。」
「へぇ・・・・」
気が利いてるじゃん、というサンジに、ゾロは一言、アホ、と言った。
ゆっくりと上昇する小さな檻の中で、ゾロはポツポツと話し始めた。
家を出ることを念頭に置きながら志望校を絞る中で、
d大の教授の講義内容に興味を持ったこと。
純粋に、師事してみたいと考えるようになったこと。
そして、これを機に少し、距離を置く必要があると思ったこと。
母親とも。サンジとも。
聞いているうちにようやく落ち着いたのか、サンジは窓にもたれかかるようにして、
外をぼんやりと眺めていた。
「遠いなあ。」
「あ?何だ?」
「いや、遠いなぁと思ってさ」
サンジはゾロの方を見ないまま答えた。
「東京だよ。」
「在来線で2時間ぐれえだろ。」
「そうじゃねえよ。」
「─────。」
「そういう遠さじゃねえ。」
「ああ、そうだな───。」
小さな個室の中はつかの間の沈黙に包まれた。
地上ははるか下になり、ひぐらしの声も遠く幽かにしか聞こえない。
自分の将来ひとつ、思う通りに出来ないもどかしさを、半ば諦めと共に
感じていた。
静寂が落ちた小さな空間には、互いの息づかいだけが響いた。
てっぺん近くでどちらからともなく唇を重ねた。
一周目とは違う、深く、静かなキスだった。
奪うのでは無く、味わうような。
地上がゆっくりと近づいてきて、今度こそ係員がドアの閂に手をかけた。
「あれ?おにーちゃん二人だったのか、」
係員はちょっと驚いた声で言った。
やっぱり女だと思われていたと思うとおかしくて、ゾロは笑った。
何だよ、とサンジが突っかかるのを、係員は不思議そうに見ていた。