コンパートメントV 4
















まあいいや、とうそぶくサンジは、言葉とは裏腹に全く不服そうで、
そんな表情も、子供の頃、無理やり仲直りさせられたときのままだった。

「それにな、あれでもおれは構わねえんだよ。
 お前さえ善けりゃイイんだ。」
 
「そういうワケにもイかねえだろ。」

ゾロの言葉にサンジは反論する。

「あれじゃおれがお前をヤった、それだけだ。
 そうじゃねえだろ。
 おれらが恋人同士だってンなら、お前も善くなんなきゃダメだろう。
 二人で善くならなきゃ、セックスとは言わねえよ。」

「・・・・・。」 

「なあゾロ、してぇ。
 もっかい、ちゃんと。
 ちゃんと抱きてぇ。」

切羽詰まったサンジの声が、ゾロの理性を剥ぎ取ってゆく。

惚れた相手が自分を欲しいと言ってくれているのだ。
嬉しくないワケが無い。

「悪ィ、まだケツが・・・」

我ながら情けない断り口上だなと思いつつ、ゾロは答えた。
ああ、そうだよな、とサンジは一瞬肩を落としたが、すぐに顔を上げて言った。

「キス、だけでも。」

うわずったサンジの声が決定打だった。
ゾロの中でも一気に熱が上がる。

「───でも、今日はお袋も家に居るから、」
「うちもジジイが非番で────、」


気づくと遊園地のある丘の近くまで来ていた。
見上げた丘の上には見慣れた観覧車。

お互いにホテルへしけ込む程の持ち合わせは無い。
1周20分、一枚70円の回数券4枚分。

今の自分たちに許された自由は、それが限界だった。

平日の人気のない遊園地、ほとんど空の状態で回る観覧車に
飛び込むように乗り込む。
地上からゆっくりと上がってゆくのも待ちきれずに、
ぶつかり合うようにキスをした。
どちらも互いの口内を探る。
あっという間に息が上がり、体温も上昇する。

舌だけじゃ足りない。
だってゾロの体内の熱さをサンジは知っている。
肌の感触も引き締まった尻の形も、手の中で震えていたペニスの熱も。

ゾロだって同じだった。
自身の中心を包み込んだサンジの手のひら。
受け入れた性器の熱さも、中に放たれた体液の感覚も。

互いが欲しくてどうしようも無かった。

サンジは名残惜しげに唇を離すと、ゾロの胸に顔をうずめた。

「なあ、ゾロ。」
「何だ、」

「どこへも、行くなよ。」
「─────。」

「おれから離れんなよ。」
「───それは約束できねえ。」

「なんで、」
「離れた方が、多分おまえの為だ。」

「そんなこと───。」
「その方が良いんだ、本当は。」

サンジはゾロのシャツの胸ぐらを掴んで言い募る。

「そこまでしなきゃいけないモンなのかよ!
 同性が好きだってのは、そんなにも後ろめたいことなのか?!」
「おまえには分からねえって言ったろ。」


後ろめたいに決まっている。
本人にすら、伝えたら気味悪がられる可能性がある感情を、
どれだけ長い間隠し続けてきたことか。
本人には理解して貰えたとしても、周囲が全て好意的とは限らないのだ。


「おれが今までどんな思いでおまえを見続けてきたか分かるか?
 おまえが女の話をするのをどんな気持ちで聞いてたか。

 普通のダチだったらからかったり、うらやましがったりで済むんだろう。
 でもおれは違う。

 おまえが女の話をするたびに、嫉妬でどうにかなっちまいそうなんだよ。
 そんなの、おまえにはわかんねえだろ。」

「わかんねえ・・・。」
「だろう、」

「おれがお前のこと好きって言ってんのに、お前もおれのこと好きって
 言ってんのに、離れなきゃなんねえ理由が分かんねえよ─────。」
「・・・。」


夕方になっても、昼の日差しの名残は熱気となって残っていたが、
ひぐらしの鳴き声が聞こえていた。


係員が個室のドアを開けようと近づいて来たが、
サンジがゾロの胸に顔を埋めている状態を見て、軽くうなずくと手振りで
上を示した。
他に客などいない平日の夕方だ。
もう一周まわってこいということなのだろう。
もしかしたらサンジの男にしてはサラサラな髪を、女と見間違えたのかも
しれない。

係員に軽く片手を挙げて答えた後、ゾロはサンジの頭を撫でた。
ふたたび上昇し始めたのを感じたのか、サンジはふと顔を上げた。

「あれ、」
「もう一周、して来いとさ。」
「へぇ・・・・」

気が利いてるじゃん、というサンジに、ゾロは一言、アホ、と言った。

ゆっくりと上昇する小さな檻の中で、ゾロはポツポツと話し始めた。

家を出ることを念頭に置きながら志望校を絞る中で、
d大の教授の講義内容に興味を持ったこと。
純粋に、師事してみたいと考えるようになったこと。

そして、これを機に少し、距離を置く必要があると思ったこと。
母親とも。サンジとも。

聞いているうちにようやく落ち着いたのか、サンジは窓にもたれかかるようにして、 外をぼんやりと眺めていた。

「遠いなあ。」
「あ?何だ?」
「いや、遠いなぁと思ってさ」

サンジはゾロの方を見ないまま答えた。

「東京だよ。」

「在来線で2時間ぐれえだろ。」
「そうじゃねえよ。」

「─────。」
「そういう遠さじゃねえ。」

「ああ、そうだな───。」

小さな個室の中はつかの間の沈黙に包まれた。
地上ははるか下になり、ひぐらしの声も遠く幽かにしか聞こえない。

自分の将来ひとつ、思う通りに出来ないもどかしさを、半ば諦めと共に
感じていた。
静寂が落ちた小さな空間には、互いの息づかいだけが響いた。

てっぺん近くでどちらからともなく唇を重ねた。
一周目とは違う、深く、静かなキスだった。
奪うのでは無く、味わうような。


地上がゆっくりと近づいてきて、今度こそ係員がドアの閂に手をかけた。

「あれ?おにーちゃん二人だったのか、」

係員はちょっと驚いた声で言った。
やっぱり女だと思われていたと思うとおかしくて、ゾロは笑った。
何だよ、とサンジが突っかかるのを、係員は不思議そうに見ていた。






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