「ねえ、サンジくん、ゾロってd大志望なの?」
「え?」
サンジがナミにそう声を掛けられたのは、
2学期が始まって少し経った、学年全体の進路説明会の時だった。
学生たちは志望先によって分けられ、教師から説明を受けた。
卒業後祖父の店で働くことを希望しているサンジはいわば就職組なので、
進学組のゾロとは別の場所で話を聞いていた。
てっきり県内の公立大を志望しているものと、親しいものは皆思っていたので、
ゾロが都内の私立大学のグループに混ざっていたことにナミも驚いたらしい。
「サンジくん知ってたの?」
「いや・・・てっきりg大だと・・・。」
「知らなかったの?」
「全然・・・。」
サンジの答えにナミは軽く眉を顰めた。
「あんたたち、仲直りしたんじゃなかったの?」
「う、うん・・・そうなんだけど───。」
ナミはふう、と軽くため息をついた。
「ゾロの方はまだわだかまりが解けてないってとこかしらね・・・、」
「─────。」
進路希望の調査表の提出は、ゾロと気まずくなった直後のことだ。
ゾロ自身が本当にd大を目指すことにしたのかもしれないが、
サンジと離れることを考えてのことなのか、と思わなくも無い。
「ま、あんたたちの問題だからとやかく言わないけど、
見てて気まずいのだけはイヤなのよね。」
「ごめん───。」
じゃ、ちゃんと話しときなさいよ、と言い置いてナミは去っていった。
ゾロの真意はどこにあるのか。
自分から離れなくてはいけないと思いつめてのことだったら、
もうその必要は無くなったはずなのに。
サンジは、胸の奥がちり、と焼けるような、かすかな苛立ちを覚えた。
ゾロが帰り支度をしていると、サンジがひょいと教室を覗き込んだ。
「お前、もう帰れんの?」
「ああ。」
「時間ある?」
「?」
「ちょっと、屋上付き合えよ。」
どことなく険のある言い方に、ゾロは引っ掛かりを覚えながらも、
先を歩くサンジの後について階段を上った。
「なんだ、話って?」
屋上への出口は施錠されていない。
昼休みにはここで食事をしている連中もいるのだが、
放課後のこの時間には人影は無かった。
フェンス際に歩み寄ったまま、サンジはずっと押し黙っていた。
「おい、」
焦れたゾロが声を掛ける。
サンジはゆっくりと振り返ると、静かな口調で言った。
「お前、都内に進学するのか」
─────ナミ、か・・・。
いずれサンジの耳にも入るとは思っていたが、想像以上に早かった。
怒るだろうか、と、思ってはいた。
お互いの未来はこの街にあると、幼いころからずっと思っていたから。
怒ってくれる、だろうか、と。
「おれのせいか、」
抑えた声音に、怒りの感情が伝わってくる。
激しやすい性質のサンジだ。
些細なことで怒鳴り散らしたりすることは多い。
しかし、こんなふうに静かに怒りを湛えているサンジを見るのは初めてだった。
「別にお前のせいじゃねえ───。」
「進路希望の調査の時期、おれと気まずかった頃だろ。」
「─────。」
長い髪に一方を隠された隻眼が、ゾロを射抜く。
「もう、おれから離れる必要は無ぇだろ。」
「そうじゃねえ。聞けよサンジ、」
「何でだよ。」
サンジの手は怒りに震えていた。
「何で分かってくれねえんだよ。」
「そうじゃねえって。聞け、サンジ。」
「何で離れなくちゃなんねえんだよッ!」
「!」
ついにサンジは癇癪を起こしたように叫んだ。
ゾロの二の腕を掴んで激しく揺さぶる。
「なぁ、おれお前のこと本当に好きだよ、
離れたくねえよ、
どうすりゃ分かってくれんだよ!」
「だから、聞けって────。」
「なあ、抱けばいいのか、
それともお前に抱かれりゃいいのか、
なあ、教えてくれよ、どうすれば─────。」
「・・・てめえ、いい加減にしろよ。」
ゾロの思いがけない強い口調に、サンジは驚いて目を見開いた。
「一回手コキでイかせたぐれぇで彼氏ヅラか?
思い上がんじゃねえ。」
「なッ────!」
「おれが志望校を決めたのは、てめえの所為だけじゃねえ。
理由はほかにもあンだよ。
少し頭冷やせ。
帰るぞ。」
ゾロは屋上への出口に向かって歩き始めたが、サンジは治まらない。
「ふざけんなよ、ゾロ!!」
腕を掴み、引き戻しながら叫ぶ。
「他の理由って何だよ?!
おまえ結局おれのことを信じてねえんだろう?!
どうすれば、どうすりゃ信じてくれんだよッ!!」
「───おまえは勘違いしてンだよ。」
ゾロはサンジの腕を振り払い、吐き捨てるように言った。
「別にホモじゃなくたって、手コキくらいなら誰でも出来る。
それが思ったより気持ち良かったから、勘違いしてるだけだ。」
「そんなこと・・・。」
「無ぇ、って、言いきれンのかよ。」
サンジは瞳を泳がせる。
ゾロの、男の身体にも興奮すると気づいたのは、最近のことだ。
勘違いだと断言されて、揺らがずに居られる程の時間は経っていない。
「おまえはもともとノンケで、おれはゲイだ。
いつかおまえは勘違いに気づいておれから逃げ出す。
女の方が良くなって、付き合いだしたりするに決まってる。
それを横で見ていられる程、おれだってお割り切れちゃいねえんだよ!!」
「なんでッ!なんで信じねえ!何でだよ、ゾロ!!」
言い捨てて立ち去ろうとするゾロの肩を掴み、サンジは渾身の力で金網へと叩き付けた。
「てめぇ、何しやがるッ・・・!」
そのまま体重を掛けて押さえ込み、制服のズボンのベルトに手を掛けた。
「やめろ、バカ!!」
何をされようとしているのか、気づいたゾロは抵抗したが、金網なので力を入れる手がかりが無い。
もがいても手にワイヤが食い込むばかりで、ほとんどされるがままだ。
「信じさせてやる。」