「─────初恋?」
「ばーか、ばーか、何でおれがゾロ相手に初恋しなきゃなんねえんだよッ
大体おれの初恋はくいなちゃんだっつーの!
とっくに経験済みなんだよ!」
ゾロと遊園地に出かけ、喧嘩(?)別れをした日の翌日の日曜日、
サンジはウソップと一緒に、かねてから約束をしていた映画を観た後で、
ファストフードで遅めの昼食を採っていた。
前日にゾロと出かけるという話は前からしてあったので、当然どうだったかと訊かれた。
ウソップは事情を知っているので、その日にあった事を包み隠さずすべて話した。
観覧車の中での出来事も含めて。
黙って聞いていたウソップの第一声が、ソレだった。
ふざけんじゃねぇぞ、この野郎、とサンジは喉まで出掛かったが、
ウソップが意外に真面目な顔をしているのを見て言葉を飲み込む。
「だってよ、くいなちゃんてゾロの姉貴じゃねえの
サンジの好みってつまりそういうことなんだろ?
芯が強そうでまっすぐでさぁ」
「誰が好みだ、阿呆!
大体アレは芯が強えとかいうレベルじゃねえよ!
───あれは強情って言うんだよ・・・」
息を吐き、肩を落とすサンジに、ウソップはああ、珍しく深刻なんだなぁと思った。
「おれの認識が甘かったのかな、」
サンジは遠くを見るような目をしながら、ポツリと呟いた。
「ガキの頃から一緒じゃん。
おれにとって、ダチとか、恋人とかいう以前にゾロはゾロなんだよ。
ゾロがヤりてえって言うなら、ヤっても良いって思った。
それじゃダメなのか?」
ウソップは言葉につまった。
これほど深刻なサンジを見るのは初めてだった。
ウソップは常の彼からは想像出来ないほど慎重に、考え考え言葉を紡いだ。
「よくわかんねえけどさ、同じなんじゃねえの?」
「同じ?」
「ああ」
サンジは小首を傾げ、ウソップの次の言葉を待っている。
「サンジが、ゾロがヤりたいならヤっても良いって思ったことと
ゾロがサンジには打ち明けねえって腹くくってたこと。」
「逆じゃん・・・」
サンジががっくりと項垂れた。
「サンジが、ほしかったんだろ。
ダチでも、恋人でもなく、サンジが。
似てるよ、おまえら。」
ウソップがそう告げると、サンジは突然勢い良く顔を上げ、不服とばかりにまくし立てた。
「あ!?似てねえよ!おれあんなマリモみてえな頭じゃねえもん!」
「・・・おまえの巻き眉も相当奇抜だろうがよ・・・」
この状況でまぜっかえすサンジに呆れつつ、本来の調子が戻ってきた様子に少し安堵する。
「おまえに気味悪がられる可能性もあったわけだからさ、
いくらゾロでも二の足踏むこともあんだろ。
ま、ノンケのおれらにはわかんねえ話だよ。
あ、おまえはもう違うんだっけ」
「・・てめえ他人事だと思って!!」
つかみかかってくるサンジを必死の思いでかわしながらウソップは思った。
こいつらは本当によく似ている。
見た目は豪放磊落な乱暴者に見えるのに、お互いの気持ちにはこっけいなほどに臆病だ。
結ばれることが最上の解決策なのかどうかはわからない。
ただ、この年上の友人たちが、意に反して傷つけあうことが無いようにと、そればかり祈った。
ゾロより二つ年上の姉のくいなは、とても快活で頭の良い少女だった。
艶やかな黒髪をいつでもショートカットに切りそろえ、
勝気さをそのまま表すような大きな黒い瞳をきらきらと輝かせていた。
ゼフが仕事で家を開けることがあると、ゾロの母親が進んでサンジの面倒を引き受けたので、
ゾロとサンジとくいなと、3人一緒に大きくなったようなものだった。
幼い頃は、3人で一日駆け回って遊んだ。
あまりサンジがくいなに懐くので、ゾロが「くいなは俺の姉ちゃんだぞ」と
やきもちを焼いたこともあった。
それを聞いたくいなはゾロに一発鉄拳制裁を見舞うと、「サンジもあたしの弟だよ」と
言ったものだった。
当然サンジの初恋はくいなで、幼いサンジの仄かな憧れは、
凛とした少女へと惜しみ無く注がれた。
あけすけなサンジの好意は幼いゾロにも筒抜けで、ゾロは大変複雑な気持ちだった。
それが姉を取られる悔しさなのか、幼馴染を取られる寂しさなのか、
ゾロにはどちらとも理由がわからずに随分と長い時間を過ごした。
はっきりと気づかされたのは、いつだったろうか。
もっとも、小学校低学年のくいなも未だ恋に憧れるような年齢であり、
弟と同級の、二つ下の幼馴染から寄せられる思慕も、
ただの慕わしさとしか映らなかった。
そんな曖昧な3人の関係は、恋愛と呼べるものへと変化する前に、唐突に永遠に失われた。
中学入学と時を同じくして、時折頭痛を訴えるようになったくいなは、短い闘病生活の末にあっけなく逝ってしまったからだ。
くいなもゾロも風邪一つひかないような元気な子供だった。
突然我が子を無くしたゾロの母の嘆きようは想像に難くない。
それは、残された子供であるゾロに対しての、過剰なまでの干渉として現れ、ただ一人残った息子を降り掛かる災厄から遠ざけようと、異様な程に神経を尖らせていた。
彼女の身長をはるかに越え、立派な体躯の若者へと成長した今でも、少々緩やかになりはしたものの、依然として続いている。
自分のことを思ってのことだと分かっていても、ゾロはそれを煩いと感じずにはいられなかった。
ゾロが山から全身擦り傷だらけの状態で帰ってきたのは、
夏休みも半ばの出来事だった。