迷っている間に藪に突っ込んだらしいゾロの自転車は結構な壊れようで、
修理から上がってくるまで再びサンジとの二人乗り通学となった。
「おれのに乗せてやるんだからおまえが漕げよ」
「・・・・・は?」
「好意で乗っけてやるってのに、重い思いすんのはオカシイだろ、
お前が漕ぐのが筋ってもんだろ、」
「・・・・・。」
補講の合間の休憩時間、2人は中庭で缶ジュースを飲んでいた。
朝はどちらが漕ぐかでジャンケンをし、
負けたサンジがゾロを後ろに乗っけてきたのだが、
サンジの自転車は後部に荷台が無いため、
ゾロは車輪の軸に脚を乗っけて立ち乗りという形になった。
身長は変わらないのだがゾロの方が若干体重がある。
ゾロのママチャリに二人乗りしたときよりも明らかに自転車は不安定で、
学校まで漕ぐのに相当難儀したサンジはこう切り出したのだ。
自分の自転車にサンジを乗せることになったときには毎回ジャンケンにした。
もっとも、有り得ないくらいサンジとのジャンケンの相性が悪いゾロは、
結局ほとんど全部自分が漕ぐことになったのだが。
いくら乗せてもらっている立場とは言え、
あまりにも不公平な内容だ。
ゾロがひと言サンジに言い返そうと口を開いた瞬間、
ウソップの陽気な声がかかった。
「よう、お前ら一緒かー?」
「おう、ウソップ、元気そうじゃねえか」
手にはパンと牛乳を持っている。
昼食にはまだ間に合うが、早弁というところか。
2人が並んで座っているのをしげしげと見つめ、
やがてニッと笑って言った。
「何だ、お前ら仲直りしたのか?
じゃ、つまり、ヤッたの?」
「いや、まだこれからだ!」
男らしくウソップの問いに答えたゾロの言葉に、
サンジはジュースで盛大にむせた。
「ウソップ、てめえッ!」
「まぁ良かったよ。
ホントにやるかどうかはともかくさ、
おまえらがよそよそしいのは、
見ててつらくてよ。
あ、ちなみにやったって報告はいらねえからな!
いや、むしろしないでくれ!想像しちまうから!
じゃあな!」
言いたいことだけ言うと、ウソップは手を振って去っていった。
軽く手を上げて見送るゾロの後ろで、サンジはかなり長いこと咳き込んでいた。
「・・・あんの野郎〜」
低い声でサンジが呪詛のように呟く。
ゾロは涙目になっているサンジの姿にちょっと笑った。
「あいつには、心配かけたからな」
「・・・ああ、まあな」
幼馴染2人が仲違いをしていれば、やきもきもするだろう。
普通の喧嘩であれば仲裁に入ることも出来ただろうが、
ことがこういうデリケートな問題ではそれも難しい。
年下の幼馴染に気を使わせてしまったことに、
2人ともとても申し訳ない気分になった。
「・・・そのうち、ラーメンでも食いにいくか」
「そうだな」
「お前のおごりでな」
「・・・・・あ?」
おごりはともかく。
ウソップには埋め合わせをしないとな、と
小さくなるウソップの後姿を見ながら2人は思った。
***
その日は夏休みの補講の最終日で、
気の置けない連中と、打ち上げと称して昼ごはんを食べ、
日が西に傾き始めた頃に家路についた。
「今日、ウチ来るか・・・?」
帰り道、ゾロがためらいがちに切り出した。
そこに存在するのは、明確な意図。
「お、おう・・・」
サンジも返事をしながら思わず顔を赤らめてしまう。
続きはまた今度。
迷子のゾロを迎えに行って2度目のキスを交わしてから、1週間が経とうとしていた。
「今日おふくろ編み物教室でいねえんだ、
夜まで帰ってこねえから」
くいなの死後、しばらく塞ぎ込んでいたゾロの母親を、
父親が半ば無理やりに通わせ始めたカルチャー教室だ。
今では友人も出来、楽しみに通っているらしい。
「おまえの分も編んでやるとか言ってたぞ、」
「うへぇ!手編みかよ!彼女からだったら嬉しいんだけど・・・」
それを聞いたゾロが少し複雑な表情を見せたのでサンジは笑った。
「ま、彼氏のおふくろさんからってのもオツか」
「彼氏─────なのかよ、」
「だろ?」
ゾロは口の中でぼそぼそと呟く。
「・・・今日次第だ・・・」
「はは、まあな」
男同士の行為がどういうものなのか、予習くらいはした。
けれど、ゾロが自分を抱きたいと思っているのか、抱かれたいと思っているのか、
皆目見当もつかない。
正直怖いし勝手がわからない。
自分からあれこれ最後まで出来るとは思えない。
だけど、自分もゾロを欲しがっているのだということ。
それだけは間違えずにちゃんと伝えなくてはいけない。
触れること。それにはもう何の嫌悪も感じなかった。
もしもゾロの方から、身体を繋ぐことを求めてくるのならば、
ゾロの好きにして貰って構わない。
そのくらいの覚悟なら出来ている。
ゾロの家のカーポートに自転車を止め、家の中へと上がる。
子供の頃から数え切れないほど遊びに来た家だ。
記憶にあるより天井が低く感じるのは、自分が成長したからなのだと、
ゾロとの付き合いの長さを改めて思った。
二階のゾロの部屋へと通される。
前に訪れてからそんなに日数も経っていない。
家具の配置もそのままなのに、今日はいつもとは景色が違って見えた。
「茶でも淹れてくる」とゾロが部屋を出て行き、一人残されて、
サンジはあたりをそわそわと見回した。
何度と無く来たことがあるゾロの部屋だというのに、
ひどく緊張して落ち着かなかった。
取り合って取っ組み合いの喧嘩をしたことがある玩具、回し読みをした漫画。
ゾロの持ち物のほとんどに、サンジ自身にも思い出があった。
こんな日が来るとは考えもしなかった。
今日、おれはゾロと一線を越える。
幼馴染という関係を越えるための儀式。
ゾロがお茶の入ったコップを持って部屋へと戻ってきた。
「・・・おまえ、トレイぐれえ使えよ、」
「そんなもん使って階段上ったら、間違いなく落とす」
「自慢すんな、アホ」
手渡されたコップの中身を一気に流し込んだ。
緊張のせいかのどがカラカラに渇いていたので心地よかった。
「もう一杯いるか、」
「いや、いい」
ゾロの部屋の中は、夕日のオレンジ色の光が差し込んでいてまだ明るかったが、
夕闇の気配が落ち着かない気分を加速させる。
「あ、茶菓子───」
「いいよそんなの、それより」
「しようよ、ゾロ」
ゾロの瞳が見開かれる。
もう後戻りは、出来ない。