「あのさ、こないだのこと、ホントごめん」
「もう言うな、いいんだ。」
ゾロは前方を見据えたまま、サンジの方を見ようともしない。
「仕方ねえんだ、わかってたんだ。
覚悟してたのに、つい甘い夢を見ちまった。それだけだ。」
「おい、人の話聞けってば、」
「もういい。聞きたくねえ」
「聞けって!!」
鋭い声を出したサンジのほうへようやくゾロは向き直るが、
表情は硬いままだった。
「・・・・・お前は絶対にわかっちゃいねえ」
搾り出すようなゾロの低い声。
抑えた声音が少しだけ震えているのは怒りか、恐怖か。
「おれは、女には反応しねえんだよ」
分っていたつもりでも、その告白にサンジは驚きを隠せなかった。
ずっと一緒に居て、何もかも知っていると思っていた幼馴染の、
全く知らなかった一面。
「エロビデオとか見ても全然反応しねえ。
男同士のヤツでしか抜けねえんだ。
金髪の男が出てるのがあれば、お前の顔で想像して」
「・・・・・。」
自嘲気味に続けるゾロの表情は、暗がりの所為でよく見えない。
「おまえのケツの穴におれのをぶち込んで、ぐちゃぐちゃに掻き回したら
おまえはどんな風に喘ぐのか、とか。」
「・・・・・おい、」
「おまえのでおれの中を擦ってもらったら、どんなに気持ちいいか、とか」
「・・・・・やめろ、」
「おまえのことを考えながら、自分でケツの穴弄りながら前も扱いて」
「やめろってんだよ、クソ野郎ッ!!」
真っ赤になって怒鳴るサンジをゾロは冷ややかな目で見ていた。
「おれはおまえをそういう目で見てんだ。
気持ち悪ィだろ?
聞いてられねえだろ、こんな話。
もうわかっただろ、ノンケのおまえとは違うんだ。
わかったらもうこの話は終いだ。
おれをこれ以上みじめな気持ちにさせないでくれ」
「てめえこそ、おれの話を聞けッ!!」
わめくサンジの勢いの凄さに押される形で、ゾロは口をつぐんだ。
だがその表情は冷ややかなままだ。
「いいか、おれは聞くに堪えねえからやめろっつったんじゃねえぞ、
自分を貶めるようなことを言うのはやめろっつってんだよ!!」
沈黙が落ちる。
サンジは少し声のトーンを落として続けた。
「好きな相手のことを考えながらすんのは誰だって一緒だ。
男と女だからとか、男同士だとか関係ねえよ。
自分を蔑むようなこと言うんじゃねえ!
そんなの、てめえらしくねえよ、」
「・・・おれらしさって何なんだよ・・・」
片手で顔を覆うゾロの姿は痛々しかった。
どれだけ長い間、ゾロは一人で葛藤し続けてきたのだろう。
観覧車での出来事は、どれだけゾロを追い詰めて来たのだろう。
サンジは自責の念に駆られた。
だけど自分だってのほほんと過ごしてきたワケじゃない。
ゾロを思って寝付けずに過ごした夜は幾度もあった。
「おまえ、おれの流されやすさを舐めんなよ?」
サンジの台詞にゾロが首を傾げる。
「・・・・・なんだそりゃ、自慢か?」
「おう、自慢だ。考え方が柔軟と言え。
いいか、おれはな、
あれから3回お前でヌいた!」
「・・・・・は?」
多分ゾロはきょとんとした顔をしていると思う。
暗がりではあるけれど、何となく気配で分る。
サンジは続けた。
「そりゃあ正直、ホンバンは怖ェよ。
けど、もっと知りたい。もっと触りたい。
このままおまえが遠くなっちまうのだけは嫌だ。
それじゃダメか?」
「─────。」
「ゾロ」
サンジは自転車ごとゾロに近寄ると、ゾロの首っ玉を引き寄せてキスをした。
ただ唇を押し当てるだけの強引なキス。
何が起こったのかゾロが把握する前に、サンジはゾロの上唇を一舐めしてから唇を離した。
「────ッてめ、」
「今日はここまでにしとく」
くすぐったさに抗議の声を上げたゾロに、サンジはそう言ってにっと笑った。
「おふくろさん、警察も呼んじまってたからな。
おまえ相当絞られるぞ」
「!」
「続きはまた今度、今日のところはきっちり叱られておけ」
そう言うと、サンジは再び自転車を押して歩き始めた。
ゾロも慌てて後を追う。
サンジの横に並んだゾロが、低いがはっきりとした声で告げる。
「・・・・・二度目は、無ぇぞ、」
「あん?」
「・・・次、おまえがビビッたら、おれはどうするかわかんねえ。
無理やりヤッちまうかもしれねえ。
それでもいいか、」
何か吹っ切れたようなゾロの表情を見て、サンジは笑った。
挑発的な、嫣然とした笑みだった。
「いいぜ」
「その方がおまえらしくて良いよ。
うじうじしてんのなんて、らしく無えんだよ、
根拠も無ぇのに自信満々で、ふてぶてしいとこが好きなんだ」
「!」
「あ、何かおれ今、好きとか言っちゃった?」
サンジがガリガリと頭を掻く。
「アホ、知らねえからな、」
そう嘯くゾロの表情には、もうそれまでの険しさは無かった。
他愛の無い話をしながら歩き続け、やがて二人は大通りへと出た。
家路を急ぐ二人の頬には、笑みが浮かんでいた。
久しぶりの、屈託の無い笑みだった。