サンジの家の電話のベルが鳴ったのは、午前0時を回って少しした頃だった。
「夜分にごめんなさい、サンちゃんちにゾロ行ってない?」
挨拶もそこそこにゾロの母親はそう切り出した。
ああ、やっぱり─────。
一体どこまで行ってしまったのか、ゾロは案の定迷子になり、家に帰って来ていないらしい。
「どうしよう、ゾロまだ帰ってきていないのよ、どこへ行ったか知らないかしら?
もしかして家出なのかしら・・・?
連絡もないし、どうしたらいいのか・・・」
恐慌状態の母親はただおろおろするばかりだ。
「おばさん、落ち着いて、ガッコには来てたよ、
おれはすれ違いだったんだけど、
本屋に寄って帰るって言ってたって友達が・・・。」
「本屋さんって、どこの本屋さんかしら、
ああ、でも本屋さんに泊まってるわけないわよね?
どなたかお友達のおうちかしら、連絡くらいくれたっていいのに、
携帯に電話しても出ないし・・・」
いや、多分ゾロは迷ってるんだって。
連絡しようにも多分公衆電話も無いところまで行っちゃってるんじゃねえのかな。
あいつ携帯はしょっちゅう充電切らしてるし。
だけどそれはもちろんゾロの母親を安心させる材料にはならない。
「おれその辺探してくるよ、」
「あッ、いいのよサンちゃん、もう遅いから!
警察にも連絡してあるから─────」
まだ家の周りは静かだ。
パトカーの到着も待ちきれず電話してきたのだろう。
ゾロの家の事情もイヤと言うほど知り尽くしている。
母親の心中も痛いほどわかる。
少々常軌を逸しているようにすら感じるが、その理由も。
何より自分自身、帰ってきていないと聞いているのに、
暢気に寝直すことなど出来やしない。
「大丈夫、任せて!
おれ、あいつの迷子の癖もよく知ってるから。
大体どっちへ行ったかも見当つくよ」
「ごめんなさい、ごめんなさいね、ありがとう」
「いいよ、いつものことじゃん」
小さい頃から、いなくなったゾロを探すのはサンジの役目だった。
大きくなっても変わらない。
ほんの数ヶ月前まではごく自然にそうしてきた。
こまめに連絡を入れるから、と言って電話を切ったサンジは、
祖父に簡単に事情を説明すると、薄手のパーカーを羽織って自転車で飛び出した。
「気をつけていけ」
「おう」
街灯と自転車のライトの明かりを頼りに、サンジは自転車を走らせた。
本屋を出てすぐに方向を見失ったのだとしたら、
おそらく中心街の北に位置する、市民公園の裏手の山だ。
しかも公園の入り口とは逆側の、細い山道を上っていったのだろう。
ゾロには、迷うと曲がり角に来るたびに右、左、と交互に曲がる癖がある。
人家がある場所へ迷い込んだなら、いくらゾロでも誰かに道を尋ねるだろう。
それらを合わせて考えると、その可能性が一番高い。
果たしてゾロはそこにいた。
ボロボロの自転車を押して、仏頂面で山道を下ってくるところだった。
サンジを見つけたほんの一瞬、ホッとしたような顔を見せたけれど、
すぐに硬い表情になり、視線を逸らしてしまった。
「・・・何しに来たんだよ、」
「お姫様をお迎えにあがったんだけど、」
「アホ」
以前とあまり変わらない軽口。
久しぶりに聞くゾロの声が嬉しい。
「おれが来て嬉しいっしょ、王子様に見えた?」
「見えるかアホ。別に嬉しくも無ぇ。今から帰るところだったし」
「よく言うよ」
サンジが携帯は、と聞くと、充電切れてた、とゾロは答えた。
「─────おふくろさん、心配してたぞ、」
そう言うと、ゾロは少しだけ表情を曇らせ、ああ、とだけ呟いた。
サンジは自分の携帯電話を取り出しゾロの自宅へと掛けた。
1コールも待たずにゾロの母親が出たので、見つけたから、と短く伝えて
すぐにゾロに電話を替わった。
「・・・ああ、・・・うん、・・・うん、・・・うん、」
相当絞られているのだろう、ゾロはしおらしく答えていた。
「・・・うん、わかった、わかったから。・・・ああ、悪かった。」
「おふくろさん、何だって?」
通話を終えたゾロは携帯をサンジに返しながら答える。
「早く、帰って来いって。」
「ま、そりゃそうだ。」
「お前と、一緒に」
「うん」
「これからも」
「・・・・・うん」
二人の間に沈黙が流れる。
サンジは努めて明るい口調で、「じゃ、帰ろっか!」と言った。
小さく頷いて歩き出したゾロに「そっちじゃねえよー」と声を掛け、
サンジは街の方へと自転車を転がして歩き始めた。
「で、お前参考書って何買ったの、」
「s研出版の数U」
「ああ、あれってすっげえ難しくねぇ?
おれ全然わかんねえから買っても意味無えんだけど」
「少し難しいくらいじゃねえと勉強になんねえだろ」
「だーから全然わかんねえんだって」
他愛の無い話をしながら、サンジは切り出すタイミングを見計らっていた。
ずっと話をしなくてはいけないと思っていながら、
どうしても話しかける勇気が出なかったのだが、
今を逃したらなし崩しになってしまいそうで、
それだけは絶対にイヤだった。