観覧車での一件以来、ゾロはサンジを徹底的に避けるようになり、
サンジの方でもかける言葉が見つからず、一緒に登下校することは無くなっていた。
ゾロの一種才能ともいえる迷子癖を母親が相当心配し、
「どうしてお向かいのサンジくんと一緒に学校へ行かないの?」
と相当詰め寄ったらしいが、
「2年も毎日休まず通ったんだから、学校への往復位問題ねえ」
と言ってゾロは頑として譲らなかった。
高校生にもなって行き帰りの心配をされたことが甚だ心外だったようだ。
近隣から同じ学校へ通っているものは他にもいたので、
彼らの後について自転車を走らせ、ゾロはどうにかサンジに頼らず通学していた。
そうこうするうちに学校は夏休みに入り、補習期間となった。
「ちょっとゾロ、アンタ何でサンジくんと一緒に来ないのよ、」
「うるっせえぞ、ナミ、そんなのおれの勝手だろうが」
補習は全員参加ではない。
3年生のうちでも希望者だけだし、選択科目が違うと通う時間が違う。
文系のサンジと理系のゾロでは選択科目も違う。
ましてゾロがサンジを避けているから余計にそうなのだが、
一人で通うことが多くなったゾロは、
補習の開始時間に間に合わないこともしばしばだった。
「そりゃあ勝手だけど、気になるじゃない、
サンジくんが一緒だったら遅刻なんかしないでしょ?
あんなに仲良かったのに、どうしちゃったのよ、アンタたち。
ご近所さんなんでしょ、
腐れ縁なんだって、子供の頃から一緒だって言ってたじゃない、
いまさら仲たがいなんて、どうして?」
意志の強さを湛えた大きな瞳で見つめられ、ゾロは言葉に詰まった。
答えられるわけが無かった。
ゾロはサンジを恋愛の対象として見るようになってしまったということ。
越えられない一線を、やっぱり越えることが出来なくて、
サンジから距離を置くという手段を選んでしまったということ。
一度だけサンジの方から触れてきた唇の柔らかな感触も、
思いがけず巧みだった舌使いも、
圧し掛かられたときのサンジの体の重みも、
全てゾロの体は狂おしい程に記憶していて、
思い出しながら自分を慰めてしまうこともしばしばで、
近くにいたら無理やりに抱きすくめてしまいそうだと、
抱きしめて、口付けて、全身に隈なく触れて、
全てを自分のモノにするまで止まれなくなってしまいそうだと、
こんな歪んだ感情を、異性であるナミに言えるはずが無かった。
「・・・・ゾロ?」
俯いて黙り込んでしまったゾロをナミがいぶかしげに覗きこむ。
「サンジくんと何があったの?」
いつに無い優しげな口調。
聡いナミは、これが単純ないつもの喧嘩では無いことに気づいているのかも知れない。
「何でもねえ!」
ゾロは勢い良く顔を上げると、ナミにそう言い捨ててカバンを取り上げた。
「ちょっと、ゾロ!どこ行くの?!」
「帰る」
「帰るってアンタ、もうちょっとでサンジくんのクラス終わるわよ、
待ってて一緒に帰りなさいよ」
「本屋に寄って問題集を買ってくから、」
「! ちょっと、だったら尚更─────」
補習授業の終了を告げる鐘が鳴り、教室から生徒たちが出てきた。
ゾロはナミが止めるのも聞かず、足早に昇降口へと向かった。
「ちょっと・・!! ゾロ、ゾロってば!!」
「あれ?ナミさん?」
教室から出てきたサンジはナミを見つけると近づいてきた。
「どうしたの?難しい顔して、何か悩み事?
ああッ!そんな物憂げなナミさんもステキだ・・・!!」
「そんなことより、ゾロが本屋へ行くって出てっちゃったわよ」
ナミがくねくねと愛想を振り撒くサンジを一蹴する。
サンジの方も慣れたもので、コロリと態度を変えてナミに訊ねた。
「あいつが?一人で?」
「そうなのよ。だからサンジくんを待ってて一緒に行けばって言ったんだけど」
あぁ、とあいまいに言葉を濁し、サンジはタバコを一本取り出した。
「校内禁煙!」
火を点ける前に素早くナミに取り上げられてしまう。
苦笑するサンジにナミが鋭く切り出す。
「追い掛けないの?」
「まぁ大丈夫じゃねぇの?本屋だって初めて行く場所じゃ無いでしょ、」
「本気で言ってるの?」
いつにないナミの口調の鋭さにサンジは息を呑む。
何故なのかは知らないが、本気で怒っているようだ。
「いや、そうは言ってもさ、あいつだってもう高校生だろ
本屋だって行きつけのところだし、一人でも帰れるんじゃねえの?」
「そうは思えないから言ってるんでしょう?!」
内心はサンジだってそう思う。
だけど避けられている現状で、どうしろと言うのか。
「サンジくん、ゾロと何があったの?」
ナミが単刀直入に聞いてくる。
大きな瞳で見つめられてサンジは一瞬気圧されたようだったが、
すぐにいつもの表情に戻り、何気ない様子で切り返す。
「何でも無いよ」
「嘘。ゾロの様子だっておかしかったわ。
普段の喧嘩とは違うでしょう、
一体何があったのよ」
「あったとしてもおれたちの問題でしょう?
ナミさんには関係ない。」
柔和な表情とは裏腹に、冷たい拒絶の言葉だった。
ああ、そうだった、とナミは思った。
裏表のすくないゾロと違い、サンジの内面は複雑だ。
単純なように見えて、心の奥底には誰にも触れさせない部分がある。
女の子が好き、というのは本当だろう。
だが普段の大げさな美辞麗句をまくし立てる姿は、
一種のポーズであると、こんな時に思い知らされる。
「ゴメンね、心配してくれるのは有り難いけど、おれらの問題だからさ、」
打って変わって優しげな口調。これだからサンジくんは掴めないのだ。
女の子なら誰にでも優しくて、可愛いよ、綺麗だね、って、
嬉しい気持ちにさせてくれるけど。
背が高くてルックスもそこそこ良くて、ちょっと不良めいた雰囲気も魅力的なのに、
決まった彼女がいないのは、きっとそういうコトだと思う。
あしらわれた悔しさはあるけれど、わめき立てるのも無様な気がした。
「じゃ、ちゃんと責任持って解決しといてよね」
ナミが精一杯強気な口調で言うと、サンジは少しおどけた口調で「仰せのままに」と答えた。
─────バカ。