A nosebleed-鼻血- -1-

  

もう、抑えきれない。
それに、もともとただ見ているだけなのは性に合わない。
これから長い旅を共にする仲間であるなどクソくらえだ!
ゾロはサンジに玉砕覚悟で真正面から告白した。
「んあ?」
キッチンのシンクに煙草を押し付けた派手な金髪の男は顎を上げてゾロを流し目で見た。
「誰が誰に惚れてるって?」
これから喧嘩しようとでも言うかのようにサンジが眉根を寄せゾロに一歩にじり寄る。あれだけの女好きだ、この反応は当然だろう。

サンジがゾロのシャツの胸ぐらを掴む。一発くらい殴られるのも覚悟の上だ。

そう思ったゾロの顔にサンジの顔が鼻先がかする程近づいて来た。間近で見ても肌理の細かい肌。
「ゾロ」
囁くように呟いたサンジの口元から、いつもは感じない煙草の苦い香りがする。だが、その口元から発せられた言葉はゾロが想像もしなかった言葉だった。

「やっと言いやがったな」

ゾロが目を見張る。

「てめェがおれに惚れてんのくれェ、てめェの態度見りゃすぐ分かんだよ」
そして、そのままゾロのシャツを引っ張ると、サンジはゾロにキスをした。

サンジの唇は柔らかで、煙草の苦みが消え失せると、甘い蜜のような味がした。




それから、一か月。
まさか叶うとも思っていなかった想い。それゆえに今の状況に付いてゆけないのはゾロの方だった。

サンジは恋する男を自称するだけあって、その相手が女から男に変わったと言うだけで、好きな相手への扱いは慣れたもの。

クル―の前ではいつも通りだが、誰の目もない、すれ違ったその瞬間、ゾロの手の平に指で秘密の合図を寄こす。

鍛練中、ゾロが視線を感じ振り向くと、飲み物を持ったサンジの姿。そのグラスには水滴が付き、トレーには水溜まりが出来ていた。
「いつからいたんだ?」
「やっと気付いたな。練習、ノってんだろ?飲み物は冷てェの持って来てやっから、そのまま続けろよ」
サンジが咥え煙草のまま、ギャレイの裏の壁に背をもたせかかる。ゾロはサンジの視線を感じただけで一気に体温が上昇するのを感じた。少々の運動では乱す事のない息が乱れる。

それを悟られまいとあえて鍛練に集中しようとするが、意識すればするほど、息が上がった。

ふとサンジが動く気配がした。気が付くとサンジがゾロの背後にいる。運動能力にたけた男の身のこなしは敏捷だった。
「ゾロ…、飲みもん、替り持って来てやるよ」
「ああ」
やっとサンジが離れてくれる。そう思ってほっとしたのもつかの間、
「エロい声出してんじゃねェよ。ばーか」
サンジが生温かい息をおまけに、ゾロの耳に残して行った。


やべェ奴だ。
どんな鈍い奴でも分かるあからさまな誘い。
ゾロはズキンと疼く下肢に手をやった。目を瞑り、昼間見たサンジの白い肌や、うつむき料理に没頭している時のうなじを思い浮かべる。そして、煙草を咥えた唇。長い指で挟んだ煙草を口元から離したときの、唾液で湿ったフィルター。ゾロさえ手を差し伸べれば、もう容易に手に入る事は分かっている。
けれど、ゾロがそうしないのには理由があった。

それは、一見バカらしい理由に思えるが…。

あれはまだゾロが15の歳になったばかり。大剣豪を目指してシモツキ村を出て半年が過ぎた頃だった。
ゾロは大人びた外見をいい事に夕飯を安い場末の酒場で取っていた。人の多い場所は飯が安くて美味い。その上、鷹の目の情報も入って来る。

そんな時ゾロは酒場で一人の女を見た。女の肌は透けるように白かった。細すぎるその体は女としての豊満さには欠けたがグラスを持つ時伸ばした腕の優雅さは舞台の上の踊り子のようだった。
ゾロの視線に気づいた女はふんわりと笑い、結いあげた明るい栗色の髪を下ろし左右に振った。
今夜はOKのサインだ。
ゾロは頬が熱くなるのを感じた。女は20代半ばだろうか?自分は大人に見える筈だ。ガキに見られるのは堪らない。だが、その心配の必要はなく女は同世代の男にするようにゾロに接し、二人は宿に向かった。
ゾロは細い女の肩に欲情した。恋とか愛とか出会ったばかりの女に感じた訳ではなかったが、それでも、勝気な視線の冷たい美貌の女はゾロの何かを擽り、ゾロは自分にも好みというものがある事を知った。

そして…ことに及ぼうとしたその時…、ゾロは嗅ぎ慣れた血の匂いを嗅いだ。

戦い、しぶきを上げる、ゾロにとっては勝利の印となるものの香り。

「ちょっと、あんた、大丈夫なの?」
シルクのスリップ姿の女が長い指をゾロに伸ばした。
「ほら!これ!!」
女はベットサイドに置いてあるティッシュペーパーの箱をゾロに差し出す。
ゾロは訳が分からず思わず下を見ると、白いシーツの上にはぽつぽつと深紅の花弁のような鮮血。

ゾロは鼻血を出していたのだ。





「…ああ、可笑しいったら…」
澄ました女の顔は笑うと意外に可愛いくてますますゾロの好みだったが、今はいい雰囲気などどこかへ消しとんでいた。女は目じりに溜まった涙を指で拭うと、まるで弟を見るような優しい目でゾロを見た。
ゾロはその視線が気に入らない。
「でも、あんた…まだ15だって?年下だとは思ってたけど、まさか10も年が違うなんて…。ああ、そんな顔をしないでよ。笑ったりしてごめんなさい。あんた、ハンサムな顔してるし、これから先も女には苦労しないわ。きっと、もっといい男に育つから」
今はまだまだガキだと言外に含まれている。
「興奮して鼻血出しちゃうなんて…可愛いわ」
そう言って女はゾロの手をそっと握ったが、それは男に対する女ではなく、母親のような優しさだった。


まだ…ガキの頃の話だ。
ゾロは自分に言い聞かせる。
あれ以来あんな無様な事はしていない。
まさか、同い歳の男と事に及ぼうと言う時に、あんな事になる訳はない。

けれど、ゾロはあれ以来、溜まれば極力自分で処理するし、どうしてもと言う時はなるべく好みではない女を抱いてきた。それを夢を叶えるためには女など邪魔なだけだと問題をすり替えてみたりしている自分の心の裡を知っている。

それでも、ゾロは出会ってしまった。外見だけでなく、その内面丸ごと自分を惹きつけて止まない男に…。
だが、相手が男だからこそ、どうにかなる想いとも思えず、それでも伝えずにいられなかったのは、彼が否定してくれなければ自分では消化出来ぬほど、サンジに惹かれたからだ。


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