その男と出逢ったのは運命のいたずらのような偶然。
視線を交わして、何となくその気になって、体を重ねた。サンジより一回りほど大きな体躯はしなやかだけれど力強い筋肉に覆われていて、サンジは思わずペロリと下唇を舐めたほどいい身体だったと思う。
虜になるほどではなかったけれど、それは確かにサンジに甘い快感を覚えさせ、それから二度、偶然に出遭うことがあって、そのどちらもお決まりのように同じ夜を過ごした。
最初の二回は名前も知らずに、行きずりの夜だったが、最後の夜はその男がエースと言う名で、ルフィの兄だと知っていながら抱いた。本当はサンジが誰を愛しているのか知っていながら、エースはそれを許してくれた。
抱いているのは自分の筈なのに、いつも大人の余裕で自分を包み、自分が抱かれているような錯覚をサンジは何度も覚えた。エースが好きたった。恋や愛とかではなく、ただの甘えのような気持ちだったのかもしれないが、それでも好きだった。
底抜けに明るくとぼけた性格はルフィと良く似ていると思ったが、けれど時折、エースはどこを見るでもなく、遠くへと視線を漂わせ、一人違う世界の中をたゆたう時間があるのをサンジは知っていた。それが何なのかは判らなかったが、その心の隙間にあるものを埋めてやりたいと思いながらも自分じゃ役不足なのは判っていた。
それどころか。
「また慰めてあげるよ」
最後の別れ際、エースはそんなことを言っていたくらいだ。「寂しい夜には呼んでくれればいい」
なんて、片目を瞑りながら。
それが最後だった。
そして、時間は流れて、サンジは彼が死んだことを知る。
それからサンジの心の中には抜けない棘が刺さっている。
久しぶりの海風が気持ちいい。
暗い夜の海を渡るサニー号の甲板に肘をついても凭れて、サンジはタバコの煙を燻らせながら、空を見上げた。星が綺麗で、月も綺麗で、海は二年前と何も変わっていない。
タバコの煙が天に昇っていくのを何ともなしに見つめていたら、ふと気配がして、目をやるまでもなく、それがゾロだと気付いたサンジだった。
「どうした?腹でも減ったか?」
サンジはゾロの方を見もしないで、空を見上げたまま、そう言った。
『あまたの恋を楽しむのがモットーなんだよ』
いつだったかエースはそんなことを言っていたっけか。『人生は楽しんだもの勝ちだろ、サンジ』
それはいずれ来る己の命の終焉を予期していたからだったのかもしれない、とサンジは今になって思う。己の運命が己をそう長くは生きさせないだろう、と知っていたからエースは人生を必死で己の心の信じるままに真っ直ぐに、そして時には戯れるように、堕ちていくように、楽しげに生き急いで、そしていなくなった。
『本命の彼氏にすげなくされて拗ねてんだろ?いいよ、抱き枕になってあげるからおいで』
『ゾロとはそんなんじゃねェよ』
知ったような口調で言われた時にはムッとしたが、真綿のような優しさでエースはまだ青臭かった自分を包んでくれた。
エースの大人びた性格に甘えて、その身体を蹂躙した。
何度も何度もその奥を穿ち、彼の肢体に汗を潤び散らした。彼の肢体は熟れて、魅力的で、サンジは我を忘れて貪った記憶がある。
確かにあの頃、サンジはゾロが好きだったと思う。エースとは違う意味で。それは愛や恋に似た、焦がれるような衝動をまとうものだったのにも関わらず、サンジはその思いを封印した。
ゾロは男の自分に抱かれるようなタマじゃないことくらい、幾らサンジでも判っていたし、そんなふうに思えないくらい、サンジにとってゾロは大事だったのだ。あんなに綺麗で鮮烈な生き様の男を貶めるなんて出来るわけがない。サンジにとってはゾロへの気持ちは禁忌で、墓場にもっていければそれでいい筈のものだった。
その分、飢えて、乾いて、誰かれとなく抱いたのも事実だ。そのサンジをただ一人癒してくれたエース。
「てめェに話がある」
ゾロがサンジを見つめて切り出した。
「悪ぃが、明日にしてくんねェか。今、オレはセンチメンタルに浸ってるとこなんだ」
「それが気に食わねェから、今、聞け」
あまりに不遜な意見にサンジは思わず、ゾロの方に目を向け、噴き出してしまう。「テメェはホント、相変わらずだな。つか、エラソーな態度に磨きがかかってねェか?」
「てめェ、どこ見てやがった?」
「ああ?」
どこも何も空だ。
怪訝に思ったサンジだったが、ゾロは「違うな」と言った。「てめェは最近、良く誰かを見てやがる。そうやって一人になった時に限って、だ。昔のてめェはそうじゃなかっただろうが」
「二年もありゃ、忘れがたいレディの一人や二人現れんだよ」
「カマに情でも移ったか」
「アホ言ってんじゃねェ!オレは好きなのは生粋の女だ!」
思わず背筋がゾッとして、思いっきり否定したサンジだったのだが。
「てめェの回りにゃカマしかいなかったんだろうが。じゃ、誰を思ってそんな風になる」
「・・・テメ、何、言ってやがんだ?」
「二年前、てめェは爪の先まで俺のモンだった筈だ。判っていたから泳がしておいてやったってェのに、てめェはほいこらよそ見してんじゃねェよ」
一体、ゾロが何を言い出したのかさっぱり判らない。自分たちはそんな甘い関係ではなかった筈で、何で不貞を責められるような話になっているのか。そもそも自分がゾロを好きだった話はゾロが与り知らぬ話の筈で・・・。
「テメェ、気付いてやがったのか」
「ふん。ツメが甘ェんだよ、てめェは」
「やんなら、やんぞ」
ついカチーンと来て、ケンカ越しに睨みつけてやったのと同時に、ゾロがあっと言う間に踏み込んで来て、サンジの腰を絡め取って、強引に口付けてきた。
「んっ・・・」
驚いたサンジが身を捩ろうとするも、ゾロの片腕はサンジの腰に絡みつき、もう片方の手のひらでサンジの丸い頭を固定して、サンジの息を貪るように、強引にサンジの口内に舌を入れ、絡ませてくる。
何だ、この展開なんて思う余裕もなく、あまりにも情熱的に息ごと吸われて、その気持ち良さにサンジはついうっかり流されて応えてしまっていた。
抱き合って、奪い合うようにキスをする。
溶けるほどにキスをする。
どれくらいそうしていたか判らない。お互いに顔を上気させ、離れた瞬間、サンジは口元を手の甲で拭い、言った。正気に返る。
「気でも狂ったか、クソ剣士」
「ノリノリだった癖に、何言ってやがる」
ゾロは追い詰めるように、サンジを船縁に押し付けて、股間をサンジにぐりぐりと押し付けた。
「ばっ・・・」
あまりのことに、サンジは考えがまとまらない。つか、どうしてこんなことになっているのか、サンジにはさっぱり理解出来ていないのだから当然だ。
「無理矢理押し倒すような真似をして、てめェを傷つけるような真似はしたくねェなんざ、悠長なことを考えてた二年前の自分に今、腹が立ってる」
「テメ、何、言ってんだ?」
「今度、会ったら二度と逃がさねェと決めていた。てめェが誰を思っていようが関係ねェ。痛い目みたくなきゃ、黙って俺のモンになっちまえ」
離れていた二年。ゾロは何度、サンジを思い出したか知れない。心優しいコックを傷つけまいとして、サンジの気持ちを知りながらも手を出さなかった迂闊さを何度も呪った。再会して見れば、見てくれは若干・・・と言うかかなり変わっていたものの、中身は少しも変わっていなくて、しばらくの間は浮かれた気分でいたものだ。さあ、どうやって獲物を落とそうか、などと思い巡らせていたりもした。
が。ゾロは気付いた。
時折、サンジが誰かを思って、海を見つめていることに。
冗談じゃねェ、てめェは俺のモンだ。
嫉妬なのか怒りなのか、ゾロの中にマグマのようにドロドロとした噴き出さんばかりの思いが渦巻いた。
誰がてめェの中に住み着きやがった。
自分ではない誰かをサンジが思っている、とゾロは本能的にそれを悟っていた。
離れていた二年。
二年の間に、ゾロで埋まっていた筈のサンジの心に誰かが入り込んだ。その事実がゾロを苛立たせた。
サンジの足の間に身体を割り入れて、ゾロは膝頭で、サンジの股間をぐりぐりと嬲った。抵抗する体を押し付けて、再び口を塞いで、息ごと奪う。サンジの手が拳を作って、ゾロの背中を叩いたが、そんなのは無視だ。
サンジの身体の奥に火種が灯るまで、ゾロは強引にサンジの熱を高めてゆく。
「んーっ・・・、んん」
サンジの鼻から抜けるような息が漏れた。それでもサンジは最後の理性で抗って、身をよじり、激しく、頭を横に振った。
「俺じゃあ、役不足だって言うのか」
「悪ぃが、オレはテメェとどうこうなる気はねェ。つうか、そんな気になれねェっつてんだ」
「こんだけノリノリで良く言うぜ」
サンジの兆しかけた股間を掴んでゾロは鼻で笑った。
「やめろ、アホ」
「てめェが何を考えているのか知らねェが、往生しやがれ」
「オレはテメェを抱く気なんてねェんだよ」
「いいじゃねェか。俺がてめェを抱いてやるよ」
「はあ?」
サンジがぽかんとした表情になったのをいいことに、ダメ押しとはかりにゾロはもう一度口付けて、サンジから抵抗を奪う。
ゾロが唇を離すと、サンジの目がとろけるような色をしてゾロを見ていた。
「テメ・・・テメェは・・・」
「何だ?」
サンジの目に戸惑いの色が浮かんだ。
「オレは男をあんあん言わすのは趣味だが、言わされるのは趣味じゃねェんだよ」
「るせェ」
サンジのセリフに一瞬、ゾロも「あれ?」と思ったが、深くは考えなかった。サンジの身体から力が抜けるで、キスを重ねる。抵抗していたのは最初だけで、やがて積極的にゾロの熱に身を任せ、そしてくたりとなったサンジに「うし」とゾロは頷くと、そのまま格納庫へと連れ込んだ。