鉛色の空の下で 6






サンジがガッシリと抱きついているので、ゾロは全く身動きが取れなかった。
ようやく眠りが深くなったのか少し拘束が緩んできたので、
そっと腕の中から抜け出した。

なにしろズブ濡れになってしまったスーツをどうにかしておかないと、着られなくなってしまうだろう。
ゾロは簡単に水洗いした後ぎゅうぎゅうと絞って、部屋にロープを渡して適当に引っ掛けた。

何で俺がこんなこと。

後にも先にも自分に面倒を見させたヤツは初めてだ。
だが不思議と苦々しくは思わなかった。
本当に嬉しそうにゾロの中で果てた様子を思い出して、まあいいか、と思う。

寝顔も本当に幸せそうだった。
奇妙な形の眉尻が下がって、少し幼げに見える。

昨夜のアレは客観的に言って酷いセックスだった。
サンジに全く余裕は無くて、性急にこじ開けてロクに慣らしもせずに突っ込んできた。
苦鳴を漏らすゾロの様子など意に介さずに、がんがんと腰を突き入れる。
頭の芯まで響くストロークに懸命に耐えながら、ゾロはようやくサンジを、
サンジの全てを手に入れたと思った。





サンジが初めて誘ってきたとき、ゾロはその表情に驚いた。
酷く憔悴していて、口調の軽々しさとはうらはらに縋るような目だった。
普段底抜けに明るく、女たちに美辞麗句を並べ立てるこの男にこんな表情をさせるものは何なのか。

知りたい、と思った。
体温、皮膚の感触、息遣い、拍動。

けれど、身体を重ねても繋いでも、知ることが出来たのは表面的なことばかりで、
サンジが入り込んできたのも、入り口からたかだか十数センチのところまでだった。

初めて会ったときからサンジのことは気になっていた。
自分とは全く違う人種で、つい挑発するようなことばかり言った。
気を引きたかったのだと気づいたときには愕然とした。

抱きたいのか、抱かれたいのか、自分でもどうしたいのかわからなかった。
ただ、その身体に触れてみたいとひたすらに願った。
叶う事は無いと思っていた。告げるつもりも無かった。

サンジが、俺はどっちでもいい、と言ったので、ゾロは自分が受け入れる側を選んだ。
弱みに付け入るようで気がひけて、せめて痛みと屈辱とを受け入れようと思った。

サンジの指は巧みで。
ゾロはすぐにその強烈な刺激の虜になってしまったけれど。

何度交わって、何度その精を体内に注ぎ込まれようとも、
サンジの目に映っているのは、鉛色の空と昏い海で、
聞こえているのは、ごうごうという風の音と波のうねりだった。





洗濯物を干し終えたゾロがベッドへ戻る。
ぎし、という音にサンジが薄く目を開けて、小さく、ゾロ、と掠れた声で呼んだ。
「まだ夜だ、もう少し寝ろ」
諭すように言うとサンジは再び目を閉じ、寝息を立て始めた。










室内がぼんやりと明るくなり始めた。
身体がきしんで眠れず、うつらうつらしている状態だったゾロは、
起き上がって、隣でぐっすりと眠っているサンジの寝顔を見た。

朝が早いサンジの寝顔を見る機会は稀だ。
頬に纏わりついている金髪を払ってやっていると、
んん、という呻き声がして、まもなくサンジが目を開けた。

昨夜のことを思い出したのか、ハッとした表情でゾロを見て、
確かめるかのように起き上がって頬に触れる。
まっすぐにサンジを見るゾロの目に穏やかな光を確認して、
サンジはゾロの首っ玉にしがみついた。

「ゾロ」

ゾロはしばらくされるがままになっていたが、サンジの力がだんだん強くなるので
落とす気か!と言ってもがき始めた。

「離せ、この野郎、落ちるだろうが!」
「やだねー、絶対離さねえもん」

苦しい!と暴れるゾロの肩越しに、ロープにかかった洗濯物を見て
サンジが驚いた声を上げる。

「これ、お前がやったの、」
「・・・ああ、あのままじゃ着られなくなっちまうだろ」

信じられない思いで呆然と室内を眺める。
少し腕の力が緩んだので、ゾロはもがくのをやめた。

「あ、でもこれすぐには乾かねえよな、船に戻るときどうすっかな」
「俺の服でも着てけ」
「・・・親父シャツをか?」
「そうだ。ありがたく思え」

ああ。
軽口を叩き合えるのがこんなに嬉しいとは思わなかった。

今までどおりの日々を、今までとは少しだけ違う日々を
この先送っていけるかどうかは、全てサンジのこれからの行動にかかっている。

サンジは再びぎゅうとゾロを抱きしめて言った。

「なあ、もっかいやらせてくんねぇか?」

「冗談じゃねえ、お前昨夜散々やったじゃねえか」
ゾロがまた脱け出そうともがき始める。

無理をさせてしまった自覚はある。
今までのこともきちんと話すつもりだ。
だけど、どうしても大事な部分で、
繋がりあえる部分できちんと伝えておきたかった。

「俺、昨日はぐだぐだだったじゃん。
 もう夢中で、自分ばっかだったじゃん。

 だから、もっかいやらせてくれよ。
 ちゃんと抱くから。

 ちゃんと、俺がお前のことどんだけ好きか、
 分かるように抱くから。」

ゾロから拒絶の言葉は返って来ない。
サンジはゾロの顔を両手で包んで、深く深く口付けた。

ゾロの背後の小さな窓から、朝焼けの空と海が見えた。
夜のうちに雨は上がり、紫とオレンジの混じったような色が広がっていた。
まだ雲はかかっていたけれど、すっかり薄くなっていて、
その隙間からは青空の欠片が仄かに見えた。











END


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2008.4.19

脱稿〜!!長かった!

5話との間にサン誕が入ってしまって、すごく期間が開いてしまいました。
取りあえず完結して嬉しい!嬉しい!

どうしても書きたかった部分があって、それを形にしたくて頑張りました!
どこだかは内緒。恥ずかしいから。