俺の視界を紅く染めたアイツの鮮血。
俺はその光景を一生忘れないと思う。
鮮烈な出会い。
だけど最初お互いの印象は最悪だった。
無愛想でいかにも硬派のゾロと、軟派でお調子者の俺。
年が一緒でお互い戦闘には自信を持っているとくれば、
意識し、張り合い、無駄に突っかかっては喧嘩になることもしばしばだった。
やたらめったら船を壊してはウソップに怒られたりしていたが、
最近では回数は大分落ち着いた。
仲間として航海を続けてもうすぐ1年。
ゆっくりとだが自分らの間に信頼関係が築かれてゆく。
その日は朝から穏やかな天気で、絶好の洗濯日和だった。
船上では昔ながらの洗濯板だ。
ついでなので男共の汚れ物を全部引き受け、
洗濯表示などお構い無しにガシガシ洗っていた。
先に洗ったシーツ類が風にあおられてはためく。
向かい側の船縁で昼寝しているゾロが垣間見えた。
お互いが視界に入るギリギリの距離。
近頃はよくコレくらいの位置にゾロを見かける。
「おーい、ゾロぉ、そんなトコで寝てると干物になっちまうぞー」
春島気候の日差しは一見柔らかだが、紫外線は結構強い。
ノース生まれの自分などは、油断していると日焼けする。
むー、という唸り声を上げ、ゾロは億劫そうに寝返りを打って日陰に逃げ込んだ。
その様子にちょっと笑った。
こうして無防備な様子は、とても魔獣と怖れられている男とは思えない。
同じ船に乗っている仲間だから尚更思うのかもしれないが、
まだまだ歳相応に青臭いガキで、剣術ばかりが突出して強いだけなのだ。
コチラへ向けている寝顔の可愛らしいことと言ったら無い。
あどけなさすら残る頬に、意外に濃い影を落とす睫毛。
もっと近くで見てみたいと、フと強烈に感じた。
髪に触れ、そっと瞼にキスをして・・・
─────は?
何考えてんだ、俺!
頭に浮かんだ妄想の突拍子も無さに、激しく動揺する。
キスをして、そんでその後どうしようっての、俺!
いやいやいや、そもそも何でマリモにちゅー、だよ!
素敵なレディ相手ならいざ知らず、マリモだぞ、男だぞ、筋肉ダルマだぞ!
俺はブンブンと首を振ると、手にしていた洗濯物を猛然と洗い出した。
昼下がりののんびりとした時間は、突然の敵襲によって破られた。
敵船から次々と渡されるロープ。
片端からゾロが切り落としてゆく。
それをかいくぐるように乗り込んできた連中を、思い切り船外へと蹴り飛ばす。
縦横無尽に駆け、敵を倒していくゾロの姿を確認しながら、
周囲を取り囲んできた連中を手当たりしだい蹴散らす。
能力者のルフィの戦い方はまったく規格外れで、
想像も出来ないような動きをするので完全に本人任せだ。
射撃を得意とするウソップとクリマタクトを操るナミさんは、
近接戦闘には向いていないため、自然、俺とゾロとが前線で戦う形になる。
時には補い合い、加勢しながらの戦闘。
この瞬間のぞくぞくする感じが堪らない。
背中を預けて戦う感覚は、何物にも代えがたい。
ゾロの纏う研ぎ澄まされた殺気が心地いい。
ゾロの太刀筋は本当にキレイで、
ともすればその鮮やかな一閃に眼を奪われがちだ。
自らも敵を蹴り飛ばしながら、つい見惚れてしまう。
普段は寝てばかりの役立たずだが、
剣士としてのゾロの姿には男として惚れる。
野暮ったい腹巻さえイカして見えてくるから不思議だ。
剣を振るう後姿、筋肉の滑らかな動きがシャツ越しに伝わる。
直にこの手で触れてみたい衝動に駆られる。
直に触れ、唇を寄せて舌を這わせ・・・
──────あれ?
ブンブンと首を振って雑念を振り払った。
どうもここのところ俺はオカシイ。
「クソッ!」
八つ当たり気味の蹴りが敵の一人を捉え、
運の悪いソイツは、鮮やかな放物線を描いて敵船の甲板まで吹っ飛んだ。
ウソップあたりに言わせれば、お前はいつも普通にオカシイ、
というところだろうが、
(もちろんそんな事を言おうものなら渾身の蹴りをお見舞いする)
自分でもちょっとオカシイよなぁと、
ぼんやりと思わずにはいられなかった。
以前よりは規模が大きくなったとはいえ、スペースに限りのある船内のことだ。
クルーとは事ある毎に顔を合わせる。
けれども最近、アレが視界に入る事が多いような気がするのだ。
洗濯物を干していれば、ぐうぐうと寝ている姿が目に入る。
一服しに甲板に出てくれば、鉄串団子をブンブンと振っているのと出くわす。
自分の考えすぎなのだろうか。
以前に比べて、ゾロとの距離が縮まっているように思える。
視界に入るとちょっかいを出さずにはいられない。
何か食べるかと訊いてみたり、からかってみたり。
敵襲も無い穏やかな日が続くと、身体が鈍ってしまわないように、
トレーニングの一環として手合わせをしてみたりもする。
打ち合いでゾロが触れた場所はビリビリと痺れる。
その感覚がまたなんとも言えず心地よいのだ。
ゾロを近くに感じる瞬間の、ゾクゾクとする感じ。
これって、何だ?
自分の感情に名前がつけられなくて歯がゆい。
いや、正確にはそれが何なのか気づきたくないのかもしれない。
だってこれって、この感覚ってもしかして。
夕食の後片付けを終えた俺は、ひとっ風呂浴びて来る事にした。
女性陣から先に入るような不文律が出来ていて、
大体の順番も時間もおのずと決まっていた。
いつもこの時間帯にはほとんどの連中が済ませていて、
大概自分が最後だ。
湯船が大きくなったのでそれほど湯の汚れは気にならないし、
後の連中に気兼ねしなくて良い気楽さもあって、
のんびりと入れるのは悪くなかった。
洗い場で簡単に汗を流し、湯船でのんびりと身体を伸ばしていると、
脱衣所に人の気配がした。
(あれ、)
風呂場には鍵がついており、女性陣は使用しているが、
男の自分は誰に見られて困るでもなし、あまり掛ける習慣はなかった。
脱いだ衣類で誰か入っていることはわかるので、
大抵気づいて出直すだろうし、
入ってこられたところでどうということも無い。
要するに不都合を感じたことが無かったのだ。
「おーい、誰だぁー?」
返事は無い。
衣擦れの音、衣類を脱いでいるような感じがする。
おかしいなぁ、俺の服が置いてあるだろうになぁ?
「入ってマース」
トイレじゃあるまいし!
と自分で自分に突っ込みつつ声を掛けてみるが
やはり返事は無い。
確かめようと、腰にタオルを巻き湯船から一歩出た瞬間、
浴室のドアが開いた。
「!?」