麦藁の一味がバーソロミューくまの手により方々へ散らされて半年、
ようやく全員が船に集結した。
それぞれ経験をつみ、新たな力や知識を手に入れ、
一回り大きくなって船へ戻ってきたのだが、
最も大きく変化があったのはサンジであった。
そう。
中身はともかく、外見が。
オカマたちの楽園カマバッカ王国に飛ばされていたサンジは、
可愛らしい女の子の姿に変わってしまっていた。
クルー一同驚いたが、特にゾロの驚きようといったら無かった。
無理も無い。
双璧として戦闘時には肩を並べて先陣を切って闘い、
時には好敵手として(クルーにはハタ迷惑な)喧嘩もし、
皆の目の届かないところで、ちょっと人には言えないような
イケナイこともしていたその相方が。
柄が悪くて乱暴でクソ短気、巻き眉に脛毛のサンジが。
サラサラの金髪とアイスブルーの瞳はそのままに、
見た目だけなら相当の美人になってしまっていたのだから。
そう、中身はともかく。
* * *
皆扱いには困惑した。
特に困ったのは寝室だ。
男部屋へブチ込むのはちょっとはばかられたが、中身はサンジだ。
女部屋へ入れるのにも抵抗があった。
女部屋で寝かせてやれよ!
男共の中で寝かせるなんて可哀相だろうが!
とウソップが言えば、
ナニよ、アンタたちこそ一緒に寝かせてあげればいいじゃないの!
今まで一緒だったでしょうが!女の子になったからっていきなり襲っちゃうほど
アンタたちってケダモノなワケ!?
とナミも切り返す。
成り行きを見守っていた彼(彼女?)が小さく息を吐いて、
いいよ、キッチンで寝るから、と言ったので、皆内心ホッとした。
キッチンへと毛布を運び込むサンジを手伝いながら、
ウソップが訊いたところによると、
「う〜ん、女の子は相変わらず好きだぜぇ?
見てるとキラキラしててさ」
「・・・キラキラ・・・ってお前───」
「でも前ほどメロリ〜ンって感じじゃねえんだよなぁ〜」
「へぇ〜、そうなのか。」
外見だけじゃなくて、やはり心の中にも少し変化があるようだ。
ウソップはふと興味を抱いて訊いてみた。
「じゃあさ、男を見るとどうなんだよ?」
サンジは相変わらずくるんと巻いている眉毛をしかめて、うーん、と考え込み、
「そうだなぁ、前ほど”クソどもが!”とは思わなくなったかなぁ」
「あっそう・・・」
心の中が変化しても、口調は乱暴なままだった。
男の口から出たにしても口汚いような言葉が、美人の口からポンポンと飛び出る。
ウソップはその物凄いギャップにげんなりとした。
* * *
一回り小さな体で忙しくクルクルと立ち働く様子は、
以前と変わらず生き生きとしていた。
大きめのフライパンが扱いづらくなったとボヤいていたが、
そのたおやかな手で振舞われる極上の料理からは、
そんな影響は微塵も感じられない。
お料理上手で、さらっさらの金髪で、水色の瞳のスレンダーな女の子。
可愛いよなぁ〜、とウソップはうっかり思わずに居られなかった。
ルフィがどう考えているかは見当もつかないし、ゾロもこういうことには興味が無さそうだ。
二人が女の子がどうのと話をしているのをあまり聞いたことがないのだ。
こういうときの格好の話し相手であるはずのサンジが当事者となってしまったので、
どうにも訊く相手が居ないのだが、ウソップは誰かに確かめたくて仕方なかった。
横で大工道具を手入れしているフランキーに訊いてみた。
フランキーは変態だが大変な兄貴肌で、意外にまじめに相談に乗ってくれる。
「なぁ、ここだけの話なんだけどよ、サンジ、可愛いよなぁ?」
「ああん?何だお前、コックの兄ちゃんに惚れたのか?」
ウソップは、フランキーの言葉にぞわわわ、となりながらしどろもどろに答えた。
「いや、そうじゃねえよ、一般的に見て、可愛いよなって話だよ。
別に俺自身がサンジを好きとか可愛いとか思ってるわけじゃなくってだな」
あー。見た目はな、とフランキーは答えた。
「確かにパーツとしちゃあ美人の条件は揃ってる。
けどな、中身はあのガラの悪ィぐるぐるコックだぜ?」
フランキーがそう言い終わるか終わらないかのうちに、溌剌としたアルトの声が聞こえた。
「おい、野郎ども、メシだぞ、早く来い!
こらそこの長ッ鼻と変態サイボーグ!さっさと来ねえと片付けちまうぞ!」
「おう、今行く!」
声を張り上げながらフランキーはホラな?とばかりウソップを振り返った。
ウソップは、見た目と口調のギャップに再びげんなりとした。
成る程なぁ、百年の恋も醒めるってのは、こういうのを言うんだろうなぁ、
としみじみ思った。
* * *
興味が無さそうだとウソップには思われていたゾロだが、興味が無いわけではなかった。
恋人という形容が合っているかどうかは知らないが、それなりに大事に思っていた。
離れ離れになって心配もしたし、生きて合流が出来て嬉しくて、
抱きしめて存在をこの手で確かめたかった。
だが、ちょっとやそっと殴ったり蹴ったりしたぐらいじゃ死にそうにも無かった男が、
すっかり華奢で儚げな少女に代わってしまったのだ。
どう扱っていいかわからない、というのが本音だった。
散々肌を合わせて来た相手だからこそ、なおさら触れづらい。
もとから色白だった肌は、今では血管が透けるほどに白くて、
ちょっと強く握ったら赤く跡が残ってしまいそうだった。
そもそも。
女に変わってしまったサンジが変わらず自分を好きでいてくれているのかわからなかった。
腹巻がダサいだのセンスが悪いだの、男だった頃から身だしなみにはうるさい男だった。
まして女はそういうのに煩せえんじゃなかったっけ。
何を話せばいいのか見当もつかなかったが、あれこれと悩むのも性に合わない。
顔だけでも見たい─────。
ゾロは酒を理由にすることにして、キッチンへと向かった。
サンジと雑談をしていたウソップがキッチンを後にすると、
入れ違いにゾロが入っていった。
この二人は寄ると触ると喧嘩をしているイメージがあるが、
実はそうでもないことをウソップは知っている。
二人とも意地っ張りだから折れるということをしないだけなのだ。
やっぱりゾロも心配していたんだなぁと、ウソップは嬉しくなった。
「お、なんだ、酒か?」
入ってきたゾロに気づくと、サンジは
「まぁ、座れよ、」
とカウンターの一角を示した後、ワインラックに手を掛けた。
ああ、と曖昧に答えて、ゾロは言われるままにスツールに腰掛け、
サンジの姿を目で追った。
「久しぶりだからおれも一緒に飲んじゃおっかな」
適当なものを見繕ってカウンターへ置き、冷蔵庫を開けて何やら物色を始める。
その後姿の頼りなさに、ゾロはどうしていいかわからなくなる。
「おい」
「あん?」
呼び止めたゾロを剣呑な目つきで見返すサンジの表情は以前のままだが、
持ち前の凄みはすっかり消え失せ、生意気に挑発しているようしかに見えなかった。
「お前、酒なんか飲んでいいのか」
「は?」
「てめえ、その、そんな身体になっちまってるじゃねえか。
酒なんか飲んで平気なのか」
「・・・・・?」
言われたサンジは小首を傾げる。
うわ、なんだその可愛い仕草は!とゾロは内心大きく動揺した。
「別に女の子だって酒くらい飲むでしょ」
「そうじゃねえ!」
ゾロはカウンターに拳を打ちつけながら叫ぶ。
「男と二人きりで飲んでていいのかって話だ!」
「お前、ナミさんとはサシで飲んでんじゃねえか。」
「アイツはザルだ!てめえはてんで弱ぇじゃねえか!
つぶされて悪戯でもされたらどうすんだ!」
弱いと決め付けられたサンジは憮然とした顔をした。
日頃から飲み比べでゾロに勝てないのを気にしているのだ。
もっとも、自分が弱いのではなくゾロがバカみたいに強いのだと思っているが。
「何、お前悪戯するつもりなの」
「てめえがそんな無防備なカッコしてるからだろうが!
俺だって男だ、何するかわかんねえぞ!」
「無防備?」
サンジは自分の格好を見下ろした。
先ほどまで着ていたスーツの上を脱いではいるが、身に着けているのは普通のシャツだし、
前もはだけてはいない。
「どこが?」
と訊くとゾロはぶっきら棒に言い捨てた。
「乳首」
「・・・・・は?ちくび?」
「透けて見えてんぞ」
「へっ?」
指摘されてもいまいちピンと来なかった。
そりゃそうだ。
今までそんなところは透けようが何だろうが知ったこっちゃ無かった。
改めて見てなるほどと思った。
小ぶりとはいえ柔らかそうな乳房がシャツの胸元を押し上げ、
その先端がツンと可愛らしく存在を主張していた。
肌着を着けていないのでモロわかりだ。
(そういや自分もこういうのにドキドキしたモンだったよな)
ゾロはそっぽを向いて酒を煽っている。
見ないようにしてんだな?
サンジはニヤニヤと哂いながらゾロの顔を覗き込んだ。
「な、触りてえの?」
「てめえ・・・・」
ゾロは鬼の形相で振り返り、サンジを怒鳴りつけた。
「何するかわかんねえっつってんだろうが!!
煽るバカがどこにいる!」
く、とサンジが喉の奥で嗤った。
「臆病者」
「─────この野郎ッ」