コンパートメント 10
















雨でお流れになってしまえばいい、というサンジの願いも空しく、 土曜日は絶好の行楽日和だった。

うんざり顔のサンジは大きな重箱を抱えていた。
「日頃ウチの馬鹿がお世話になっているから」と
祖父が朝早くから作っていたのだ。

サンジとしても弁当を作ることは考えないでもなかったが、
手作り弁当なんか持って遊園地へ行ったら、まるっきりデートだな、こりゃ
と気づいてあわててやめたのだ。

いらねぇ、と言ったら一発蹴り飛ばされた。
仕方なく持ってきたら、それを見たゾロは当然の勘違いをしたらしく、たいへん上機嫌だ。
もう面倒くさいので釈明もしない。

桜の季節ではないのでそれほどの混雑ではないが、家族連れで賑わっている。
彼らの目に自分たちがどのように映っているのか、 サンジは気になって仕方なかった。

「お、あれに乗ろうぜ」
ゾロが指差したのはコーヒーカップだった。





ちょうど稼動中のコーヒーカップには、高校生くらいのカップルが乗っていた。
楽しそうだ。楽しそうだが、非常にアホっぽい。

─────しかも男二人で乗るのかよ。

うんざり顔のサンジにゾロが男らしく高らかに言い放った。

「俺はあのハンドルを力の限りブンまわす。
 テメエもせいぜいまわしやがれ。
 先に音を上げた方が負けだ。」

「・・・バカじゃねぇの、お前・・・」
あきれた声でサンジが言うと、ゾロは憤然と言い返した。

「こういうとこへ来て楽しまねえテメエの方こそバカだ。
 それともアレか、お前酒も弱えもんな、乗り物に酔っちまいそうで怖いのか、」

「ふざけんな!怖いわけあるか!だいたいテメエみてえなザルと一緒にすんな!」

乗り物酔いと酒酔いは全然種類が違うのだが、日頃からゾロより酒に弱いことを気にしていたサンジは、 いとも簡単に挑発に乗ってしまった。


「じゃあヤんのか?」
「当たり前だ!
 あんなガキが乗るような乗り物に酔うわけねえだろうが!」

「舐めてかかってると泣き見ンぞ。
 あれ、結構激しいからな」
「抜かせ!」

憤然と乗り込みながら、サンジはゾロにまんまと乗せられたことに気づいた。
なんたって幼馴染だ。
どこを突けばどんな反応をするかはイヤと言う程良く知っている。
ほくろのある場所から本人の意識していないクセまで、知らないところはほとんど無い。

知らないところが出来たのは、高校に入ってからのことだから。
少しずつ変容していく自分への態度。
時折物言いたげに自分を見ている瞳。

ジリジリというベルの音とともに、コーヒーカップがゆっくりと回りだす。
と同時に、お互いに力任せにハンドルをガンガン回した。
お世辞にも新しいとは言えない遊具だ。
ギシギシとかガタガタとか、末恐ろしい音を立ててカップが回る。

ぬおおお、とか、うおりゃあああ、とか言いながら必死にハンドルを回す。
互いの様子なんか気にしちゃいなかったのだが、
ハンドルを挟んで向かい側に座ったゾロの顔をフと見たら、般若のような形相になっていた。

ぶっ

思わずサンジが吹き出した瞬間、コーヒーカップが向きを変えた。
丁度力が抜けていたサンジの体は大きく振られ、三半規管が悲鳴を上げる。
子供向けの遊具なのでシートベルトなどは当然ない。
危うく引っくり返りそうになりながら、サンジはどうにか耐えた。

「クソッ!」

必死に体勢を立て直し、ハンドルに喰らいつく。
ゾロがニヤリと嗤うのが見え、サンジのボルテージが一気に上昇する。

「にゃろう!」

再び二人がかりでハンドルを回し始めたため、カップは物凄い勢いで回りだした。
渾身の力を込めてコーヒーカップを回す高校生男子。
順番待ちをしている人々から見たら、見事なアホ二人組だった。



停止を知らせるベルが鳴り、カップがゆっくりと止まったころには、
二人とも上腕がぷるぷると震えていた。

降り際、係員のおっさんが呆れ顔で声を掛けてきた。
「お前らデカい図体して、他になんかやることないのか?」

ゾロは仏頂面で「ちゃんと金払ってんだから勝手だろうが」
と、ぶつくさ言っていた。

サンジもいつもであれば、うるせぇ、俺の勝手だ!とか何とか言い返すのだが、
ぐったりと疲れていて言葉も出なかった。

今度は彼女と来いよ〜、と後ろで叫んでいる係員に、余計なお世話だ!とゾロが怒鳴る。
やり取りを聞いていた順番待ちの連中がクスクスと笑うのが聞こえた。

そうだよなぁ、彼女と来たいよなぁ。
サンジは曖昧に笑ってステップを降りた。

肩で息をしている若い男二人連れ。
自分たちを見る周りの目は、心なしか哀れんでいるように感じられた。




「次はアレだな」
ゾロが指差したのはジェットコースターだった。

実はサンジはあまり絶叫系の乗り物には強くない。
キライでは無いし乗れないわけではないが、度を越して怖いものにあえて乗りたいとは思わない。

ある程度の余裕を持って、きゃーとかわーとか叫ぶのが丁度よいと思っている。
ほどほどのスリルで十分なのだ。

ここのコースターは規模が小さく、回転も無いアップダウンだけのシロモノだ。
安心して楽しむことが出来るので、これなら大丈夫だとサンジは内心胸を撫で下ろした。

コースを眺めていたゾロが腕組みしたまま振り返った。
「悲鳴をあげずに乗れるかどうか、勝負しようぜ」

「・・・・はぁ!?
 こういうのはお前、大騒ぎしてナンボだろうが」

そう、絶叫することで恐怖も少しやわらぐものなのだ。
ゾロはそんなサンジの気持ちを見透かしたように、馬鹿にした口調でこう言った。 
「てめえはやっぱり根性ねえなぁ、この程度で絶叫かよ?」

途端にサンジの短い導火線は焼き切れる。

「ふざけんな!こんなのどうってことねえよ!
 見てやがれ!笑顔のまんまで乗り切ってやるぜ!」
 
乗り場への階段をドカドカと上りながら、サンジは単純な自分の頭をちょっとだけ呪い始めた。
いくらクセを見抜かれているからと言って、いいように乗せられ過ぎだ。

大した順番待ちもせずに自分たちの番が回ってくる。
回転のないコースターのシートベルトは、拍子抜けするほどに単純で、それが却って恐怖を煽る。

ピーというベルの音がして、コースターはカタカタと最初の坂を上り始めた。
何度乗っても、この処刑台へのエレベーターに乗ってるみたいな時間が耐えられない。
腹に鉛が溜まるような感じが最高潮に達した頃、コースターの角度が変わり、
これから自分が落ちてゆくレールの先が見えるのだ。

しかも上りきって直ぐにではなく、ゆっくりとしたスピードで少し下り始めてから突然に─────。
「・・・・・・!!!」

「(あああああああ)!!!」



こればっかりは玉砕だった。
声だけは上げずに済んだと思うが、へろへろの自分はどう見ても負け犬だ。

「涙目だぞ」
楽しそうに言うゾロが心底腹立たしい。

足元がふらついて力が入らない。
少しだけベンチかどっかで休んで・・・と考えていると、

「次はアレだな」
元気一杯のゾロは空中サイクリングを指差した。

「・・・ちょ、ゾロ、少し、休んで・・・」

「何だ、この程度でへばってんのか?
 やっぱり根性無えなあ」

見下したような態度がまた癪に障った。
おいおい、やめておけよ、俺!という声が頭のどこかでするが、
小さい頃から張り合い続けてきた習性は、すぐに治るモンでも無かった。

「へばるワケあるかぁッ!次行こうぜ、次ッ!」

こうしてゾロに挑発され、乗せられるままに次々と遊具に乗った。




一通りの遊具で大騒ぎをした後、昼食にすることにした。
併設の公園の芝生に敷物を広げ、重箱を開く。

「ジイさんか」
中身を見たゾロはゼフの手によるものだと気づいたらしく、若干落胆したようだ。

しょうがねぇだろ、俺自身が作ったらまるで初デートで張り切ってる女の子みてぇじゃん。
作ろうかとはさ、思ったんだけどよ・・・。

サンジは言い訳しそうになっている自分に狼狽する。






2009.9.3 修正


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