ラストソング

ふと目覚めると、腹巻の上に紙切れがひとつ落ちていた。
コックの神経質そうな字で何やら書いてある。
曰く─────



そんなにも 具合が良いのか おれのケツ

 マリモが突っ込み 朝まで腰振る



嗚呼、可哀想に。
あのひよこみたいな色合いの頭の中に詰まっている脳みそは、
やっぱりちょっとばかりイカレているんだなぁとゾロは思った。

この五七五調の書付は何だ、短歌か。
あまりにも下品なコレを人目に晒すのもどうかと思い、
ゾロは腹巻の中にそっとしまった。


キッチンへ入るとコンソメの匂いがした。
昼食はどうやらサフランライスとレンズ豆のスープらしい。
咥え煙草で立ち働いているサンジをふん捕まえて訊いた。

「おい、これは何だ、」
「お、それ見たかよ。どうよ、なかなかの出来だろ?」

ニヤニヤしているサンジの顔は、完全なアホ面だ。
ゾロは眉間のしわを深くしながら再び訊いた。

「どうもこうもあるか、これは何だって訊いてんだ」
「ジセイノクだよ、この前お前言ってたじゃん」

辞世の句─────?
そんな話したっけか。

「もう死んじまうって時にヨむんだって、そう言ってたじゃん
 どうよ、結構いいだろ」

「・・・・・お前、辞世の句がこんなのでいいのか」

ゾロはサンジの頭の中身に同情を覚えた。
こんなに可哀想でいいのか。
そして、こんな頭の中身を持つ男と、かなり濃密な関係を持っている自分はどうなんだ、
考えると軽く眩暈がした。

「だめかぁ?結構良いと俺ァ思うんだけどなぁ」
サンジは真剣な表情で首を傾げている。
「ま、いいや。今夜リベンジだ。明日の朝を楽しみにしてろよ」

「なんだ、今詠みなおさないのか」
ゾロが訊くとサンジはケタケタと笑う。
「ヨまねえよ、そん時じゃねぇと意味ねえじゃん」

そん時とは何だろう?
ゾロは疑問に思ったが黙っていた。





翌朝目覚めたゾロは、またもや腹巻の上に小さな紙切れを発見した。
4つ折の紙片にサンジの細かな字。



デカマラの あまりの痛さに 耐えかねて

 われ泣きぬれて 鹿とたわむる



鹿?
それにどこかで読んだことのあるような句だ。
微妙にパクリというか・・・。

いや、問題はそこじゃねえ!
昨日同様あまりに下品な内容に、ゾロは昨日の2割り増しで眉間に深い縦ジワを刻み、キッチンに向かった。

「てっめえ、このアホ眉毛!」
蝶番が吹っ飛びそうな勢いでドアを開け、キッチンに入るなりゾロは怒鳴った。
「アホ眉毛とは何だ、このクソまりも!お前、朝の挨拶もなしにいきなり怒鳴るとはどういう了見だ!」
大変に導火線の短いサンジがゾロ以上の勢いで怒鳴り返す。
だがゾロの手に握られているものに気づくと、サンジは相好を崩しニヤニヤと笑った。

「おう、それ見たのか、どうよ?今度こそ自信作だぜぇ?」
ちなみに鹿はチョッパーね。
サンジのいらん解説を聞いてゾロの怒りはさらに増幅された。

「てめえは本ッ当にこんなのが辞世の句でいいのかよ!?
 こんなもんが後世に残っててみろ!
 バカは死んでも直らねえどころじゃねえぞ、
 伝説に残るバカだ!!」

「え?これってお前以外のヤツも見んの?」
「当たり前だ」

えー、難しいなあ、とサンジは眉根を寄せる。
「じゃあ、もう一回リベンジだ。また明日な。楽しみにしとけ」

「何で明日なんだよ、」
「だーかーら、そん時じゃねぇと意味ねえじゃん」

ちっちっち、とサンジは人差し指を立てて左右に動かした。
このアホの言うことはさっぱりわからん。
ゾロは諦めの溜息をついた。





翌朝まるでデジャヴのように、腹巻の上には紙切れが落ちていた。
少しはマシなものが拝めるかと、ゾロはそっと折り目を開いて中身を見た。



三発目 さすがに翌朝 辛いから

 毎晩ヤルなら 一発にしろ



ゾロは手にしていた紙片をグシャと握りつぶし、猛然とキッチンへとダッシュした。

「クソコック!表へ出ろ!!」
「だから朝の挨拶が先だろが!!上等だ!相手になるぜぇ!!」

甲板へ出ると、ゾロはサンジの長い前髪を引っ掴んで凄んだ。
「あだだだだ」
「てめえ、頭おっかしいんじゃねえのか!?
 何なんだこれは、全然わかってねえじゃねえか!」

ゾロの手の中にグシャグシャの紙切れがあるのを見て、サンジはああ、と呟いた。
「うん、今回はちょっと駄作気味かもな、何しろお前昨夜凄かったじゃん。
 身体が保たねえって思ったから、素直に心情を述べてしまったんだな、これが」

「・・・・・おい、うすうす思ってたんだが、」
低い声でゾロが訊く。
「何でてめえはコトの最中に句をひねってんだ?」
サンジは何でそんなことを聞かれるのかわかりません、という見本のような顔をした。
「だってお前、イク時にヨむんだって言ったじゃん」

言ってねえ。断じて言ってねえ。

「だから俺、」
「・・・言ってねえよ。それにイク時違いだ。『あの世へ逝く時』詠むんだよ」

言いながらゾロは、少しずつ状況を思い出していた。
サンジがあの夜、これ以上ヤったら死んじまうよ、と言うので、
今更やめられねえから辞世の句でも詠んどけ、と言ったのだ。
表情が呆けていたのだが、善くて飛び気味なのかと思っていた。

「死を覚悟したときに、その時の心情なんかを歌に詠んで残すんだ。
 出来のよいものは後世まで伝えられたりする。

 ジセイってのは、世を辞するッて書くんだよ。
 分かってなかったのかお前、
 だったら訊けよ」

「え、だって植物のお前に訊くのヤじゃん」

治まりかけていた怒りが再びふつふつと湧き上がる。
本ッ当にアホだ、こいつは。

「あー、何だそっかぁ。それじゃちょっと恥ずかしいよなあ」
ゾロの怒りの再燃には気づかずに、サンジは頭をポリポリと掻いている。

「でもまあ、俺の辞世の句はそのまんまでいいや」

は?
ゾロの怒りは驚きのあまり吹っ飛んだ。
「な─────、お前伝説のバカになっちまうぞ、それでいいのか、」

「だってサ、死ぬときに何か言っときたいヤツってお前ぐらいしか居ないじゃん、」
「バラティエのオーナーは、」
「ジジィにそんなモン残したらあの世で会ったときに蹴り殺されちまうよ、
 イヤ、そん時ゃもう死んでるんだけどさ」
サンジがカラカラと笑う。

「そんで、お前に何を言っときたいかっつったら、アレは結構善かったぜ、ってことぐらいだからサ」

「だから、そのまんまでいいや」

サンジの表情は皮肉のカケラも見えず、ひどく静かだった。
ゾロは、ああ、お互い様なのだ、と思った。

コックの頭はやっぱり少しイカレてる。
だけど、俺はコックにイカレてるんだ。

ゾロはグチャグチャに潰してしまった紙切れを丁寧に伸ばし、
大事そうに腹巻の中にしまった。

その様子を首を傾げながら見ていたサンジが、にか、と笑った。


サンジの胸に本当の辞世の句めいたものが浮かぶ。
だがそれがゾロに伝わることは決してない。



銜え込む おまえの楔 もろともに

 越えてむかうは 煉獄の果て





END


2008.2.7

千腐連企画様投稿作品

お題が「お前、頭おかしいよ。」だったんですが、
それを知る前からこのSSには手をつけていて、
「まんまじゃん・・・」という訳で投稿させていただきました。

芳賀の書くもんは基本的に頭悪いので、お互いばーかばーかと言って
罵り合っていることが多いのです。