コンパートメント

サンジの両親は既に亡い。
5歳のときに交通事故で二人とも逝ってしまった。
ゾロも5歳だったのでそのときの記憶はおぼろげにしかないが、
葬儀の日はしとしとと辛気くさい雨だったのだけ鮮明に覚えている。

残されたサンジは母方の祖父であるゼフと二人暮しだ。
ゼフは表通りでレストランを経営していて、味がいいとそこそこに評判だ。
昔はシェフとして厨房に立っていたらしいが、今では一線を退いて厨房は人に任せ、
オーナーとしてたまに店に顔を出している程度だ。
年齢的なものもあるのだろうが、ゼフがレストランを空けるようになったのは
ちょうどサンジの両親の事故の時期と一致している。
空っぽの家にサンジを置いておくのは忍びないと思ったからなのだろうとゾロは思う。

サンジはクソ煩ぇジジイ、などと言っているが、料理人としてのゼフを尊敬しているようだ。
将来的には店を継ぐつもりらしく、見よう見まねで料理を覚え、高校生男子としては格段の腕前だ。
高校を卒業したらどこかの店で修行するというようなことを以前言っていた。
将来のいまだ定まっていないゾロにとって、サンジのそんな姿はうらやましいというか、
見ていてざわざわと気ばかり焦る。

「茶でも飲むか?」
庭先で自転車の修理をするゾロにサンジが声を掛けた。
作業を始めてから小一時間、4月も半ばとなるとかなり陽気も良く、
日向で仕事をしているとうっすらと汗ばんでくる。

ちょうど喉が渇いてくる頃合だった。
サンジはタイミングを見計らっていたのだろう。
がさつで横柄な日ごろの態度とはうらはらに、細やかな心遣いをする面も持っていて、
確かにサービス業に就くための資質は持ち合わせているのかもしれない。

「冷たいのにしといたけど、良いよな、」
手にした盆には中身の入ったグラスが二つとビスケットの入った皿。
「一服しようぜ」
縁側に盆を置いて腰掛ける。
ゾロは額に薄く浮き出た汗を拭いながら歩み寄り、グラスを取った。

「直りそうかよ?」
ゾロが色の薄いアイスティーを一口飲むのを見ながらサンジが訊いた。
ほのかな甘みは、足してあるのか茶葉本来のものなのかゾロにはわからないが、
普段甘みを好まないゾロでも、疲れたときには少しだけ欲しくなることもある。
それも計算に入れているのだろうかと考えて、またゾロの胸がざわつく。