コックと魔獣






「――なぁ、お前ってさ、『魔獣ロロノア・ゾロ』・・・だよなぁ?」

ぐったりと汗ばむ身体を安宿のベッドに預け、俺の横でタバコをふかしていたコックが、ポツリとそう呟いた。



いつも訳の分からない事を言う奴だが、今日もいつも以上に何が言いたいのかさっぱり分からない。
ベッドに横になったまま眉間に皺を寄せ、片目を開けて「あぁ?」と不機嫌に問い返すと、コックは枕元の灰皿でタバコを揉み消し、金髪を揺らして勢いよくベッドの上に起き上がった。
三ラウンド終えたばかりだってのに無駄に元気な奴だと、眠気に沈みそうな頭でちらりと考える。

「だーからー、お前ってあの『ロロノア・ゾロ』だろ? 元海賊狩りで一億二千万の賞金首で、イーストブルーの魔獣とか言われてた奴だよなって確認してんだよ!」
「・・・お前なぁ、何を今さらなことを言ってんだ。仲間になってどれだけ経ってると思う。今まで相手が誰かも意識しねぇで俺に抱かれてたのか?」
「アホか! んなワケねぇだろ!」
「なら別にそんな事を確認する必要ねぇだろ。・・・ったくアホらしい、俺はもう寝るぞ。」

相手にするのも面倒くさくなり、俺はコックに背を向けて本格的に寝る体勢に入ろうとした。
だが、その俺の背にコックの容赦ない蹴りがドカンと決まった。

「・・・っ、痛ってぇな、この馬鹿コック! いきなり何しやがる!」
「テメェが俺の話をちゃんと聞かねぇからだろ! は、やっぱお前なんか全然駄目だ。噂なんざ鵜呑みにしてた俺が馬鹿だったとは言え、ここまで期待ハズレのいい子ちゃんとは思わなかったぜっ。あーくそガッカリだよ!!」

吐き捨てるようにそう言うと、コックはベッドを下りてバスルームへ向かおうとした。
意味不明のコックの言い草にムッとした俺は、腕を伸ばしてコックを強引にベッドへと引き戻し、その身体を無理矢理自分の腕の中へと収めた。
ギャンギャンと文句を言ってた割にはコックはさしたる抵抗も見せず、意外と素直に俺に身体を預けてきた。

また何かちょっとした事が引っ掛かって、ヘソを曲げているだけらしい。
正直面倒くさかったが、そこは惚れた弱みだ。
柔らかな金髪に鼻先を埋め、俺は出来るだけ優しい声を出した。

「あのなぁ、お前の話はいつも唐突過ぎて意味が分からねぇんだよ。期待ハズレたぁ何だ。言いたい事があるならハッキリ分かりやすく説明してみろ。」
「・・・お前のそういうトコが、期待ハズレだって言ってんの。」
「そういうトコってなぁドコだよ。」
「だーからっ、そうやって俺に無駄に優しくしやがるトコがだよっ! クッソ、いろいろ楽しみにしてたってのに、お前ベッドの中じゃ全然魔獣じゃねぇじゃねぇかっ! それが詐欺だって言ってんだよ、このクソマリモっ!!」
「・・・・・・・・・はぁ?」

このアホコックの言う事は、やっぱり俺にはよく分からない。







夜空には鮮やかな月が浮かび、海は珍しく穏やかに凪いでいた。
停泊中のサウザンド・サニー号の中は、昼間の喧騒が嘘のようにシンと静まり返っている。
俺は寝息の響く男部屋をこっそり抜け出すと、キッチンやバーに誰もいない事を確認してから、月明かりだけを頼りにフォアマストを登っていった。

「――フランキー、今ちょっといいか?」
「おっ、こんな時間に上にやって来るなんて珍しいじゃねぇか。何かあったか?」

マストの上の展望台の中では、張り番のフランキーが床にだらしなく座り込み、安酒をチビチビと飲みながらエロ雑誌を読んでいた。
ウインクをした裸の女が恥ずかしげも無く股を開いているページを俺に見られても、フランキーは気まずそうな素振りも見せず、雑誌を閉じようとすらしない。
やはりこの手の質問をする相手としては、この船の中ではフランキーが適任だろう。

「いや、大した話じゃねぇんだが、ちょっと聞きたい事がある。今お前が見てるその手の雑誌の類で、何つうかな、ちょっと普通じゃない感じの・・・鬼畜っぽいモノをお前持ってねぇか?」
「はぁ? 鬼畜だぁ!?」
「――おい、声がでけぇ。他の奴らが起きてきちまうだろ。ま、持ってねぇなら別にいいんだ。邪魔したな。」

フランキーが目を剥いて驚いたので、内心俺も少し動揺した。
俺より十以上も年上の変態男ですらこの驚きっぷりだ。
やっぱり鬼畜なんざ普通じゃねぇんじゃないかと、あのアホコックの言葉を真に受けた自分が酷く情けなくなった。
だが、用は済んだとばかりにさっさと展望台から降りようとした俺を、フランキーは必死になって引き止めた。

「いやいやっ、ついデカイ声出しちまってすまねぇっ。剣一筋だと思ってたヤツからそんな言葉が出るたぁ思わなかったからな。さすがの俺様もうっかり驚いちまったぜ!」
「――別にどうでもいいけどよ。それで、持ってるのか持ってないのかどっちなんだ?」
「おいおーい、オメェはどうにもせっかちでいけねぇなぁ。よっしゃ、ちょっと待ってろ。確かこの中に・・・っと・・・。」

フランキーは展望台のベンチ前に移動すると、ベンチの下部分の羽目板を器用にずらした。
カタンと外れた板の向こうは空洞で、今まで全く気づかなかったが隠し戸棚になっていたらしい。
中をごそごそと探っていたフランキーは、雑誌を十冊ほど抱えていそいそと俺の前に戻って来た。

「へへっ、鬼畜ってのは要するにSMって意味だろ? その手の本に興味を持つたぁ、普通のプレイになんてもう飽きちまったぜーってコトか? いやぁ、ストイックな顔しててヤるコトぁキッチリやってんだな! 見直したぜっ!」
「――いや、そんなんじゃねぇんだが・・・。」
「照れるな照れるな! 俺にもそんな時代があったからな、お前のその気持ちは痛いほど分かるぜっ。近々そっち系の風俗に行くつもりなんだろ? お店のお姉ちゃんに馬鹿にされねぇように、行く前にゃやっぱいろいろ予習しとかねぇとな。ほれ、これなんかオススメだぜ!」

見るからに怪しげな雑誌を床に並べながら、ニヤニヤと目を細めて俺を見るフランキーが鬱陶しい。
微妙に誤解しているような気がしたが、コックとの関係をわざわざバラす必要もないだろう。
鬱陶しい視線を無視して、俺はフランキー推薦のエロ雑誌を一冊ずつ確認していった。





あれは一週間ほど前のことだったか――

航海途中のサニー号が寄港した小さな島で、いつものようにコックと示し合わせ、二人で安宿へとしけこんだ。
その夜、三回ほどコトに及んだ後で、突然コックは頭が痛くなるような話をし始めたのだ。


「期待外れ? 詐欺? テメェは一体何が言いたいんだよ。まさかとは思うが、俺相手じゃ満足できねぇとでも言うつもりか?」
「ま、有り体に言っちまうと・・・そう言うコトになんのかな。」
「――おいクソコック、俺の何が不満だってんだ! いつだってテメェは俺の下でヨガリまくりのイきまくりじゃねぇかっ! 満足してねぇなんてどの口で言いやがるつもりだ、あぁ!?」

俺の剣幕を意に介した風もなく、腕の中のコックは片眉を跳ね上げて俺をジロリと睨むと、唇をアヒルの様に尖らせた。

「そりゃまあな、確かにお前とすんのは気持ちいいよ。普段の生活じゃ寝グサレてばっかだからてっきり雑な前戯しかしねぇと思ってのに、しつこいぐらい俺の身体を嘗め回してきっちり盛り上げやがるしなぁ。意外だったけど、まぁそれについちゃ割と満足してるぜ。」
「だが、それだけじゃ不満だってテメェは言いてぇんだろ?」
「だってよ、お前って『魔獣』なんだろ? 戦闘じゃ血に飢えたケダモノみたいになっちまうからさ、てっきりセックスの時も鬼畜くせぇコトをしてくると思いきや、案外フッツーなんだもんよ。お前にいろいろ凄いコトされちゃうのかなーってワクワクしてた俺としちゃ、そりゃついついガックリしちまうのも仕方ねぇってもんだろ?」
「――ちょっと待て。今『鬼畜』とか言いやがったか? お前・・・そんな趣味があったのかよ。」
「ええ〜、そのくらい普通だろ? ま、さすがにいっつもソレじゃ俺だってヤだけどよ、たまにだったらマンネリ回避って感じでいいんじゃね? ほら、お前と最初にこーいう関係になっちまった時さ、お前いきなり鼻息荒く俺に伸し掛かって来たじゃねぇかよ。アレ、なんかちょっと強姦ちっくでさ〜、俺的にはポイント高かったんだよなっ!」
「ポ、ポイントだぁ?」
「そ。だからうっかりほだされちまって、この俺様が男のお前なんかに体を許しちまってるってワケよ。」

目を白黒させている俺の腕をツツツと指先でなぞりながら、コックはいたずらっぽく笑って見せた。

「だからさ、いつもまったり優しいセックスばっかじゃ面白くねぇし、時々はベッドで魔獣になってくれって言ってんの。鬼畜っぽい台詞を吐きながらさ、俺にあんなコトやこんなコトをしちゃうワケよー! ウハハハハッ、想像しただけで盛り上がって鼻血出ちまいそー!!」
「鬼畜っぽい台詞って・・・お前・・・。」
「ま、とにかくそーゆーコトだからっ! 次に島に着いた時には期待してるぜっ、『魔獣ロロノア・ゾロ』さんよぅっ!」

スルリと俺の腕の中から抜け出したコックは、機嫌よく鼻歌を歌いながらバスルームへと消えていった。
俺はあまりの事にコックを追い掛ける事すら出来ず、ベッドの上で金縛りにあったように固まっていた。





「で、これなんかどうだ。この縛りっぷりがなかなかだろ? 縄目がキッチリ柔肌に食い込んでて色っぽさ倍増なんだよなぁ。」
「・・・正直よく分からねぇな。こっちのはどういう本だ?」
「そりゃアレだ、木馬とか張型とか使った責めのシリーズだな。ほら、こんなモンがこんなトコにガッツリ入っちまってて、いやー、女のアソコってのはもの凄いモンだよなぁ!」
「・・・・・・うーん、やっぱどうにもピンとこねぇ。」

アニキ面でいろいろ解説しながら、フランキーは秘蔵のエロ雑誌を次から次へと俺の前で開いていく。
ロープで縛り上げられていたり、何でそんなモンをと思うような謎の器具を装着されていたりと、どの雑誌のどのページも苦しげな顔をした女達で埋め尽くされている。
強い相手とは戦いたいと思うが、弱い相手を痛めつけるような性向は俺にはない。
正直、こんなモノを見ても欲情する気には全くならない。
あのアホコックは、本気で俺にこんな目に遭わされたいと思ってるんだろうか。



コックと体の関係が始まったのは、もうかなり前の事になる。

きっかけはよく覚えていないが、ふと気づいた時には俺はコックから目が離せなくなっていた。
女が好きで好きで好きで、女のためなら死も厭わねぇようなあんなコックだと言うのに――
あのしなやかな身体を抱き締めて、あの男の何もかもを自分のモノにしたいと思うようになるまで、大して時間は掛からなかった。

だから俺はコックを抱いた。
欲しい物は力ずくで手に入れる海賊稼業だ。
仲間だからと遠慮なんかする気はなかった。
キスをして、押し倒して、裸に剥いて――強引に押し開いた身体に欲望を捻じ込んだ。

驚いたことに、コックは一切抵抗しなかった。
それどころか、コトが済んだ後には汗に塗れた震える腕を俺の首に絡め、あの柄の悪い男が出しているとは到底信じられないような甘い声で、俺を好きだと囁きさえしたのだ。
それが勢いだけで口にされた言葉だったとしても、俺がコックに本気になっちまったのは仕方ねぇってもんだろう。





「――あら、面白そうな物を観賞しているのね。私も一緒に見せてもらってもいいかしら?」

突然の声にギョッとして後ろを振り向くと、黒い夜着を着たロビンが展望台の入り口から顔を覗かせていた。
気配は――まったく感じなかった。
仲間とは言え、相変わらず油断できない女だ。

「うぉっ、ロ、ロビン! オメェいつの間に上に・・・っ!」
「休む前に寝酒を頂こうと思って甲板に出てきたら、展望台に人影が2つ見えたの。上で飲んでるならご一緒させてもらおうと思って来たのだけど、迷惑だったかしら?」
「め、迷惑なんてこたぁねぇけど、ま、まぁちょっと待ってくれ、今片付けるからよっ。そ、そしたら三人で飲もうぜ・・・っ!」

明らかに動揺しているフランキーは、雑誌を掻き集めて筋トレ用のロッカーに無理矢理押し込もうとしたが、ロビンはするりと手を伸ばして腕の中から雑誌を一冊抜き取ってしまった。

「・・・まぁ、随分とありきたりなSM雑誌ね。誰の持ち物なの?」

笑顔で問い掛けてくるロビンに、俺はフランキーを顎で指し示してやった。
フランキーは涙目になって俺を睨んできたが、無表情を装って気付かない振りをした。

「フランキー、あなたにこんな趣味があったとは驚きだわ。意外と普通の変態だったのね。」
「ふっ、普通の変態たぁ何だよっ!」
「それで、こんな雑誌を真夜中に二人仲良く見てるなんて、まさかあなたまで変態の仲間入りをしちゃったの、ゾロ?」

パラパラとページを捲りながら、ロビンは小首を傾げて俺に質問してきた。
この女に嘘を吐いたとしても、多分何も隠し通せやしないだろう。
落ち着き払ったロビンの顔から視線を逸らすようにして、俺はしぶしぶ返事をした。

「んなワケねぇだろ。ただちょっと、その手の雑誌ってのはどんなモンなのか興味があって、この変態に見せてもらってただけだ。」
「そーそー、鬼畜っぽいヤツが見たいってこの剣士サマに頼まれたんだっての! サニーを作った時に男共の為にとあらゆる種類のエロ本を持ち込んでおいたんだが、いやー、それが役に立って良かったぜ!!」

お返しとばかりに、フランキーは拳を握ってロビンに事細かに説明している。
舌打ちしたい気分になったが、余計な事を喋るとよりいっそうドツボに嵌りそうな気がしたので、俺はむぅと口を閉じて黙り込んだ。
ロビンはフランキーの説明を聞いて軽く目を瞠り、貴重な遺跡でも発見した時のように嬉しそうな表情を浮かべた。
激しく――嫌な予感がした。


「まあ、鬼畜っぽい物が見たかったの? ならこれは少し違うんじゃないかしら。」
「――え、違うのか?」
「これじゃただの安っぽいSMだもの。私の個人的な意見かも知れないけれど、鬼畜というのならば、もう少し文学的で高尚であって欲しいものだわ。精神的な世界でお互いを高める事を目的としながら、肉体にも限界ギリギリの苦痛を与えるというのが理想ね。」
「・・・全然意味が分からねぇ。具体的には一体どういうものなんだよ。」
「そうね・・・、あ、これなんてどうかしら?」

自分の夜着のポケットから、ロビンは黒い表紙の文庫本らしきものを取り出した。

「今読みかけの本なのだけど、主人公がかなりの人非人で、あらゆるシーンの描写がリアルでなかなか面白いのよ。そうね、後半のこの辺りを読んでもらえば何となくイメージを掴んでもらえるかしら。」

差し出された本を受け取って開かれたページに目を落とすと、それは挿絵も何もない小説のようだった。
どぎつい写真でも見せられるのではないかと身構えていた俺は、少しホッとしてゆっくりと文字を追い始めた。
だが、読み進めるうちに全身に汗がじわりと滲んできて、指まで微かに震えてきてしまった。
途中で投げ出すのは負けた気がして嫌だが――とてもこれ以上読める気がしない。

目の前で微笑んだまま俺の言葉を待っているロビンが、俺は心底恐ろしいと思った。



「んぁ? どーしたよ黙ったままで。俺のエロ本より面白いのか?」

絶句したまま固まっている俺の手元を、フランキーがどれどれと言いながら覗き込んできた。
しばらくフンフンと眺めていたが、読み進めるうちにフランキーは蒼白になっていき、やがてガタガタと震え出した。

「おっ、おっ、お前、ロビンっ!! な、なんちゅうモノを読んでやがんだよっ! 何だこのおっそろしい本はっ!! 痛すぎて怖すぎてションベンちびっちまいそうになったじゃねぇかぁぁぁっ!!」
「あらそう? 全然大した事はないと思うんだけど。」
「大したコト大有りだってんだよっ! いくらコイツが好戦的で凶暴な剣士だからってなぁ、まだ若いんだからこんなモンをさらりと読ませるんじゃねぇっ!! うっかりトラウマになっちまったらどうすんだよっ!!!」

半泣きになったフランキーは、凍りついた様に動けなくなっていた俺の手から本を取り上げ、投げるようにしてロビンに返した。

「まぁ乱暴ね。本が傷んでしまうわ、フランキー。」
「『乱暴ね』じゃねぇんだよっ! お前の方が精神的には乱暴モンだっての! あああ、もう今夜は解散だ解散っ! 俺は真面目に張り番に戻るから、お前らは下に降りてさっさと寝ちまえっ!」
「あら、さっきは三人で一緒に飲もうって言ってたじゃない。前言撤回なんて男らしくないわ。ね、ゾロもそう思うでしょう?」

男二人を半泣きに追い込んだ恐ろしい本をポケットに戻しながら、ロビンが同意を求めてきたが、返事なんかしたくなかった。
どんな敵を前にしても臆することはないと思っているが、この女の怖さはちょっと質が違う。
ごくりと唾を飲み込みながら、何とかこの場から立ち去れないかと思ったが、俺の足はまるで床に縫い付けられたように動かなかった。
フランキーもへたりとその場に座り込み、大きな身体をロビンの視線から隠そうと体育座りで縮こまっていたが、それも無駄な努力でしかなかった。

「ふふ、夜はまだまだ長いわ。せっかくの機会ですもの、三人でゆっくりお酒でも飲みながらいろんな事を語り合いましょうよ。そうそう、フランキーがどうして山ほどSM雑誌を隠し持っているのか、ゾロがどうして鬼畜なんかに興味を持ってしまったのか、それについても是非詳しい話を聞かせてちょうだいね。」

そう言って嬉しそうに微笑んだロビンは、今まで対峙したどんな強敵よりも禍々しいオーラを放っている気がした。







「あれ、おい・・・ゾロ、中に・・・居るのか?」

フランキーとロビンと夜を徹して語りあってから数日後の夜――
俺はサニー号の船尾にある大浴場で、コックがやって来るのをじっと待っていた。

ガチャリとドアを開けて風呂場に入ってきたコックは、湯にまだ入る気はないのか、白いシャツに黒いボトムを身に着けたままの姿だった。
ランプの火は落としてあるし、月の出ていない今夜は窓からの光も期待できず、風呂の中は真っ暗だった。
シャツが湯気で湿るのを気にしながら、暗闇を見渡してコックは俺の気配を探っている。
その背後から静かに回り込んだ俺は、コックの腕を掴んでいきなり後ろ手に捻り上げた。

「うぎゃっ、痛ってぇ! おいクソマリモっ、テメェ何してくれてんだよ!!」
「――黙れ。」

俺の言葉に切迫した何かを感じ取ったのか、コックはビクリと身体を震わせて全身を硬直させた。
戸惑いながら振り向いて、自分の後ろにいる人間が俺である事を必死に確認しようとしている。
混乱している間がチャンスとばかりに、俺はすかさずコックの両足を払ってタイルの上に転がし、両腕をロープできつく縛り上げた。

驚きのあまり声も出せないでいるコックを尻目に、ボタンを弾き飛ばして白いシャツの前を乱暴に開き、その勢いでボトムと下着を全て剥ぎ取った。
足を全開にさせて身体の上に馬乗りになり、膝を曲げさせた状態で両方の太腿をそれぞれしっかりとロープで縛る。
コックの身体の自由を奪った事を確認すると、俺はゆっくりと立ち上がった。

「・・・え、ちょ、何だよこれ・・・っ、おいゾロ、ふざけんのはやめろって!」
「ふざけてなんかいねぇよ。これがお前の望みだったんだろ、クソコック?」

俺は左腕からバンダナを外し、戦闘中の時と同じように頭に巻いた。
腰の三本の刀は風呂場の隅に立て掛け、用意しておいたロウソクを手に取る。
コックのシャツのポケットに手を突っ込んでライターを奪い、目の前でロウソクに火を点けてやると、コックは呆然とした顔で俺を見上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「・・・な、なぁゾロ、これってアレか? 俺がリクエストした鬼畜っぽいプレイ・・・とか、そういうのなんだよ・・・な?」
「――さあな。」

コックの問いには答えず、俺は薄く笑ってコックの身体の上へと火のついたロウソクを翳した。
オレンジの光を放って燃えるロウソクをゆっくりと傾けると、ジジジと微かな音を響かせて炎が大きくなる。
とろりと溶けたロウが一滴――コックの身体の上にぽたりと零れ落ちた。


「・・・・・・んぁっ!」

突然の熱さに驚いたコックは、まるでセックスの真っ最中の時のように甲高い声を上げた。
不本意だったらしく、屈辱に顔を赤く染めて唇を噛み締めている姿に、ぞわりと興奮を掻き立てられる。

「どうした、その程度で感じちまったのか? 相変わらず簡単に盛り上がる身体をしてやがるな、お前は。」
「うっ、うるせぇよっ! てめ、さっさとロープ解きやがれ! ここでこんなバカな真似やってられっかよ! 下の図書館にゃまだロビンちゃんとフランキーが居るんだぞ!」
「それがどうした?」
「・・・ど、どうしたって、俺達の関係がバレないように、船ではヤらねぇ約束じゃねぇか・・・っ!」
「俺は別に誰に知られようが構わねぇ。お前があいつらに知られんのが嫌なら、精々声を出さねぇように頑張ってみるんだな。」
「えっ、やっ・・・ぁ、なっ、何する気だよテメェ・・・っ!」

ロウソクを片手で翳したまま、コックの両足を膝で割り開く。
羞恥に歪む表情を見下ろしながら、もう一方の手で淡い金色の茂みをやわやわと弄ぶと、コックはくぐもった声と共に熱い息を漏らした。
茂みの下が完全に勃ち上がっているのを確かめてから、俺はゆっくりとロウソクの炎をコックの大事な部分へと近付けていった。

「なぁ、ここの金髪、火をつけたら綺麗に燃えるんじゃねぇか? 試しにちょっとやってみるか。」
「ちょ・・・っ、テ、テメっ、ふざけんなっ!!」
「――ああ、駄目だな。こっちからタラタラ汁が垂れて湿っちまってる。・・・ったく、こんな状況でギンギンにおっ勃ててやがるたぁ、お前はホントに筋金入りの淫乱だな。」
「だっ、誰が淫乱だよ・・・っ、こ・・・っの変態マリモが・・・!」
「変態なのはテメェだろ? 俺にこういう風にされてぇってお前言ってたじゃねぇか。望み通りにしてやってんのに、何で文句言われなきゃならねぇんだよ。」

俺はコック自身を軽く握りしめ、その先端の限界ギリギリまで火を近づけた。
途端、コックの身体は熱湯に投げ入れられた海老のように激しく跳ねた。

「チクショ・・・っ、テメっ・・・いい加減に・・・っ!」
「熱いか・・・? フン、まだやめてやらねぇよ。これはお仕置きだ。何でこんな事されるか自分が一番よく分かってんだろ?」
「しっ、知らねぇよっ! あ・・・あぁっ、やぁぁっ!!」
「おっと、お前が暴れるから腹に近づけ過ぎちまった。――おいおい、肌が少し焦げたぐらいでそんな声出してんじゃねぇよ。あいつらに気付かれちまってもいいのか?」

先走りを手に絡めてコック自身をヌルヌルと扱きながら、炎が触れて僅かに赤くなった腹を舌先で舐め上げると、コックは再び甲高い声を上げた。

「・・・いっ、や・・・っだ!」
「だから声がデケェってんだよ。嫌だ嫌だと言いながら、お前、ホントはあいつらに俺達が何やってるか見せつけたいんじゃねぇのか? お前がそのつもりなら、到底声を抑えられないような酷い事をしてやってもいいんだぜ?」
「ひ・・・っ、な、何する・・・気だ・・・よっ・・・」
「――ここ、この先端にロウを垂らしてやるよ。グチョグチョに濡れてっから火傷はしねぇだろうが、ま、結構熱いかもしれねぇな。あぁ、もしかすっとその刺激でイけるかも知れねぇぞ。はは、試してみる価値はあるかもな。――なぁ、コック、どうする?」
「・・・・・・う、も・・・イヤ・・・だ・・・、止めてくれ・・・よ、ゾロ・・・。」



コックの口調が突然弱々しいものへと変わった。

今まで耳にした事のない気弱なコックの声にギョッとし、俺は慌てて身を起こした。
手にしていたロウソクをタイルの上に置き、コックの身体をそっと抱き起こす。
青褪めた顔で唇を噛むコックの瞳からは、ポロポロと涙が溢れ出していた。

「・・・コック、お前何を泣いてやがるんだよ・・・。」
「だって・・・よ・・・、てめぇホントに・・・怖いって・・・。」

えぐえぐとすすり泣くコックの姿に動揺した俺は、大急ぎでコックの戒めを解いた。
自由になった手足を優しく擦ってやりながら、シャツ1枚羽織っただけの裸体を胸に抱き締めると、コックも縋りつくように俺の背中に腕を回してきた。
本気で怯えて泣き続けるコックに困惑しながら、俺は深い溜息を吐いた。

「・・・こんな風に抱けとお前が言ったんじゃねぇか。何を今さらビビってんだよ、この馬鹿コックが・・・。」
「だ、だってよ・・・、魔獣になったお前がこんなに容赦ねぇって・・・思ってなかったんだよ・・・。怖すぎだっての・・・チクショウ・・・。」
「阿呆、今のは芝居だ、芝居。俺がお前にあんな酷ぇ事、本気でする訳ねぇだろうが。」
「え・・・?」

涙でグショグショに濡れたコックの頬に唇を寄せ、涙をそっと舐め取ると、コックの身体はふるりと震えた。

「――コック、俺はお前に本気で惚れてる。こんなに大事にしてぇと思った相手は今まで一人もいなかった。俺は本当にお前が好きで好きで堪らねぇんだ。」
「ゾ・・・ロ・・・。」
「確かに俺は魔獣と呼ばれてる。戦うことは俺の宿命だからな、持てる力全てを掛けて戦う姿が、他の奴らには獣みたいに見えちまう事もあるんだろう。だがな、だからって俺には大事な奴を酷い目に遭わせて喜ぶような性分はねぇんだ。いくらお前の望みだとしても、大切なお前に酷い事なんてしたくねぇ。鬼畜のような俺の姿をお前に見せたいとも思わない。それを分かってもらいたくて、今日はお前に容赦ない真似をしちまった。――悪かった。」
「ん・・・や・・・、俺こそ・・・ゴメン・・・、軽い気持ちで変なコト言っちまって・・・。もうお前に・・・魔獣になってくれなんて絶対言わねぇから・・・。」

スンと鼻を鳴らし、コックは真っ赤な目でおずおずと俺を見上げた。
泣き腫らした顔は痛々しかったが、その姿を見ているうちに胸のうちが疼くように熱くなった。
誘うように開いた唇をペロリと舐めながら、コックの身体をゆっくりとタイルの上へと押し倒した。

「なぁ、コック、もう酷い事はしねぇと誓う。――だから、ここで抱いてもいいか?」
「えっ、・・・あ、で、でもよ・・・、下の図書館にまだロビンちゃん達が・・・。」
「ロビンは今夜は見張りだろ。もう展望台に行っちまってるよ。心配いらねぇ。」
「ホ、ホントかよ・・・? あっ、や、でもゾロ・・・、船じゃやっぱアレだし・・・、ちょっと待てって・・・。」
「もう待てねぇ。な、優しくしてやるから・・・いいだろ・・・?」
「あ・・・、は・・・っ、ゾ・・・ロ・・・ぉ・・・。」

コックの胸に顔を埋めて先端を優しく甘噛みしながら、俺は背後に感じる視線に向けてシッシッと手を振った。
風呂の壁から覗き見していた目は、残念そうに瞬いた後でフッと消えた。
気配がなくなった事をきっちり確かめてから、俺は大浴場の中で思う存分コックの身体を堪能した。







「――昨夜の件だが、一応礼を言っておく。」

眩しい程の晴天の空の下、ロビンはパラソルの影のデッキチェアで本を読んでいた。
誰も甲板にいない事を確認してから、さりげなくロビンに近づいて声を掛けると、ロビンはすぐに本を閉じて顔を上げた。

「あら、気にしないで。わざわざお礼を言われるほどの事はしてないわ。」
「だが、お前に言われた通りにしたお陰で、俺の性に合わねぇ行為をコックに要求されなくなったからな。――ありがたいと思ってる。」
「どういたしまして。仲間の役に立てて私も嬉しいわ。」

ロビンはそう言うと、俺に向かってニッコリと笑って見せた。



フランキーと共にロビンに捕まったあの夜――俺はコックとの関係を洗いざらい白状させられてしまっていた。
不本意だったが、蜘蛛が獲物を絡め取るようなロビンの尋問に、俺が立ち向かえる筈もない。

俺がコックとそういう関係だという事はフランキーは初耳だったらしいが、ロビンはかなり前から気付いていたらしい。
そして、ベッドの中で魔獣のように振舞えとコックに要求されていて、俺がそれに乗り気でないと知ったロビンは、コックを脅かしてそんな気持ちを無くさせてはどうかと提案してきた。

そんな真似は出来ないと躊躇する俺に、どんな鬼畜プレイを行えばコックがドン引きするかを記した、詳細なシナリオまでロビンは用意してきた。
船の仲間達をさりげなく遠ざけ、俺が大浴場で待っているとコックを呼び出す段取りをつけたのもロビンだ。
下の図書館でフランキーと二人で待機し、コックに助けを呼ばせない手筈まで整えられてしまっては、さすがの俺も断れきれなかった。
だが、結局はロビンのシナリオ通りに行動した事によって、全てがうまくいってしまった。
ロビンの意のままに動かされたのは少し納得いかないが、ここは一応感謝しておくのが筋というものだろう。



「ま、いろいろ世話になったが、今度の事はさっさと忘れてくれ。ああ、フランキーへの口止めも頼む。コックに知られると面倒だからな。」
「ええ、もちろんそれは大丈夫よ。心配しないで。」
「別に心配はしてねぇがな。――じゃあ、な。」
「あ、ちょっと待って、ゾロ。」

話は済んだとばかりに立ち去ろうとしていた俺は、呼び止められて後ろを振り返った。
菩薩のような笑顔を浮かべたロビンが俺をじっと見つめている。
何故だかまた――激しく嫌な予感がした。

「ね、もしあなたが魔獣になってサンジを抱きたいと思ったら、その時はいつでも私に相談してね。今度はサンジを泣かせない程度のソフトなやり方をレクチャーしてあげるわ。二人で心から楽しめるのならば、鬼畜なプレイだって別に問題ないでしょう?」
「お前――何を言って・・・・・・。」

じわり、と背に汗が滲む。

身を捩って嫌がる姿が想像以上に色っぽかった――とか
不安な表情で俺を見上げる潤んだ瞳が堪らなかった――とか
縛り上げた身体に無理矢理捻じ込んだらどれほど気持ちいいだろう――とか

昨夜からそんな不埒な考えで頭がいっぱいになっている事を
ロビンに全て見透かされているような気がするのは――俺の気のせいだと思いたい。




End.





SS書きの方には申し訳ないけれど、
今年ゾロ誕・サン誕は、SSはゲットしないつもりでおりました。

編集作業がね、私ヘタなので時間ばっかり食っちゃうんですよ。
どっちみち私が紹介するまでも無く、素敵な作品は素敵なんだし、
ご本人のサイトで読めるわけなので、いいか、もう・・・って。

でもでも、いもにゃんこさんのゾロ誕SSが大好きな鬼畜台詞の新作で、
もう激萌えしちゃってダメでした・・・!!
ダメ、貰ってく!飾る!みたいな!

ゾロがふつーの男の子で、アホなサンジにアホな要求されて
物凄く困ってフランキーに相談する、という・・・
可愛いすぎだ、ゾロォォ・・・!!

素敵な作品をDLFにしてくださって、ありがとうございました!