鎮魂歌   −3−      〜side nekorika〜


『・・・・後悔すんなよ』



そんな強気な台詞を吐いておきながら、ゾロは決して無理をしようとはしなかった。



ゆっくり

ゆっくり



逆にどこか、戸惑うように。





そして、「大丈夫か」と。

降ってきたのは普段からは想像もつかない優しい言葉と。

ふわりと頬に触れられた。

まるで壊れ物を扱うような、慎重すぎるほどの暖かい手。





「・・・・何度も聞くな、そう簡単にぶっ壊れるかよ。

それとも・・・・無理だって言ったら・・・止められんのか?」

「悪ぃが・・・・・・それこそ無理だ、止められねぇ。

けど・・・・痛ぇ思いもさせたくねぇ」



どことなく少し辛そうなその表情は、この前ひたすら痛みに耐えるしかなかった俺の姿を

思い出してでもいるのだろう。

だから・・・・あえて何でもないようなフリを。



いつものように。

少し挑戦的に。

あくまで対等な立場であることを示すように。





「痛ぇ思いか・・・・それこそ”今””生きてる”証拠じゃあねぇの?

で、あん時と今とは状況が全然違う・・・・そうだろ?

それとも・・・・・テメェの気持ちは同じままか?

あん時みてぇに・・・・一方的にヤるつもりなのか?」



はっとした顔で、ゆっくりと頭を振ったゾロを満足げに見つめた後。

だから平気だと・・・・虚勢を張るように笑ってみせた。





確かに。

痛くないと言えば、嘘になる。

だが、俺の中にはそれ以上のものがあった。

でないと・・・・こんな行為を受け入れられる筈もない。







「”生きている証拠”か・・・・確かにその通りだな」

そこにあったのは今までのような何処か不安げな顔ではなく。

にやりと口端をあげて笑う、いつもの・・・・悪顔。





どくりと。

中の奴が脈打ち、大きくなった。



「テメ・・・何また、でっかく・・・・」



まるで・・・・僅かな隙間さえ許さないというように。

重量を増した奴のものが、限界だと思っていた俺の中を更に押し広げる感覚に思わず顔

をしかめた。

「辛ぇか?

でもな、煽ったテメェが悪ぃ・・・・もう、動くぞ?」

そして始まった、緩やかな抽迭。





侵入してくる。

俺の奥の奥まで。







「・・・・・あ、煽ってなんか・・・・・・」

ねぇ・・・・・・



そんなささやかな抵抗の言葉は、合わされた唇に吸い込まれ。

軽く歯列をなぞり隙間から入り込んできた舌が、どうしていいか判らず縮こまっていた俺の

ものを吸い上げ、絡み取り・・・・貪る。

そんな行為に、なすすべもなく翻弄されていたはずが。

気がつくと我を忘れ・・・・溺れていた。



絡み合い。

縺れ合う。



口端から流れ出る、もうどちらのものとも判らない唾液を拭うことも忘れて。







響く淫らな水音



互いの肉の感覚



優しく激しい律動



伝染する熱い熱



止まらない嬌声





その全てが・・・・・快楽と言う名の螺旋に俺を誘い込む。











「!・・・ぁ・・・あぁ・・・っ!!」

そんな声を思わず上げたのは、ある一点に触れられた時。

一瞬その動きを止めた後、奴のものはわざとそこを攻めるような動きに変わった。

「・・・や・・・なに・・・や・・・そ・・こ・・・あ・・・ぁ・・・・」

思わず漏れる、抑えきれない嬌声。

全身を駆け抜けるのは、それまでの痛みが一瞬で摩り替わるほどの・・・・快感。





そんな突然襲ってきた強すぎる快楽の逃し方が判らず、シーツを掴みながら唇を噛み締

めた俺に気がつき、

「噛むな」

と、再び降って来た熱を歓呼で迎える。



深く



深く





上からも、

下からも。



ゾロが俺の中を侵食していく度に、このまま一つに溶け合うんじゃないかという気さえして

くる。





それは最高の恍惚感。









「・・・くっ、後ろだけでもイけそうだな。

テメェのココ、俺のに吸い付いて離そうとはしねぇ。

・・・・・最高だ」

「・・・や・・・ィ・・・・イ・・・・・く・・・ぞろ・・・ぞ・・・」





一緒に・・・・・





「あぁ・・・一緒に・・・・・」

「・・あ・・・あぁ・・・・ぁぁぁ・・・・・・・」

過ぎる快楽に、どこか脅えて。

思わず両手を伸ばし、その背中をかき抱いた。







あの時

本当はこうしたかった

一方的に抱かれるのではなく

ちゃんと抱き合いたかった



何の隔てるものもなく

互いの生だけを実感して



口付けを交わし

肌を触れ合い

思いをぶつけ合う



互いの体を使って行う、自慰行為のような交わりでなく

まるで幸せな恋人同士のように





ちゃんとこの目を開けて

ゾロの瞳を

見たかった



その瞳に確かに俺が映っているのを

ただ・・・・見たかった











「あ・・・あぁ・・・・・も・・っ・・・・・」

目の前がちかちかして意識が朦朧となり、限界が近いことを知る。

感じるのはただ、互いの存在のみ。





そして、一際強く奥を突き上げられた瞬間。

身震いするほどの快感に押し上げられ、絶頂への階段を駆け上がった。

自分の中に迸る、熱いものを感じながら。











「・・・・い・・・・おい・・・・大丈夫か?」

「あ?・・・・お・・れ・・・・・?」

目に飛び込んできたのは、心配そうに見つめる瞳。

「突然反応がなくなるから・・・・・・・あんま驚かせるな」

明らかにほっとした声と状況から判断するに、どうやらイッた瞬間に意識を失ったらしい。

そして自由にならない体をゆっくりと起こそうとして、まだ内に存在する違和感に気がつい

た。



「・・・え・・・あ、・・・・・・・まだ・・・・・」





中に

ゾロが





「あぁ、まだだ。

こうでもしねぇと、テメェ逃げるかもしれねぇからな。

で、答えろ。

くいなへの『手向け』なんて言いながら、こんなことにまで付き合う義理はねぇはずだ。

それなのに・・・・女好きのラブコックが何で・・・・・・?」

「・・・・言いたくねぇ」

「ふざけんな、”惚れてる”って言ったろう。

こちとら全部、手の内見せてんだ」





欲しくて、欲しくて

得る前から失うことを怖れるほど・・・・焦がれて

それでも決して手に入ることはねぇと自分に言い聞かせて

ずっと想いを押し殺していた

それが一度でも・・・・・触れちまったら

この行為はただの同情や戯事だったって言われても



なかったことになんかできねぇ・・・・





それはなんの飾りもない、心からの言葉。









「前からずっとそうじゃあねぇかと思っていたけど・・・・テメェやっぱ、馬鹿だろう?」

きっと今の自分は耳まで赤くなってるだろうなと思いつつ、思った言葉を口にする。

「この期に及んでまだそんな台詞かよ。

言うに事欠いて”馬鹿”とはな。

言ったろう?

俺を馬鹿だと言っていいのは俺だけだ」

返ってきた想像通りの台詞がこんなにも・・・・・嬉しい。

「はん、この船には素敵なレディが二人も乗っていて。

それ以外にも世の中にゃゴマンと魅惑的なレディが溢れてんのに、それでも・・・かよ。

ほんと・・・・マジに・・・」



・・・・馬鹿だ。



そんな台詞の代わりにその首に両手を回し、引き寄せ。

自分から唇を重ねた。

合わせたところから何かが伝わるように。











「あ・・・・・・んん・・・・・ぞ・・・・・・・・ぞ・・ろ・・・・っ・・・・・」

口付けを合図に再び始まった律動。

今度は微かな痛みさえ感じられず、深くなっていく快感だけに支配され。

もう駆け上がっていくのか、堕ちていくのかさえ判らない。







「・・・ここはこんなに正直なのに・・・・」

ふと・・・・耳に入った声。

「ぇ・・・・な・・・に・・・・?」

「”なか”はこんなに俺を欲しがっているみてぇだってことだ。

言葉なんかより、よっぽど正直なもんだぜ」



おら、こんな風に・・・・



「あぁーーーーーーーー!」

意識的にさっき見つけた場所を擦られ、思わず一際高い声が上がる。

「や・・・・い・・ぃ・・・・そ・・・こ・・・・ぞろ・・・・ぞ・・・ろ・・・・あぁーーーーー」

理性なんかとっくに快感に飲み込まれ。

より深いものを得ようと、知らぬ間に抽迭に合わせて浅ましく腰を振っていた。

ゾロの全てを貪欲に貪るように。





あと、少し。

あと、少しで。



そう思った瞬間、急に動きが止まった。









「・・・ぁ・・?や・・・・なん・・・で・・・・」

中途半端な状態で投げだされた体は、すぐそこにまで来ていた開放の時を待ちきれず。

まるでその先を急かす様に、無意識にゾロの楔を締め付けた。

それでも一度動きを止めたゾロは、そんな反応を何処か楽しんでいる様子でゆっくりと言葉

を紡ぐ。



「イキてぇか?

なら・・・・質問に答えろ」

「え・・・・ぁ・・・・・な・・・・に・・・・?」



「『・・・・何で、俺に・・・・・抱かれた?』」



言わねぇと・・・・このままだ。



今にも弾けそうな俺の欲の根元を握ったまま、明らかな意図を持って抽迭が再開された。

だが欲望の出口を塞がれているせいで、行き場のない熱は俺の全身を蝕み。

それは快楽を通り越し、苦しいとさえ感じる。





「・・・や・・・はな・・・・せ・・・・・・・・・・も・・・っ・・・・」

「なら言えるな・・・・」



”・・・・・サンジ”

と。



自分の名が囁かれたのを耳にした時・・・・僅かに残っていたプライドが陥落した。





全部・・・・暴かれていく。

心の奥底にしまいこみ、気付かない振りをしていた想いさえ。







「・・・あの・・・と・・き・・・・・

てめ・・・が・・・月・・・に・・・むかっ・・・・て・・・・・・」





白い刀を掲げているのを見た瞬間。

バラティエで初めて会った時に目の当たりにした壮絶な戦いと、死にかけてもなお天に掲

げた誓いを思い出した。

それはルフィに対する言葉というより、過去に対する慟哭のようで。



刹那・・・・心の中がどす黒い感情に包まれた。

いつまでもその心を捉えたままの過去に本気で・・・・嫉妬したんだと思う。





だから取り戻したくなったんだ。

そんな過去から。

今、ここに。

・・・・・俺のところに。





テメェには後ろじゃあなく、前だけを向いていて欲しかった。

そして・・・・俺を・・・・見て欲しかった。



俺を・・・・・・







「・・・大丈夫、一緒だ・・・・」

あやすような柔らかな口付けの後。

そんな言葉を合図に、弾ける寸前で堰止められていた手を外され。

始まった激しすぎる律動に、ただ高みを目指して駆け上がっていく感覚に支配さえる。





「・・・あ・・・・ぁ・・・・ん・・・・も・・・・イ・・・・・く・・・・・・・あーーー・・・」



「もっとだ・・・・・もっと俺だけを感じろ。

俺たちが”今””ここで”生きている証に。

それが、ちゃんとくいなに届くように。

この行為がくいなに対する手向けというなら・・・・・」





テメェのその声は・・・・・・

くいなに対する鎮魂歌そのものだ。





「・・あっ、ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」





ゾロだけを感じながら、白く世界が弾けた瞬間・・・・・

くすくすと

何処かで誰かの笑い声を聞いた気が・・・・・した。















「おはよう」

そんな声と共にドアを開けて入ってきたのは、いつも一番乗りのナミさんだ。

「おっはよぉございまぁ〜〜〜す。

今日も朝一番にナミさんのお美しいお顔を拝見できて幸せだぁ〜〜〜〜v」

そして俺もいつものように朝の挨拶を交わす。

「うーーーーん、おいしそうなお味噌の香り。

今日は和食なの?」

「・・・・あ、うん。

たまにはいいかなと思って・・・・・ご飯と味噌汁も」

「サンジくんの作ってくれるものなら何でも・・・・・って、あれ?珍しい」

匂いにつられた様にキッチンを覗き込んだ彼女の目に、意外な人物の姿が飛び込んだよう

だ。

「・・・あーーーこいつ?

珍しく朝早く起きたみてぇでさ、せっかくだから手伝わせようかなぁ・・・・って。

・・・・な、なぁ」

「・・・・・おぅ」

「ふぅ〜〜〜ん」

訝し気な視線をわざと逸らし、朝食の準備を再開させる俺の横で座り込んだまま卵の殻を

剥いている男。

それはいつも寄ると喧嘩ばかりの俺たちを知っているだけに、如何にも不自然で不可思議

な・・・・光景。

腰に手を当てたまま、黙って見つめているナミさんの・・・・視線が痛い。





だから、

「・・・・朝食、まだ出来ないんでしょ?

それまでちょっと外見てくるわ」

そう言い残し踵を返した後ろ姿に、思わず安堵の溜息を漏らした。

とてもじゃないが、今朝は彼女を直視出来る自信が・・・・ない。

聡明な彼女の視線に・・・・俺たちの間にあった出来事を見透かされそうな気がして。







「・・・・あ・・・・そうだ、サンジくん?」

「・・・は、はいっ!?」

気を抜いた瞬間に、立ち止まったナミさんに声をかけられた。

思わず・・・・びくりと挙動不審な態度になり、声も裏返る。

そんな俺を気にすることもなく、ナミさんの話は続く。

「声・・・・掠れてるけど、風邪でも引いたのかしら?

顔色も悪いし。

何より・・・・・立ってるの辛そうよ?」



体が辛い時には無理・・・・しないのよ?

ねぇ・・・・ゾロもそう思うでしょ?



そして向けられた・・・・・自愛に満ち足りた満面の笑顔。







じゃあねーとナミさんが後ろ手を振りながら出て行くのを、俺は固まって見送ることしか出

来なくて。

「あぶねぇ!」

次の瞬間ぐらりと視界が回り、ゾロに抱きとめられた。

「・・・・ったく、無理すんなって言ってるだろ。

もう大体仕込みは終わったんだろ?

暫く休んどけ」

「・・・・・誰のせいだと思ってる・・・・」

「あーーーーー俺・・・・だな」

「あぁぁぁ、ナミさんの優しいお言葉、そしてあの笑顔ーーーーーーーーー」

まるで天使の微笑み。

いやそれはいつものこと。

いつものことだが。

何故かそれ以上のことを考えるのを頭が・・・・拒絶する。



考えるな。

考えるな。

かんが・・・・・



「あーーーーありゃバレたな」

俺の努力も虚しく、涼しい顔をして爆弾を投下する男が一人。





「うわぁーーーー言うんじゃねぇーーーーー!!

そんなこと俺は認めねぇ!

大体、テメェが手伝うなんて言い出すから・・・・・・」

勢いに任せてそこまで口走り、はっとした。

いつもなら何でもない部類に入る口喧嘩。

だが、そこにあったのは明らかに少し傷ついた・・・・顔。

「・・・・悪かったな。

そんなら・・・・なんで俺を引き止めたんだ・・・・?」





そう・・・・実際、嵐のような行為が終わった後。

ゾロは何とか言いながら、その場を去ろうとした。

多分俺の為に他のクルーの目を気にしたのだろう。

だが、その腕を掴んで引き止めたのは・・・・俺。





ズキリと・・・・心が痛んだ。





「・・・・・だったんだよ」

だから思わず本音が紡ぎ出される。

初めは小さな、小さな声で。



「あぁ?何だって?」



「・・・・・・・・

やだったって言ってるんだよ!!

・・・・テメェがいなくなるのが・・・・!!」







思い出したのは、欲を吐き出すこともなく終わった月下での交わり。

あの時と同じように、それまでの行為に何の意味もないようにゾロの熱が去っていくのが。

まるであの全てが、月が見せた幻と思い込むしかないことが。



「・・・・・やだったんだ」



だから・・・・一緒に朝を迎えたかった。

その腕の中で。

あれは現実の出来事だったと、思いたかった。





笑うなら笑いやがれとそっぽを向いた。

最後まで隠し持っていたカードを切った俺は、多分耳まで真っ赤だ。



「・・・・誰が・・・・誰が笑うかよ・・・・・

テメェを抱いた後・・・・・この腕の中から失うのが怖くて、離せなかったのは俺の方だ」



でも・・・・こんな告白を聞けたなら、それも悪くない。







「ゾロ・・・・・・・」

と、その首に両手を回した。

「俺たち・・・・何を怖がっていたんだろうな。

大丈夫、”今””ここに”いるんだ・・・・・俺たちは」





吐息どころか

もしかしたらこの胸の高鳴りさえ聞こえるかもしれない距離に

その気になればいつでも互いの熱を容易く通わせる場所に







「あぁ・・・・そうだな。

覚えとけよ?

俺は独占欲が強ぇんだ。

手に入れたら・・・・もう二度と離さねぇ」



だから・・・・

離れることも

一人で逝くことも許さねぇ





そこにいるのはもう何処か不安げな顔でなく。

いつもの不敵な笑いを浮かべる・・・・・ロロノア・ゾロ。





「上等だ・・・・・」





そして

どちらともなく、そっと触れた唇から伝わるのは互いの熱と・・・・・生。










 Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:

             この世の罪を取り除く神の子羊よ

 dona eis requiem.

               彼らに安息をお与えください

 Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
        
             この世の罪を取り除く神の子羊よ 

 dona eis requiem.

                彼らに安息をお与えください
        
 Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:

              この世の罪を取り除く神の子羊よ

 dona eis requiem sempiternam.

             彼らに永久の安息をお与えください






                          END


                  2009.12.25脱稿
        
 
             
               
今まで ご訪問頂いた全ての方に愛と感謝を込めて

          
      「fetish」芳賀ひかる&「瑠璃色幻想」nekorika

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