2009ゾロ誕
 「fetish」二周年&「瑠璃色幻想」三周年記念コラボ


訳が判らない出来事だと言えばそれまでのこと。

出会い頭の事故のようなものだと笑えば、それもまた。



・・・・・ゾロと、寝た。



いや。

そんな表現をするには酷く曖昧で。

あまりにも拙い行為だった気がする。








鎮魂歌  〜Side nekorika〜











新しい船の帆を風に孕ませ、遥かなる夢に向かって海を渡る。







W7での戦いを経て、それぞれがより強くなった俺たちはその半面。

大切なものを失うかもしれないという、怯えにも似た感情を抱いた。



喪失・・・・それは俺達全員が何処かに抱え、恐れている罪(かこ)。

忘れられない自らの罪は、心の奥底でひっそりと息を潜め。

時に気まぐれにその触手を伸ばし、緩やかに心を蝕んでいく。

気がつけば静寂のうちに全てを包み込んでいる、夜の帳のように。



あの太陽のようなルフィでさえ、その本質は何処までも深くて暗い罪(かこ)の闇だ。

その闇と相反する光が絶妙なバランスを保ち、俺たちの『ルフィ』を形成している。

光と闇・・・・どちらかが欠けてもその存在はありえない。







・・・・ならば、ゾロは?















そこは緑溢れる無人島。

新鮮な果物はたわわに生り、生き物も数多く生息している・・・・世俗から切り離された、この世の楽園の

ような島。





あぁ、だからなのかと。

ふと何かが落ちてきたように納得した。













「取り合えずログが溜まるまで、ここにいるしかないわね」

それが何日掛かるか判らないけれど・・・・と、ナミさんが溜息。

「いいぞぉーーーここ、なんだか面白そうだし」

既に気分は冒険の船長は、待ちきれないように腕をぐるぐると振り回す。







島に到着したのは日暮れ前。

本来なら夕食の準備に取り掛かっている時間だ。





「で、船でするのかな?

それとも浜辺で?」

夕食は・・・・と、俺は言葉を続ける。

「うーーーん。

平和そうな島だし、浜辺でバーベキューとしゃれ込む?

当然、辺りを調べてからだけど」

「了解、と言う訳で野郎ども!

暗くなる前に探索方々、食材探して来い!!」

「「「「了解!!」」」」

ナミさんの命を受けて、号令を出す。

元気のいい返事と共に散って行った連中は船長以下、こと食い物に関しては行動が素早い。

そのまま踵を返し、船からバーベキューの道具を運び終わった頃には奴等が持って帰って来た食材の

山が出現していた。

取れたての果物、魚介類・・・・中には何の獣か判らない類のものも含まれていて。

食えそうなものとそうでないものをさっさと選別し、宴は始まった。











ぽっかりと空に浮かぶ満月の下、辺りはすっかり夜の帳に抱かれ。

確実に始まるであろう激動の明日に、ほんの少しだけ目を塞ぐようにこの瞬間を愉しむ。

・・・・それでも判っている。

時というものはたださらさらと同じ速さで流れ続け。

この刹那の平穏もその例外ではないことを。







月が自らの一番美しい姿を晒す頃、宴は幕を閉じた。

レディ達は船に引き上げ、酔い潰れた野郎どもは広げたシートの上で雑魚寝状態。

風邪を引くようなやわな連中ではないと判っているのだが、一応船から運んできていた毛布を無造作に

ほおり投げ、満足気に見回した時。

そこにいる筈の男が一人、姿を消していることに気がついた。



「あんのマリモ、もしかして森の中に入り込んだんじゃあねぇだろうな?」



ったく、世話の焼ける・・・・・



いなくなった稀代の迷子のことを思いながらも、とりあえずほろ酔い気分のまま片付けを始めた。

急ぐことはない。

いくら奴でも、この島から歩いて出るということはありえないだろう。

そう口元だけで笑いながら片付けをすませた後、一本だけ煙草を燻らせ。

最後の紫煙が空気に溶けたのを見届け、迷子の捕獲を兼ねて砂浜をぶらりとすることにした。





頬に優しい夜風と、包み込むような明るい月の光に誘われて。















目的の人物は程なく見つかった。

視線に飛び込んできたのは、海を前にした大きな背中と天に浮かぶ満月に掲げた白い刀。





・・・・・聞えるのはただ、波の音。









・・・・和道一文字。

その腰に携える三振りの中でも、奴が一番愛して止まないものだというのは出会ってすぐに判った。

それは常にゾロに寄り添い、未来を切り開いていく。

数多の血で染まろうとも決して穢れる事のない、至高の美しさと気高さを持って。

今目の前で繰り広げられているのはそんな二人の神聖な儀式のようであり、秘められた睦言のようだ。

誰れも立ち入る事が出来ない、二人だけの。





月光を浴び、いつも以上に美しく耀く白刀とそれを手にする男の姿。

そんな光景にしばし魅入られながらも刹那、頭を過ぎった感情は一体何だったのだろうか・・・・・













そのままふらふらと戻った浜辺に寝転がり、静かに目を瞑った。

瞼の奥に広がるのはたった今見た光景。

そしてその全てを照らす・・・・月。











ばさっ。

いつの間にか眠りの世界に落ちていたらしく、何かが掛けられた感覚で少しだけ意識が覚醒した。

それでも襲い来る睡魔には勝てず、その大半は夢路を彷徨ったままだ。

そんな中、近づいてきた・・・・・熱。



「・・・・ぅ・・・・ん?」

大きな手に右腕を捕まれ、そのまま何処かに導かれ。

促されるように何かを握らされた。

それが何か考える間もなくシャツの下から侵入してきた手が、まるで意思を持つように体を這い始める。





「!!」

訳が、判らない。







この異常事態に否応なしに意識が急浮上する。

その間も導かれた手の上に添えられた大きな手が、ある目的を持って律動を促し始めた。





・・・・そして合わせられた唇。



侵入することもなく、貪ることもなく。

ただ何かを確かめるような・・・・そんな表現がぴったりの。

少し震えたような唇から伝わる熱を感じた頃には、もうこれが誰か判っていた。







ゾロ・・・・・









なぜこいつがこんな行動に出たのか判らない。

俺たちは同じ船に乗り合わせた、どちらかというと気の合わない、それでも一応仲間で。

男同士でこんなことをしでかす仲ではなかった筈だ。





全てが混乱したまま。

それでも不思議にその手を刎ねつけることも、目を開けることも出来ない。





多分・・・・怖かったのだ。

その瞳が・・・・俺以外のものを映していることを認めるのが。

本当は・・・・誰をその腕に抱こうとしているのかを知るのが。











気がつくと俺は手の中のものにたどたどしい手つきで、それでも必死に快楽を与えようとしていた。

その上に添えられていた筈の手は、ゆるゆると勃ち上がりかけていた俺の欲望に添えられ、俺が与える

動きに合わせて同じ快楽を送り込もうとしている。

だがそれは互いに愛撫と名づけるのはあまりにも拙い行為で。



ゾロが・・・・少し笑ったような気がした。









やがて何かを確かめるように体を這い回っていた手は、本来受け入れる器官ではない場所を撫でる指に

変わった。

俺も船乗りの端くれ、レディがいない海の上では男同士のそういう行為にはどこをどう使うかぐらいは聞

いた事はあった。

レディとは違って決して濡れることのないそこ。

当たり前だ、男の体は受け入れるように出来ていない。

だが、この行為の目的がそれだとしたら。

そんな自然の摂理を曲げてまでこいつは何を求め、望んでいるのか。







・・・・無理だと思った。

ゆっくりと入ってきた指一本にすら、感じる痛みと異物感。

無言の悲鳴を上げているような俺の中をそれでも慣らすように、探るように。

慎重に動く指がやがて二本になり、三本になった頃には意識も朦朧として。

それでもこいつは時間をかけてそこを慣らし、俺の手から抜け出したものが侵入を開始した。

宥めるような口付けを何度も何度も落としながら。





もう拒んでいるのか、取り込もうとしているのかさえ・・・・判らない。

微かに震えているのは痛みからなのか、それとも・・・・歓呼からなのかさえ。





ゆっくり、ゆっくり。

俺が奴に馴染んでいく。









やっと交わっているという感覚に慣れた頃、俺の中でじっと動きを止めていた楔が動き始めた。

まるで気遣うように開始された、緩やかな律動にも受け入れる側の俺は快楽を見出せず、ただ只管何か

に耐えるように硬く目を瞑っていた。

およそ現実感のないその行為を辛うじて現実だと知らしめるのは、回りに眠る野郎どもの気配と・・・・・

与えられる痛み。

そして流石に集中しきれないのか、時より響く寝ぼけ声に突き上げが緩む瞬間。











そんな風に交わっていた時間は一瞬だったのか、月の傾きが替わるぐらいの間だったのか。

突然俺の中の動きが止まり、その大きな手がゆるりと頬を撫でたかと思うとゆっくりと・・・・出て行った。

言葉の一つさえ交わさず、俺を抱く奴の姿を瞳に映すことなく。

噛み殺していた声が何かに呑まれていったように。

ただ静かに繰り広げられた行為は互いに欲を開放することもなく幕を下ろし、ゾロは服を整えてそのまま

ふらりと何処かへ・・・・消えた。

その気配が完全に失われたのを感じた後、今まで意地のように閉じていた瞼を開け。

当然のようにそこにいない人物に心から安堵し、そのまま痛む体を起こした。





何故・・・・こんな茶番に乗ったのか。

いや、茶番と言うにはあまりにもお粗末な出来事だと自虐的な笑みが零れる。

同じ船に乗る同性のクルーに犯された挙句、欲を吐き出すことも言葉を交わすことすらなく。

触れ合う事すら最小限の・・・・互いの体を使った自慰行為にも及ばないほどの愚かな秘め事。





そして、そんな行為とは裏腹に。

俺たちは互いにどうしていいか判らない、それでも何かを必死に求めている迷子の子供のようだった。



まるで罪を覚えたてのあの頃のように。





・・・・・だから。







あぁ、それならあの背中を抱きしめてやればよかった。







月だけが、そんな俺たちを見つめていた。















結局ログは次の朝には溜まり、沢山の島の幸を乗せて俺たちは何事もなく島を後にした。





何もかも以前のまま。



ゾロは何も言わない。

俺も何も聞かない。



保たれている偽りの日常。

変わらない互いの距離。







しかしその均衡は次の満月の夜、波に攫われる砂の城のようにあっけなく崩れ落ちた。











深夜のキッチンで、明日の仕込みを終えた俺は窓から差し込む月の光をただ眺めていた。



フラッシュバックするあの時の月

吐息







言葉を発することなく終った、不完全な交わり。

いや、それはきっと始まる前から終っていたのだ。





胸ポケットから取り出した煙草に火を灯しふぅと紫煙を吐き出すと、形のない不安定な煙はそのまま空気

に溶けていく。

まるであの時の行為と同じ、初めからなかったもののようだと自嘲気味に笑った後。

さっきから扉の向こうに感じていた気配に声を掛けた。





「・・・・用があるんなら入ってこいよ」



一瞬、息を呑む気配。

それでもゆっくりとドアが開き、差し込む月光を背に立っていたのは今まで思考を占めていた人物。









「こんな深夜に何の用だ?酒か?」

あの夜以来二人きりになるのはこれが初めてで。

何も意識していないとばかりに虚勢を張り、かけた言葉は震えてはいなかっただろか。

そんな俺の心配とは裏腹に、ゾロは返事もせず黙って近づいてきた。

一歩、一歩。

その度に、頭の中で大きくなる警告音。

一瞬・・・・無意識に体がびくりと跳ね、思わず後退った。





どんなに平気な顔をして、何もなかったかのように振舞っても。

結局、体が・・・・心が・・・・覚えている。

あの時感じた恐怖・・・・いや、熱を。







そして近づいてくる・・・・あの夜が。











「俺が・・・・怖いか?」

俺を押し付けた壁に両手をつけ、囲い込むような形のままゾロが尋ねた。

俺の目を覗き込む、その翡翠の眼差しに感じたのは多分恐怖とは違う種類の・・・怖れ。

だから、思わず目を瞑った。





「俺が・・・・怖いか?」

返事をしない俺に、もう一度同じ言葉が降ってきた。

怒っている訳でもなく、ただ静かに。





ゆっくりと首を振った・・・・目は瞑ったままで。





「そうか・・・・でも俺は・・・・・・」



・・・・・テメェのことが怖くて堪らねぇ。







怖い?

ゾロが?

俺を?





・・・・意味が、判らない。









「どういう・・・意味・・・・だ・・・・」

ここでこいつを逃がしたら・・・・この前の夜と同じことの繰り返しだ。

だから・・・・目を開けた。

こいつをちゃんと正面から捕らえる為に。







「・・・・・この前の夜は・・・・・」

暫くの沈黙の後、ゾロがぽつりと口を開いた。

「あいつと・・・・・最後に剣を合わせた時と同じような満月の夜だった・・・・」





あいつ・・・・それは誰のことか聞かなくても判る。

あの白い刀の持ち主。

幼くして亡くなったというゾロの・・・・幼馴染。







「・・・・だからかもしれねぇ。

夢を見たんだ。

あの時の・・・・・くいなが死んだ時の夢を・・・・・」





それは自分の中で絶対だった存在が失われる瞬間の・・・・再現。







「で、目が覚めたら隣にテメェがいて・・・・・」



・・・・・怖くなった。







「・・・・訳わかんねぇ・・・・」

壁に背中を預けたまま、力なくずるずると崩れ落ちた。





そこにいたのが俺だったから・・・・・

あんなことしでかしたのか?



目に入ったのが他の奴等でも・・・・・

迷わず抱いたのか?





そう聞けないのは・・・俺の狡さか。

それとも・・・・別の感情か。







突然崩れ落ちた俺に合わせるように、ゾロは膝を折り正面から俺を見つめた。

「・・・・・くいなと同じように、もしテメェを突然失ったらと思うと・・・・」



・・・・・他の誰でもねぇ、テメェを。





怖くなった。

失うかもしれないという事実と、そんな感情を抱かせたテメェが。





「・・・・だから・・・・」

生きてるという証を無意識に求めた。







そう弱々しく告げる様にいつもの尊大な態度は微塵も感じられず。

あの満月の夜と同じ・・・何かに怯える子供のように見えた。







「・・・・どんな言い訳をしても、アレは許される行為じゃあねぇことは充分に判ってる。

俺は・・・・船を降りる」





それは・・・ここから、俺の前からいなくなるということ。







「黙って聞いてりゃ、勝手なことばかりぬかすんじゃねーよ」



離れていこうとする男の胸倉を、思わず掴んだ。

肝心なところは何も告げず、勝手に自己完結してしまおうとするその態度が・・・許せなくて。



「はっ、お綺麗な御託並べやがって。

テメェはそれで満足かもしれねぇが、俺はどうなる?

抵抗しなかったから、男にほいほいケツを貸すような野郎だと思ったのかよ?」

「・・・・・・」

「あんなことして、はいさよならとケツまくって逃げんのかよ?

俺が怖くてヤリ逃げか、未来の大剣豪様は。

そんなんじゃ、くいなちゃんも浮かばれねぇな」

「じゃあ・・・俺はどうすればいい?」



どうやってテメェに償えば・・・と絞り出すような声。





あぁ、まだ判ってないのか・・・・この男は。

自分がしなくてはならないことが償いなんかではないことを。









「そうだな・・・・・取り合えず悪いことしたら『ごめんなさい』だ。

それくれぇガキでも知ってらぁ。

で、それが言えたら・・・・」





ちゃんと聞いてやるから、テメェの本音を言いやがれ。





「誰でもねぇ。

なんで『それ』が俺だったのか・・・その訳を」







それによっちゃあ・・・・あの時俺がやりたくてやれなかったことをしてやってもいい。



      

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