・・・・それはほんの少しだけ、昔のお話。



ひとには知られていないことなのですが、野菜の国にはそれぞれ王様がいてそれぞれの国を治めています。
キャベツの国にはキャベツの、ジャガイモの国にはジャガイモの。
そして例に漏れずピーマンの国もそれは同じで。


さて。
このピーマンの国には一人の王子がいました。
ところがこの王子、ご幼少の頃よりいわゆる世間一般の王子とは一線を画していて。
ぶっちゃけかなりの変わり者で、そのことで王はいつも頭を悩ませていました。
大きくなっても王子のそれは変わらず、ついには王位ではなく剣の道を究めるとまで言い出し、そのまま15の時に城から遁走。
それからは生来の迷子癖で諸国を彷徨っていたらしく、ようとしてその行方は知れずじまい。
やっと捜索隊がその居場所を探し当てた時にはもう、王子の19歳の誕生日目前でした。

王は王子発見、無事捕獲の報を耳にして胸を撫で下ろしました。
いえ、決して王子の身が心配だったからではありません。
あの王子ならどんな環境でも、それはそれはしぶとく生き抜いていくのが父である王には判っていましたから。
そう、王子を探させた王の目的はただ一つ。
野菜の国の王位継承者に古来より課せられた大切な決まり事、それを執り行うことでした。

それは・・・・





ピーマンの王子様






「たけのこ、にんじんにぴーまんっと♪」
そんな楽しそうな声が遠くから聞えてくる。
聞いてるほうが楽しくなってくるような、そんな声が。


なんだ、あの歌は。
っていうか・・・俺、どうなったんだ?


えと。
確か城で・・・。
そうだ、あいつら・・・・


そこまで王子の意識が何となく覚醒した瞬間・・・・いきなり摘まれ、一瞬にして目が覚めた。


「何しやがんだーーーー」
思わず叫んだその目の前にあった、見たこともないぐらい大きな蒼い瞳。
それが一瞬驚いたように見開かれ、次の瞬間すぅっと細くなった。

何だか・・・空気が、冷たい。
冷たいというより・・・痛い。


「・・・で?テメェは一体何者だ?
なんで俺の大切な食材の中にいるんだ?
見たところ人間のようななりしちゃあいるが・・・・虫か?」
どこをどう聞いても、怒っているような声が静かに響く。
王子はその男の手のひらにすっぽり入ってしまうぐらいの大きさで、当然その男は王子よりもずーっとずーっと大きい。
「・・・・虫じゃねぇ」
そんな時だけプライドが働くのはやはり根は王子だからなのか。
虫と同列に扱われた事に思わずむっとして言い返した。
「・・・それはよかった。
こう見えてもこの素敵なジェントルマンの俺様は虫がちぃーとばかり苦手でな。
それなのに虫なんかの話に耳を傾けなきゃいけねぇかと一瞬思ったぜ。
まぁ多分、その時は最後まで話なんかしねぇで海にぽいだけどな。
虫じゃあねぇなら多少は時間をくれてやる。
ちゃっちゃとテメェが何者か話しやがれ」
男は一気にそうまくし立てると、王子の返事を待った。


「・・・ゾロだ、俺の名前は。
ピーマンの王子、ロロノア・ゾロ」
このサイズの違いを考えると幾ら自分が剣の道を究めて日夜精進しているとはいえ、とりあえず勝ち目はないと、とっさに判断したのは彼にしては珍しく賢明だった。
「あぁ?王子だと?・・・・それもピーマンの?
なんだこれ、鼻の野郎が仕掛けた何かのどっきり人形かよ?
それとも・・・・白昼夢?」
「・・・・テメェ、現実から目ぇ逸らすんじゃねぇ」
俺は現にここにいるだろうが、人形でも夢でもないぞと王子は思わず暴れた。
「判った、判った。
百歩譲ってテメェはピーマンの王子様だと認めてやろう。
でもな、その王子様が晩飯のチンジャオロース用に買った本日のお買い得品、一山178円のピーマンの山に潜んでるっていうのはどういう了見だ?
しかも・・・丸裸」
ったく、レディならどんなサイズでももれなく頂きますかもしれねぇけどよぉ、テメェどう見ても野郎じゃねーかよ。
そのサイズだからまだ許してやるが、大きかったら猥褻物陳列罪で確実にそこに沈めてるぜ?と一瞬顔をしかめ、男は王子を摘んでいた指を下ろした。
慌てて王子が見回すと・・・確かに自分は服を着ていない丸裸で、ピンク色の乳首どころか、その下の愚息まで丸見え状態である。
まぁそれでもそんな細かいことを気にするような彼ではなかったが。


クソッ、テメェなんかが混じっていたという事は・・・ピーマン確実に3個は損したな。
なんか他のに比べて奥の方に妙にイキのいい奴が覗いてて、まるで『買ってくれ』って言ってみてぇだったからつい手が伸びちまったんだよな。
それがまさかこいつの緑頭だったとは・・・・流石の海の一流コックの俺様でも気がつかなかったぜ。
でもこちとら貧乏海賊なんだ、一個のピーマンも無駄にはできねぇ。
よし、明日あの八百屋に乗り込んで話つけてやる・・・・

そんなことをぶつぶつ呟く男を王子はいぶかしげに見上げ、
「・・・3個でいいのか?」
・・・・突然、口を開いた。
「へっ?何が?」
「ピーマン・・・・俺の代わりは3個でいいのかと聞いてるんだ」
これ以上の問答は面倒臭いと言わんばかりに王子はポンと両手を叩いた。
その瞬間、何処からか現れたピーマンが3つ。

「・・・・す、す、すげぇーーーーーーー
そんな事出来んならもっと早く言えよ。
あ、じゃあついでに肉出してくれよ、肉。
ったく、うちの船長ったら信じられねぇぐらいの大飯喰らいでよぉ、台所を預る身としては結構大変なわけよ」
今までの態度が嘘のように、きらきらと期待に耀く瞳が王子を見つめる。
「あーーーーー悪ぃけど・・・・・それ、無理」
流石にそんな期待した瞳に応えることが出来ないのは王子として気が引けるのか、こればかりは仕方がないとがしがしと頭を掻く。
「なっにーーーーーなんで駄目なんだ!?」
「だから、俺はピーマンの王子だって言ったろ?
ピーマン以外のもんは出せねぇ」
大体そんなこと出来るんなら王子は一人で充分じゃねぇかよと付け加えるとこも忘れない。

「ちっ、テメェはピーマン限定かよ。
一瞬でも得したと思って損した。
まぁ所詮お買い得商品178円だからな、そんなもんか。
・・・・・ってことは何かぁ?
他の食べ物にもそれぞれテメェみてぇな王子がいるってことかよ。
くそっ、そんなことなら肉の王子でも拾えばよかったぜ。
で?そんな不思議ワールドの住人がなんで人間様の世界に出没したんだ?」
恐らくはコックらしいその男はあくまで現実的だ。
「そ・・・それは・・・」
今のきらきらオーラはなんだったんだと言わんばかりに、一瞬で元に戻った男の態度に少し不機嫌になりながら王子は口ごもる。
「・・・いいんだぜ、言いたくないなら。
その代わりテメェには気が付かなかったことにして、予定通りに晩飯の材料にしてやるだけだ。
大きな鍋で炒めてやるからな、逃げられねぇぞ?」
まぁうちの船長だったら腹も壊さず喰うだろうとにやり。
「・・・言う」
今までの様子から判断すると・・・・この男ならやりかねない。
王子は生まれて初めて命の危険を感じた。
「おーー、素直ないい子だ」




それは思い出すだけでも向かっ腹が立つんだが・・・・と一つ前置きをした後、王子は記憶を辿り始めた。








生来の迷子癖のお蔭で城を出て以来行方不明だった王子の行方を捜索隊はやっと探し当て、城へ連れ帰ることに成功した。
だが、王子は一度城を飛び出た身。
城に連れ帰ることは当然難航するかと思われたが、あっけないほど素直に王子は了承した。
それは王に頼まれた二人の魔女の策力、つまりは王子を見つけた時に必ず王からの伝言として伝えるようにと言われていた誘い文句にまんまと二つ返事で乗ってきたからだ。
流石に剣の道を目指すと城を飛び出しただけあって、王子の剣士としての腕前は相当なもので、王の家来たちなど恐らく何百人まとめてかかっても勝てるはずもない。
なので、力ずくでは彼を連れ戻すことは到底不可能。

そんな王子を落としたのはたったの一言だった。
『王様が最近とても珍しい刀を手に入れられて、王子に是非渡したいと・・・』


初めて王が王子の事を相談した時、魔女たちは言った。
「王子って超有名な刀馬鹿よねぇ。
しかも単純ですぐ騙されるらしいじゃあないの。
だからこんなこと今時こどもでも騙されないんだけど、あいつならころっといくわよ、絶対」

仮にも自分の息子であり、この国の王子に対してあんまりの言い様だと王は思ったがそこは口に出さないでおいた。
魔女の恐ろしさは国中に轟いていたし、確かにその言葉に間違いはなかったからである。
そして魔女の言葉の通り、王子はまんまとその言葉に乗って城に戻ってきた。
・・・ほんと単純な男ねぇと魔女たちが嘲笑っているのにも気が付かずに。




「・・・で?刀ってのは何処だ?」
とても王子らしからぬ風体と口調でずかずかと彼が広間に踏み込んできた時、そこには王と二人の魔女、そして数人の家来がいた。
王子の性格を嫌というほど知り尽くしている王は慌てず、
「その話は後だ、まず私の話を聞くがいい」
と、こほんと咳払いを一つ。

「王子よ、お前ももうすぐ19歳になる。
お前は知らないかもしれないが、野菜の国の王位継承者は19歳になると伴侶を決めなければいけないという古来からの慣わしだ。
だからお前も・・・・」
「何の話かと思ったらくだらねぇ。
大体、伴侶ってのはなんだ?」
この王子にそんな間接的な言い方は通じない事を王はうっかり失念していた。
「まぁ判りやすく言うと結婚しろということだ」
今度は王子にもわかるように、ストレートに。
「・・・・誰と?」
「誰と・・・って・・・・
お前に誰かいいと思うものがおればそのものでもかまわんし、もしいなければ私が国中の娘から選びに選んで・・・・・・」
「そんな奴はいねぇ・・・・それになんで知らねぇ女と結婚なんかしなきゃいけねぇんだ?」
確かに言われてみれば正論である。
しかしここで王自らがそれを正論と認める訳にもいかない。


「ぐだぐだと煩い王子よね」
見かねた魔女が口を挟んだ。
「うるせぇ、テメェがその女か?」
「これ、我が国の至宝と謳われるオレンジの魔女さまとパープルの魔女さまに失礼だぞ」
魔女の力を充分すぎるほど知っている王が慌てて注意する。
「古来からの決まりって言ってるじゃないの。
あんたも一応王子ならちゃんと従いなさいよ。
大体、なんで私があんたみたいな極つぶし間違いなしの馬鹿と結婚なんかしなきゃいけないの?」
国中の御宝もらえるんなら少しは考えてみてやってもいいけど・・・・そんな物騒なことをオレンジの魔女は極上の笑みを浮かべて言い放った。
「まぁまぁ、そんなこと言いにここに来たんじゃないでしょう?」
そんなことされてもどうせあなた、結婚なんかする気はないでしょう?と。
傍らで微笑むのはパープルの魔女と呼ばれるもう一人の魔女。
「とにかく!
これは古来からの決定事項、私の代で覆すわけにもいかん。
王子がなんと言おうと早急に伴侶を見つけてもらう」
「・・・断る。
くだらねぇことで修行の邪魔すんじゃねぇ。
さては刀の話も大嘘だな」

・・・大当たり。


「仕方がないわね、そこまで言うなら。
あんたにはなんの義理も怨みもないけど、代金前金で頂いちゃったからv」
あんたが暴れだす前に何とかするわと二人の魔女は顔を見合わせ、なにやら呪文を唱え始めた。
その瞬間、王子の体が緑の炎に包まれたかと思うと・・・・・
そこに王子の姿はなく、あったのは緑の・・・・・ピーマンが一つ。


『てめっ、一体何のつもりだ!!』
ピーマンになった王子は叫ぶが、当然声が出せるわけもなく。
「これでいい?王様」
王の方を振り向き、にっこりとオレンジの魔女が笑った。
「おぉ、魔女殿感謝する」
『このクソ親父もこの状況で感謝とはどういうこった!?』
「いいこと?よく聞くのよ、そこの馬鹿王子。
あんたはねぇ、その名の通りピーマンになったの。
元の姿になる方法知りたくない?」
『勿体つけずに教えろ!
って言うか、そっこー戻しやがれ!!』
「何叫んでも聞えないわよ〜?
元に戻りたかったらよく聞いておくことね。
その魔法は3段階方式なの。
まず・・・・・・・・・」





そこまで話して王子は深い溜息をついた。
「くそっ、魔女のやつ・・・・どうなってんだ、これは・・・・」
「何がだ?俺様は忙しいんだ、とっとと続き話しやがれ」
じゃねぇとこのまま鍋に入るか?
包丁を突きつけられて、仕方がなしに王子は話を続ける。



「・・・まずひとつ。
ピーマンから今の姿に戻るには、王子と縁(えにし)を結ぶものに巡り合わなければならない」






「ちょっと待て・・・・縁ってのはなんだ?」
そこまで黙って王子の話を聞いていた男が急に口を挟んだ。
聞きなれない言葉に頭は?マークで。
「知りてぇか?知りてぇなら・・・・ちょっと耳を貸せ」
くいくいと右手で手招きをすると、それに釣られて男は顔を近づけた。
「で、目閉じろ」
「へいへい。
ったく、レディの内緒話みてぇだな」
どうせなら王女さまと・・・・・そう言い掛けた男の唇に何かが触れた。


「いいぞ、目ぇ開けろ」
「あぁ〜?俺まだ何にも聞いて・・・・・・ってなんだ、お前は!!」


テーブルの上に胡坐をかいて座っていたのは。
さっきまでの小さいサイズではなく、外見だけは同じなちゃんとした大きさの人間で。

・・・・・しかも全裸。


「縁ってのはまぁ判りやすく言うと、結婚のことだ。
そして魔女の魔法を解く第二段階は今済ませた」
「テメェ・・・今何しやがった?」
「判んねぇか?
昔から魔女にかけられた魔法を解く方法は決まってんだろ?」
定番だぜ、定番と。
王子はにやりと口端を上げて意味深な笑いを浮かべ、あっけに取られている男の後頭部に手を回してそのまま引き寄せた。

『うきゃーーーーー◎×△☆・・・・・・』
え?え?え?
男の頭はパニックである。

・・・キ・・・キ・・・・キス・・・されて・・・・る?

目の前には王子の顔が迫り、唇には間違えなく同じものが押し付けられている感覚が・・・
そして半開きだった唇の間からなにやらぬるりとしたものが・・・・

何?何?何?


そのまま。
パニックがいつの間にやら快感に上書きされ。
「勃った・・・・やっぱテメェなら悪くねぇ」
と、やっと唇を離した大きな王子が極悪人の顔で・・・笑った。


だが、しかし。
その顔を見て我に返った男は一言。
「テメェが何者であろうと所詮はピーマン。
食材の癖に生意気言うんじゃねぇ。
料理ってのはコックに任せときゃいいんだ」
食材は美味しく料理される為にあるんだと。
まさに売り言葉に買い言葉。
男の持つ生来の負けず嫌いに火がついたのか、今までされるがままだったのが嘘のようなキスを今度は男が仕掛けた。



・・・・・果たして、それから。
料理されて、美味しく頂かれたのはどちら?




「・・・最後のひとつはね、その相手と縁を結ばないとまたピーマンに逆戻り」
つまりはそんな相手に巡りあったら、あんたみたいな奴は逃げられる前に四の五の言わずとっとと既成事実作ってしまいなさい。
魔女は高らかにそう笑った。
それがピーマンになる前の王子の最後の記憶だった。









そして、今。
ピーマンの王子さまことロロノア・ゾロはあの男と同じ船に乗っています。



まるでこどものような無邪気で、それでいて圧倒的な存在感をもつその船の船長は、王子の緑の頭が気に入ったとあっさりと仲間に入ることを認め。
胡瓜の王子と名乗っても信じそうなくらいの長い鼻を持つ男と船医だというトナカイは、珍しがりながらも新しい仲間を喜んでくれ。
二人の女は何処かで見たことがあるような気がして、何となく王子は苦手に感じるのですが。


そうそう、肝心のあの男は。
喧嘩も多いけれど、王子にいつも美味しいものを食べさせてくれて。
そしてまぁ、こっそり口では言えない事もいたすこともあります。
食ってると言えばそうだし、食われているといえばそれも正解。
どうせ縁を結んでいることに変わりはないと、王子は細かいことには拘ってはいませんが。


だから王子はピーマンの国に帰るより、彼とここにいることを選んだのでした。





今や晴れた日に甲板でのんびり光合成をするのは王子の大のお気に入りです。
ここは海といい、空といい・・・蒼くて。
だから光合成をしながらそんな蒼に囲まれていると、何だか蒼に抱かれている気がして嬉しくなります。

誰もいない時にこっそり王子を抱きしめてくれる男の瞳が綺麗な蒼い色をしているからです。




でも、時々。
王子はあの懐かしい緑の国を思い出すことがあります。
そんな時はいつの日かあの蒼い瞳に一面の緑を見せてやりたいと思い、空を見上げるのです。




・・・・・それはほんの少しだけ、昔の話でした。


拙宅で行った絵茶で、
スーパーのピーマン売り場で妄想した絵を書き散らしたところ、
nekorikaさんが素敵なSSを書いて下さいましたv

つうか、あの絵からよくまあこんな妄想を・・・(失礼)
絵も一応のっけておくか・・・。
こんなアホな落書き絵でした・・・。



ねこさん、ありがとー!!