うろうろと。
足元も見ずにただ前だけを見据えて。
ゾロはひたすら歩いていた。
方向音痴だと、近しい人間から散々言われているが。ゾロは全く自分の方向感覚の無さを自覚していない。
道なんて必ずどこかに通じているものだし諦めずに進んでさえいれば辿り着く。
時間は掛かかろうとも。
そんな多少、周りの人間には傍迷惑な信念でもって今日も歩いていたのだが。
それがどこかはゾロ自身にも分かっちゃいない。
ふと。
目の端に見慣れた物を捉え、ゾロは足を留めた。
…が。見慣れた物だったはずなのに。
どこかに違和感を感じて。
もう一度きちんと見ようと、そちらへと頭を廻らせる。
視界全てにそれを捉えた時。
ゾロの表情が変わる。
目印の雲が消えても。何だかおかしな所を歩いていても一切変わらなかったのに。
普段から仏頂面が普通で、驚いても顔には出ることなんて余り無い。
しかし、視界に広がったその光景は。
ゾロの顔色を変えさせるには充分なものだった。
Shateiel
ちらりと目の端を掠めたそれは確かに見慣れたはずのもの。
けれども、ゾロを驚かせたそれを、もう少し近くで、もう少し良く見ようと。目の前を遮っていた草を掻き分け歩を進めた。
「よォ、迷子」
五歩も進まないうちに、向こうから声が掛かる。
そこで、ゾロは足を止めざるを得なかった。
いつもの声と何ら変わる事のない、暢気な、飄々とした、声。
「迷子じゃねェ…」
「や、船下りて俺は右手の森、てめェ左手の森の担当だったじゃねェか」
「真っ直ぐ歩いてた」
確かにサンジの言うとおり。この無人島に辿り着いて食料を調達するべくバラバラに上陸した。
全く逆方向の森に分け入ったのは、確かだったけれども。
ゾロにしてみれば、普通に歩いていたらここにたどり着いたのだ。多分小さな島なのだろう、位にしか思えない。
「真っ直ぐッつってもな…。ま、いいや、てめェに言っても無駄だ」
いつもと変わらない遣り取りだけど。
揶揄と諦観を含んだその声は、随分と上の方向から降って来るように聞こえた。
「…何、してんだ」
「見てわかんねェ?」
森の中だと言うのにそこだけ丸く伐採でもされたかのようにぽかんと空いた空間。
その真ん中辺りにその声の主はいた。
ゾロより遥か頭上。
足首を纏めて蔓のような物で戒められ。
逆さ吊りの状態で。
「捕まってんだよ」
確かにそうとしか言えない状況だろう。
けれども、一向に緊迫感のないサンジの物言いに、ゾロはぽかんとしたまま動かなかった。
ゾロの目の端を掠めた、見慣れた物。それはサンジの金髪の色だった。
逆さの状態だと言うのに前髪は、上手に左目を隠したままだ。
何かで固めているのか、と、思うがそうじゃないことも知っている。
戦闘中であろうが、日常生活の中であろうが。
その金色が風にそよぎ、本体の動きに合わせてひよひよ揺れるのを知っている。
これも見慣れた白いシャツは。
ボタンが下からいくつか飛んでいてだらんと重力に従って下がっている。
そう言えばネクタイは最初からしていなかったと思う。
熱帯のような気候だったから上着を着て行かなかった事も知っている。
…何故なら。いつだって見ていたから。
人には言えない想いを腹に抱えて。
「…えらく呆けた顔してんな。珍しー」
「呆れてるだけだ。でっかい鳥でもいんのかと思ったらてめェだった」
垂れ下がったシャツが。羽根に見えて。
最初からサンジだとは認識していて、その背中に羽根が見えたなんて。死んでも言わないが。
「おー。俺の背中に羽根かよ」
アホな事ばかり言ってはいてもサンジは実は結構鋭い。…時もある。
今もまた、ちょっと痛い所をつかれてゾロは黙り込む。
「そっかー、無神論者のてめェにさえも俺のカッコよさは天使並みに見えんだなー」
「アホか」
「俺様なら何の天使がいいかなー。ガギエル、ソフィエル、ラジエル、オファニエル…どれがいいかなー?」
「………知るか」
“あ、ちなみに。魚、野菜、神秘、月、の天使な”などと暢気に付け加えている。
ゾロはなんだか歩いていた時には感じなかった疲れを感じた。
それでも、一瞬だけ“月”がいいとか思ってしまったのは内緒だ。
「ボタン落ちてねェかなー」
「あ?」
「あ、でも、そこから踏み込むなよ?探してくれるのはいいけど」
「…探さねェっつーんだ」
一瞬、地面を見てしまったのも、内緒だ。
サンジの口からは軽口ばかり飛び出してきて。今の状況を忘れてしまいそうだ。
結構、危機的な状況なんじゃないのだろうか。
サンジの武器である足は一纏めだし。
かと言って、ゾロに助けられるのは業腹だろうし。
立ち去った方がいいのか、踏み込むなと言われたけれど無視して踏み込んだ方がいいのか。
決めかねてその場で腕組みしたゾロに、ニヤッと笑ったサンジが話しかけた。
「で、天使からの提案」
「あ?」
天使から。などと言うふざけた言葉に普通に反応してしまった自分を呪うが、幸いサンジはそこには触れなかった。
「船にある内で、一番強くてお値段そこそこ味は極上」
「?」
「そんな普通ならてめェには飲まさねェ酒、やるからさー」
「は?」
「…あれ、斬ってくんねェ?」
あれ、と指された方向、サンジの背後に目を遣れば。
色の悪い、分厚い唇のような大きな花弁と蠢く蔓を具えた植物があった。
どうやらそいつがサンジを捕まえているらしい。
「お前ェならそこから動かずに斬れるだろ。…俺、結構、毒回ってんだよなー」
毒、と聞いてぎょっとする。よく見れば足を戒めている蔓には棘が沢山ついている。
全く、回ってそうでは無いように聞こえるが。実際、指先が少し震えているのが見えた。
「…なるほどな」
この広場全体がその草のテリトリーなのだろう。確かにゾロの斬撃ならそれは可能だ。
けれども。
「…酒だけじゃ足りねェ」
「肴もつけるぞ?そんでいいだろ」
「メニュー決めさせろ」
「…は?」
今まで、食事に対して一切、好みも言わず文句も言わなかったゾロからそんな言葉が出るとは思わなかったのか。
一瞬虚を疲れたような表情になった。
でも、ゾロにしてみれば。
こんなチャンスはもう無いかもしれないから。
みすみす見逃すほどゾロは愚か者ではない。
ちき、と鞘から刀を抜き放ちながら。
上方から見下ろす蒼い瞳を見据え。にやりと笑って。
「名前はどうでもいいが…金髪ぐる眉の天使を生で」
蒼い目が見開くのを見てから二本目を抜いて。
「食わせろ」
返事は待たないつもりだった。
けれども刀を振り抜き、斬撃を放つまでの一瞬の間に。するりとサンジの声が入り込んだ。
「俺が天使なら、名前はシャティエル。沈黙の天使、だ」
どこがだ、喋り捲るくせに。と、思った時には、振り抜いていた腕は止まらず。
轟音と奇妙な断末魔の声が響き渡っていた。
上空から。
白いシャツに風をはらませて広げ。何故か落下速度は酷くゆっくりに感じられて。
蒼い目や、前髪が風にそよぐのや、落下している途中に呟かれる声までもが鮮明にゾロには捉えることが出来た。
「…肝心な事はてめェが言うまで俺は黙ってるぜ?」
なるほどな、と納得しながらも。その物言いに苦笑が浮かぶのは止められない。
浮かぶ苦笑はそのままに。
およそ天使らしからぬ。
性質の悪そうな笑みを浮べた、自称“天使”を自分の腕に抱き止めた。
【 END 】
Dag en nacht 流音様の5万打企画作品
流れるような文章が本当に素敵です♪
天使だよ?天使!金髪の!(何か崩壊中)
しかもナマで食べちゃってイイみたい!
芳賀は断然マヨネーズ派です!(ドコに塗るんだYO!)
素敵な作品をDLFにして下さって、ありがとうございました!