Tomorrow is another day.




いつもの時間に目が覚める。
サンジの体内時計は正確だ。どんなに疲れきっていても朝はきっちりすっきり目覚める。

ただ。
目覚めがすっきりだからと言ってすぐ動きだせるかと言われればそうではない。
それはサンジの体質とかそんなものとは無関係な理由からだが。
サンジの体をがっちりぎっちり拘束しているものがあるのだ。
…抱き枕にされている、と言うか。

確かここは展望台だったはず。硬すぎるほど硬い床がその証明だ。
なのに。不寝番だったはずの男はいっそ、清々しい位の見張り放棄で。
やや乱れたままの毛布の上、半裸で胸に走る大傷を晒しながら、太平楽に寝こけている。
がっつり太いゾロの腕に抱きこまれて、足まで絡んだ状態から抜け出すのは一苦労だ。
無意識なくせに離そうとしても離れない。
体から滲み出てるのは汗じゃなくて接着剤なんじゃないかと思ってしまう。

「朝っぱらからいらねェ体力使わせんじゃねェ…」

どうにかこうにか抜け出してぜいぜい息を吐きながら悪態なんかも付いてみるのだが。
そんなのは。
何の言葉も約束も。交わした訳じゃない自分相手に。
顔に似合わず甘やかな行動をとるゾロと、それに慣らされて安心して身を任せている自分に対する気恥ずかしさからくる照れ隠しだという事も充分自覚している。

「何つぅか…毎度毎度…」

とりあえず、一日の始まりにはかかせない煙草に火をつけて煙を吸い込みながら、呟いてみる。
『変わり映えしないな』と。

無意識に何かを探すようにぴくぴく動く腕の筋肉。
何か不満なのかだんだん眉が顰められて寝顔なのに凶悪化していく。
恐ろしげなご面相と筋肉の動きなんて、むさ苦しい事この上ない組み合わせだ。朝早くから見たい絵面じゃない。
出来れば御免被りたいのに。

毎度毎度変わらぬ、そのウザったい光景に。
和んでみたりちょっと優越感も感じてしまう自分もいる事もまた事実だ。
そんなことは絶対に気取らせないけれど。

普段ならちょっとうんざりしつつもどこか安心もして眺めている、見慣れた光景を。
今日に限って変わり映えしないなどと思ってしまうのは。
今日が、この男が生を受けた日だからか。
こんな日くらいは、とか、思うが本人は全く気にも留めていないだろうし気付いているのかどうかすら怪しい。


激動の旅路の中にあって変わらない事はいい事かもしれない。
サンジだってこの関係をそれ以上にしたいなんて思ってるわけじゃない。
どちらかと言えば変革を望んでいないのはサンジの方だ。
今のままでいい。何の約束もしがらみもない、このままが。


それに、変わり映えはしないが変わっていない訳でもない。
ゾロの盛り上がった筋肉は出会った頃よりは格段に増えている。
それには何分の一かでもサンジの食事は貢献しているだろう。
ゾロに限った話ではない。クルー全員に言える事だ。

けれども、サンジ自身まで食わせているのはこの男だけだ。
変わっていってもらわないと困る。

(俺まで食っといて進歩なしじゃなァ…)

窓から見える明け方の空は。
星は姿を消して、もうじき日が昇る。
雲は見当たらないから一日中天気は良さそうだ。
それなら、今日はもうずっと宴会だろう。
本人は気付いていなくともお祭り好きなこの船のクルー達が忘れているはずはない。

それなら、この後ゆっくり吸う暇なんていつ取れるか分からないから、と。
自分にちょっと言い訳しながら。もう一本新しい煙草に火をつけた。

「また今年…」

“も一年”と、言いかけて煙と一緒に飲み込んだ。
これから次の誕生日まで、なんて先の事は分からない。
このままで行けるとこまでは面倒は見てやるつもりだが。
その時がいつかなんて、考えても分からない事は考えない。だから口にも出さない。

その代り。

「喜べ、今日は死ぬほど好物尽くしだ」

普通の音量で話したって起きないだろうけれど。
さっき飲み込んだ煙を細く吐き出すのと同時に小さく呟いて。
軽く羽織っただけだったシャツをきちんと着直して、身なりを整え。

去り際に触れるか触れないかの口づけを、まだ皺の寄った眉間は避けて額に落とし。

「おめでとさん」

囁き声よりもっと微かな声音で投げかけて。
言ってしまってから苦笑を漏らす。
いつもと違う行動を取ってしまっているのは自分ではないか。自分が決めたスタンスを自分で壊してどうするのか。
一番最初に祝いの言葉を述べてしまうなんて。
聞こえてはいないだろうけれどそれはいけない。


自分への戒めと。
今から始まるいつも以上にフル回転するであろう自らの戦場へと赴くべく。
ネクタイをきゅっと締め直し、気合いを入れて。
もう、振り返りはせずにその場を後にした。








「アホが…」

ごろんと寝返りを打ち仰向けにで落とされた溜め息混じりの言葉。
腕を組み天井を睨みつけたその眉間にはますます深く刻み込まれた皺が。
それに加えて額にはくっきりと青筋まで浮かんでいる。
寝起きからとんでもない凶悪人面だ。

いつだって。
来るかもしれない終わりを恐れているらしいあのひねくれ者は。
先を見れず、かと言って今をも大事にしない。

聞こえていないと思っている時ですら飲み込まれてしまった言葉。
それが何とももどかしくて。
抜け出すのに苦労するほど固まった腕は。それ以上こっちへと引き寄せてしまわないように戒められていた為だ。
ひっ捕まえて最後まで言わせてやろうと、動きそうだった腕を何とか抑えていたからだ。
それはゾロにはまだ、許されていないから。

「簡単に終わらせる気なんか更々ねェぞ…」

伝えようとした言葉は上手く封じられ、態度で示そうともそれは正面から受け取られることはない。
今までは大目に見てやってはいたが。いい加減そろそろ覚悟を決めたらどうなのか。
…共に在ろうとする覚悟を。生き抜く覚悟を。

羽根が撫でるように微かに。最後に落とされた言葉。
さっきまで何の事だか分らなかったが、どうやら自分は今日が生まれ落ちた日だったらしい。ならば。
それを楯に。そろそろ追い詰めてやってもいいんじゃなかろうか。
欲しいものを欲しいと言っても構わない日だろう。誕生日というのは。
そんな日に縋るとか口実にするとか言う自分もどうかとは思うのだが。
放っておいたらいつまでも逃げてそうなあの男を捕まえておくには手段を選んでいる場合じゃない。使えるものは全て駆使する。


そうだ、それがいい。そうしよう。
と、勝手に一人で決めて納得して。

これで、頭を悩ませる事は何もなくなった、とばかりに。
どうせもうじきまた起こしにやってくるだろうサンジを。有無を言わせず捕まえようと決めて。
すっきり爽やかに二度寝の態勢に入った。

明日にはきっと違った目覚めが待っている事を確信して。





【END】



2008年ゾロ誕のSSv
流音さんご本人は「ラブ度低い」とおっしゃってますが
かなーりラヴ? と芳賀は思います(笑)

お互いを思いやりつつすれ違ってる二人は、
まさに原作のイメージそのままで、自然で素敵です。

素敵な作品をDLFにしてくださって、ありがとうございました!