funny fellow"s"







「溜まってんだ、ケツ貸せよ」

とかなんとか。そんな言葉だったと思う。多少の違いはあってもそんなもんだった。
それを聞いたコックと来たら。
あひるとかひよことかみたいに口を尖がらせて。まるきりひよこみたいな黄色い頭をぴよぴよ傾げて。思ってた以上に蒼い目を零れそうな位見開いて。

真っ先に絶対に凄い殺意の籠った蹴りが一発といわず何発か飛んでくるだろうと覚悟して刀に手を添えてたんだが。
そんな反応は俺の想像の中のコックはしなかったから。
何だか気合を入れて待っていたその手は行き場を失くした気がする。

「んー?」
「何だ」

どうしようもない女好き。俺の事は顔付きあわせりゃ喧嘩になるくらいに嫌ってるはずなのに。
ウソップとかと話してる時みたいな面して。
小首は傾げたまま。

「てめェ…ホモだったのか」
「違う」
「そんで何で俺な訳?」
「…ちょうど今、ここに居たからだ」

苦しい言い訳なのは承知の上だが。
それを聞いたヤツにはどうも納得できる答えだったらしい。
ふぅん、とか。気の抜けたような声で傾げてた首を真っ直ぐに戻して、うん、と一回頷いた。

それは肯定の印なのかと思って手を伸ばそうとした俺を遮るようにまだ、質問は続く。

「貸せって…返してくれんの?」

そう来たか。つか、意味分かってんのか?掘らせろっつってんだが。
返せる自信がないので、黙っておく事にする。

「て、言うか。それって俺は何すりゃ良いわけ?」
「…なにもしなくていいんだが」

何かしてくれる気なのか?…慣れてんのか?
ぶわっと湧いた殺意にも殺気にも、この暢気な受け答えしかしないコックは気付かない。

「あ、そう。俺、男なんか経験ねェからよ?どうすりゃいいんだかちっと悩んだぜ」
「…」

大丈夫なのか?こいつの頭の中身は。見かけと同じで軽そうだ。
どう考えても頭がおかしいとしか考えられない。俺の言ってる言葉は通じてるのか心配にすらなってくる。

…なんで、こんなアホに俺は惚れてんだか。
自分が一瞬可哀想になる。

「ま、じゃあ任せていいんだな?」
「は?」
「何だよ、てめェが貸せっつったんだろうが。貸さなくていいのかよ?」

またしても予想外の返事だ。どうやら、すんなり貸してくれる気らしい。
もう一度、何でこんなアホに…。と、思って溜め息は吐いたが。
アホの考えなんか理解できなくて当然だ。貸してくれるってんだから借りとけと。どこかで囁く誰かの声に従って。

「いや、借りる。…任せろ」

なんて、遣り取りがあったのが一月ほど前だ。





+++++





「なーなー」

それからほぼ毎夜のように借りて。
今夜もまたその行為を行い。終わった後に煙草をふかしながらコックが猫みたいな声で呼んだ。
これは珍しい事だった。いつもなら黙って煙草を吸い終えて、すっと、これもまた猫のように音も立てず出て行くのだが。

「何だ」
「俺さァ、今、誕生日なんだよな」

今って何だ。普通は今日とか言うんじゃないのか。
まァ、コイツのアホは今に始まった事じゃないのでいちいちそんな所には突っ込んでいられないが。
内容には思い当たる事がある。そう言えば夕食時にナミがそんな事を言っていてそれに乗ったルフィが大騒ぎしていた。
日付はとうに変わっているから、あながち間違いでもないのかもしれない。

明日、いや、もう今日か。どうせ盛大な宴会になるのだろうがそれに必要な料理を作るのは主役のはずのコイツだ。
それこそ、さっさと寝たほうがいいんじゃないのかと思うが。
珍しく話しかけて来たコイツにそんな事も言えず。

「…だから何だ」
「や、何かくれ」

今この状況でそんな事を言われても。目に見える範囲にやれる物など一つもありはしない。

「あぁ、金の掛かるもんじゃなくていい」
「そりゃ、有り難ェが…」
「つか、くれっつぅより返せ?色つけて」
「はぁ?」

“んー?”と首を傾げて言葉を選んでいるコックはいつぞやの夜を思い出させる。
…あの、コレが始まった夜を。

「いや、だから。貸せっつったじゃねェかだから、返せ」
「それは止めるっつぅことか?」

いつか来るかもとは思っていたが。案外早かったか。いや、一月もったのなら遅かったのか。

「色つけて返せって」
「んだ、そりゃ」
「アホぅ、新品を使い古しにしといてそのまま返したって意味ねェだろうが。燃料でも満タン返しが基本だろうよ?」

アホはお前ェだと。言ってやりてェ。どうやって満タン返しなんかするって言うんだ。
意味が分からん。

「いい加減正直なとこ聞かせて貰おうと思ってよ?」

“それでいいぜ、利子分”などと、ますます意味の分からない、どこぞの魔女みたいな言い分を口にする。

「わかんねェか?」

とんでもなく悪い事を考えてそうな笑いを口元に浮べたコックが俺の顔を覗きこむ。



…そして、爆弾を落とした。

「ホモでもねェてめェが俺で勃つ理由を聞かせろっつってんだよ」

…すぐには答えられない。
そんな俺を楽しそうに眺めながらコックは次から次へと俺にとっては衝撃的な言葉を紡いでいく。

「大体、最初だって俺が脱ぐ前から勃ってたし」
「それは…」
「溜まってたって言いたいんだろうが無理あるだろ。男初めてなら萎えるぞ、普通」

どうしようもないくらいにアホだった筈のコックの口から出る言葉は意外にも筋が通っていて的確だ。
ぐぅの音も出ない。とはこの事かもしれない。何も言い返せない。
だが、まだまだ続くらしい。


「しつこいくらい突っ込む前に弄るし」
──そりゃあ、そうしないとてめェが辛いだろうがよ。

「そんな面倒な工程、毎晩しなくてもいいだろうに」
──面倒だなんて思ったことねェ…。

「自分で抜いてる方が楽だろうし?」
──想像のてめェで抜くのに限界が来たから借りたんだろうがよ!

「しかもちょっと数こなし過ぎじゃねェ?」
──そりゃ、想像以上にエロいてめェが悪ィ。


全てにちゃんと答えはあってもそれは言葉にはならない。
だってそうだろうが?それらの答えは全て言えなかったんだから。
それを最初に言ってたらてめェはどうしてたよ?
それこそ、本気の蹴りが飛んできたか。丁重にお断りか。蔑まれてたか。どれかだろうが?

そんな事を考え、唸り声しか上げられない俺に更に。

「てめェ頭おかしいんじゃねェのか?」
「んだと?」

おかしいのはてめェの方だろうが。訳のわかんねェ事ばかり言いやがって。
からかって楽しいかよ?

「ほれ、さっさとくれよ。誕生日プレゼントー」
「黙れ…」
「にゃにふんらー!」

クルクル良く回るその口を。どうにかして止めたくて。
頬を両手で引っ張ってみれば。面白い事になった。
びよんと伸びた口から出るのは舌足らずな罵声で。
こんな時だと言うのに可愛く聞こえた俺の耳と脳はもう腐りきってるんだろう。

「うるせェ、てめェが困るだけだろうが!んな事言っちまったらよ!」

言外に困らせたくは無いのだと、言ってしまった事に気付いて内心慌てたが。
このアホあひるはそこは分かってなかったらしい。
いや、分かってはいるのかもしれないが、それよりも引っ張られつつ怒鳴られた事の方がお気に召さないらしい。

無理矢理頭を振って掴んでいた指を離させると倍くらいの勢いで言い返してきた。

「ドアホ!困るか困らねェかてめェが決めんな!ちったァその苔頭働かせろっつぅんだ、ボケ!!」

アホにボケと来たもんだ。
絶対俺の額には青筋がくっきり浮いてる事だろう。
いくら惚れてるとは言えそこは流石にムカつく。

「働かせたっつぅんだ!!!」
「働かせてコレかよ!?」
「悪かったなァ!!コレで!!」

あー、もう、何が何だか。
何でこんな低レベルな言い争いをしてるんだか。しかもコックと来たら全裸だ。 全裸で胡坐。どっから見ても頭のおかしい人間だ。

「何で俺が素直に貸してやったか考えろっつぅんだ」
「あぁ?」
「経験もねェのにー」

そりゃ、そうだ。けど、俺は今までそんな事は考えなかった。
大体この男と来たら。脳味噌までも眉毛と一緒で渦巻き模様なんじゃねェのかと思うような思考回路だ。
俺にてめェの行動の意味なんて分かる訳がねェ。そう、思ってたんだが。

よく考えれば。
筋の通った言い分に。少々驚く。
小さいその頭の中身は。思考回路はイカレてるが意外にまともな考えも持ち合わせてたらしい。

「けど。俺からは何にもしてやんねェ。てめェがケリつけろ」

どうしたいのかはっきり言え。それが俺へのプレゼントだと。
余りにも偉そうに。ふんぞり返って。
…全裸で。
何でこんなバカに惚れたのかと、何度も頭を過ぎった疑問はもうこの際無視だ。

だってそうだろう。俺の頭がコイツよりまともなら、ちゃんと働いているなら間違ってないはずだ。
コイツにプレゼントとやらをやったとして、それよりでかいもんを頂くのはこっちな筈だ。
そこんとこ、忘れてんじゃねェのか?

まぁ、大概俺も頭はおかしかったと思う。それは認める。
しかし、ここだけは勝っただろうと。
やっとこさ言い返せるネタを掴んでコックに止めを刺すべく漸く俺の口は動いた。

「…てめェ、マジで頭おかしいんじゃねェのか?…後悔すんじゃねェぞ?」

それに続く言葉を。
発しようと息を吸った瞬間、コックの表情が眼に入り、ほんの刹那呼吸が止まった気がした。

それは。
張り巡らせていた罠に落ちた者を見遣るような性質の悪い。
それでいてどこか妖艶ですらある笑みを、口の端に浮べて。

次の一言を待っているコックが。そこには居た。

またしても、してやられたのかと。
頭の隅では理解できるが吸ってしまった息はもう、吐かずにはいられない。




どこからどこまでが策略なのか。そしてその思考回路は一体どうなってるのか。
どこまでもやられっぱなしなのは気に食わないが仕方ない。
その代わり頂けるもん頂いたら後は覚悟しとけ、俺はしつけェぞ?




そんな事を心中毒づきながら。
コック曰くの“プレゼント”とやらを音に乗せて吐き出した。





【END】











「ちふれ」企画様ご投稿作品です。
サンジの可愛らしさに一目惚れ!
「にゃにふんらー」ですよ、「にゃにふんらー」!!

素敵な作品をDLFにしてくださって、ありがとうございました!