祭囃子に誘われて

  

「何の祭りだって?」
言葉の意味が分からずに、サンジは露店の店主に聞き返した。聞いたことのない単語だった。
「兄ちゃん、イースト出身じゃないんだね。ふんどし祭りだよ 」
ふんどし。
店主の言葉をサンジが繰り返すと、店主はニッと歯を出して気さくな笑顔を浮かべて頷いた。
「そうさ。イースト古来の下着だよ。長い布地で股間を覆うのさ」
「…はぁ…」
言われても想像が出来ずに、くわえた煙草をふかして曖昧に相槌を打つと、店主は想像つかねぇか、と、笑ってサンジが頼んだ品物の入った紙袋を差し出した。袋を受け取りながら苦笑を浮かべて頷けば、チラシを一枚手渡してくれる。片手で袋を持って空いた手でチラシを貰う。チラシには、なるほど、店主が説明した通りに股間を布地で覆っただけの男が仁王立ちした様子が描かれていた。
「これが『ふんどし』?」
「あぁ。その絵じゃ分からねぇが、後ろは細くねじった状態だから尻は丸出しだな。その格好で町を練り歩くのさ。もともと子孫繁栄を願って始まった祭りなんだよ」
なかなか盛り上がるから見に来てみればいい、と言われ、男の尻を見て何が楽しいんだと思いつつ、サンジはおぅとひとつ返事をして露店から離れた。
どうせならレディのTバック祭りとかビキニ祭りとかなら盛り上がったのになぁ…などと下らないことを考えたところでそうなるわけでもない。明日の夕方まではこの島にいるならちょっと見てみてもいいかもしれない…と、サンジは今朝島に着いたときにゾロから言われたことを思い出した。


ログをためるのには二日ほどかかるらしい、と、船を降りる前にナミはクルーに説明した。
「今回は自由行動よ。くれぐれも問題を起こさないように気を付けてよね。明日の夕方には船に集合よ。いい?」
各々返事をして、ナミから軍資金を受け取り下船していく中、サンジは買い出しの準備のためにキッチンへ向かった。
キッチンには、皆外へ出たと言うのに、何故か何をするでもなくぼんやりとゾロが座っていた。
ついさっき朝食をとったばかりだというのに腹でも減ったのだろうか、と考えたものの、ルフィでもあるまいしゾロに限ってそれはないだろうと思い直す。
「よう、マリモマン。どうした、そんなとこにぼんやり座って。今回は船番いらねぇってナミさん言ってただろ。島へ降りねぇのか?」
別に無視をしてもよかったのだが、ゴソゴソと冷蔵庫を漁ったり棚をかき回したりしている横に何をしたいかもよく分からない男が座りっぱなしでは気になって仕方ない。つまるところは気になって仕方なかったわけだが。
「あー…ここにいりゃテメェがくると思ってよ」
「…は?」
自分を待っていたのだと説明したゾロの言葉の真意図りかねてサンジが聞き返すと、ゾロはじっとサンジを見た。そんな風にゾロに見られることなどないので、何となく落ち着かない。何か待たれるような理由があったろうかと思いを巡らせてみても、特に思い当たる節はない。
いつまで経っても次の言葉は聞こえてこなかったので、仕方なくこちらから用件を聞くことにする。
「何でまたおれを待ってた?特に待たれるような理由が思い当たらねぇんだかな、おれには」
買い出し準備を諦めて、ゾロの前の椅子に腰掛けて軽く頬杖をつく。胸ポケットから煙草を取り出し、音をたててマッチを擦ると辺りにふわりと硫黄の匂いが漂った。ゆっくりと肺まで煙を吸い込むと少し動揺がおさまった気がする。
「…何か祭りがあるってナミが言ってただろ。暇なら一緒に見に行こうかと思ってよ」
「…は?」
再び呆けた顔で聞き返したサンジに、ゾロは口元を隠すようにして頬杖をついたままでそれ以上何も言わない。
確かにナミが、島につく前に何か祭りをやっている時期らしい、とは言っていた。それは覚えている。ふーん、と思ったまま、それ程興味がなかったので気にも止めなかったのだけれど。
とは言え、普段ケンカすることはあっても仲良く出掛けるなんてことはない自分たちなのに、ゾロの件の発言はサンジからするとひどく謎めいて聞こえたのだ。
「どういう風の吹き回しだ。テメェは突然訳のわからんことを言い出しやがるな、ゾロ」
ぼんやりとしていたせいですっかり長くなってしまった灰を灰皿へ落とすと、サンジは呆れたような表情を浮かべてゾロを見た。相変わらず頬杖をついたままのゾロの表情をサンジから確認することは出来ず、何を考えているのか皆目検討がつかない。無論、表情が見えたからと言って心中が分かるとも思えなかったけれども。
「嫌なのか」
逆に聞き返されて、サンジははて、と首を小さく傾げた。嫌か、と聞かれれば特段嫌ではない。むしろ、一度も言ったことはないけれど、サンジはゾロのことを気に入っていたりするので、どちらかと言えば誘われたこと自体は嬉しかったりする。無論、そんなこと口がさけても世界が終わろうとも言うつもりはないが。
「…嫌っつうか、何でまたおれを誘う気になったのかが気になるな」
「何で…そりゃ…」
そこまで言ってゾロは口を閉ざした。何だよ、と尋ねても答えは返ってこない。
「…まぁいーや。祭りな。時間が空いてたら付き合ってやるよ」
上手く女の子ナンパ出来なかったらな、と次いだサンジの言葉にゾロが複雑な表情を浮かべたのは、再び冷蔵庫に向かったサンジからは見えなかった。



「こりゃゾロと祭りのコースか…?」
買い出しのあと。
荷物を船に置いて町に戻ったサンジは、町の中心部にあるオープンカフェで頼んだコーヒーを意味もなくスプーンでかき混ぜながら、ガックリと肩を落としてため息をついた。
荷物を置いて身軽になったのでいそいそとナンパを始めたものの、これがものの見事に玉砕ばかりで、いっそ笑う外ない。ピンクな店の客引きにはいくつも当たったが、そこまでしてどうこうしたいわけでもない。
「ここまで上手くいかないのも逆に珍しいぜ…」
何人か声をかければ大体色好い返事が返ってくるのが常だというのに。イベント事の前だからフリーの子が少ないのかも、と思うことで自分のプライドを守ることにして、サンジはくるりと辺りを見回した。
午前中に島について、そこから買い出しやら整理やらして、ナンパして、玉砕して。
時計はまもなく四時を示そうとしている。
辺りは夕方から本格的に始まる祭りにあわせて賑やかになってきていた。
「ゾロを探す…って言っても一筋縄にはいかねぇなぁ…」
本人無自覚の迷子性には、一味の中でもサンジが一番被害を被っている分発見率も高い、とはいえ、この人混みの中で探すのはかなり骨がおれるように思えた。
「…と、言ってるそばから見つかった…ぶっ!?」
人混みの中、特徴的な若草色の頭を見つけて声を掛けようとコーヒーを飲み干さんとした瞬間。
視界に飛び込んできたゾロの格好に、サンジは堪えることなく口に含んだコーヒーを噴き出した。テーブルはコーヒーまみれだし、お気に入りのスーツも目も当てられないような様相になっていたが、そんなことよりも自分の目を疑った。見間違いではなかろうかと目を擦ってみても、手に滴ったコーヒーがしみただけで、やはりそこにいるのはどう見てもゾロで間違いないようだった。
「な…何やってんだ、アイツは…っ!」
やおら立ち上がり、その背を人混みをかき分けて追う。ようよう追いつき、ガッシリその肩を掴むとゾロが驚いたように振り返った。
「…!なんだ、コックか。驚くじゃねぇか」
「驚くじゃねぇか、じゃねぇよ!驚いたのはこっちだ!!何て格好してやがる、テメェは!」
「…あ?」
激しい剣幕で怒鳴られ、ゾロは意味がわからないといった風に小さく首をかしげた。そんな様子に、サンジは自分でもよく分からない苛立ちを覚えて、眉間の皺を深くした。
「あ?じゃねぇ!何でテメェはふんどし一丁なんだ!?ケツ丸出しじゃねぇか!」
そう。
ゾロは、昼間にサンジが露店の店主に見せてもらったチラシのままの出で立ちだったのだ。
彼のトレードマークとも言える腹巻きも三本の刀もない。身に付けているのは唯一、ふんどしだけだ。
「…酒飲みに入った店で、隣に座った親父と意気投合して、一緒に祭りに出ようって言われて。まぁたまにはこういうのも悪くねぇかと思って」
「親父だぁ…?」
ますます気に入らない。イライラがつのる。
「…何そんなに怒ってんだ…」
「 見ず知らずのその辺の親父に言われるままにケツを丸出しにしてるのか、お前。引き締まった尻やら綺麗に筋肉のついた胸やらその胸を控えめに飾る乳首やらを惜しげもなく晒して一体どうされたいんだ、テメェは! 」
「…は?」
「…あ?」
つもり積もった苛立ちを全てぶつけてやろうと、思い付くままに胸の内を吐き出した。
吐き出した途端。
自分の発した言葉に自分でも驚いて、ポカンと口をあけて間の抜けた声を漏らしてしまった。
男が、ましてやゾロが、ケツやら乳首やらを晒していてだから何だと言うのだ。笑い飛ばすことはあっても怒るポイントではあるまい。
だが、確かにサンジは、今その事に苛立ち、腹をたてたのだ。そのことは自分でも分かる。理由は自分でもよく分からなかったが。
「あ?ってテメェが怒鳴り付けてきたんだろうがよ。おれがその何とやらを晒して何かお前に迷惑がかかるのかよ」
そうなのだ。ゾロの言う通りで、ゾロがケツを見せようが何を見せようが、サンジには関係のない話で、特にサンジが困ることなどないはずなのだ。
これが自分の好きな子ならまだしも、だ。
「…あ…」
「…?何をトマトみてぇに真っ赤な顔してやがる」
「…〜…っ!」
そういうことか。そういうことなのか。
無自覚だったその感情に気がつき、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。何てことだ。よりにもよってなぜゾロなのか。
そんなはずはと思ってみても、気づいてしまえばもうその感情は明確で、素肌をこれでもかというほど晒しているゾロはいっそ目の毒だ。
「おい、聞こえてんのか」
「あ、お、う…と、とにかく!そんな格好でいるんじゃねぇ!ほら、これでも 羽織れ!」
コーヒーまみれとは言え、自覚した今、これ以上この光景を目の当たりにするのは苦行以外のなにものでもない。着ていたスーツを焦ってゾロに羽織らせる。
これでよし、とその姿を見て、サンジは思わず雄叫びを上げた。何もよしじゃねぇよ!


サンゾロ褌


「何なんだよ、テメェは!エロ過ぎんだろ!スーツの裾からふんどしって何なんだよ!チラリズムか!?それにしたって倒錯的過ぎだろ!!」
「はぁ!?テメェが勝手に羽織らせたんたろうが!意味が分からねぇ事をこんな公衆の面前で叫ぶんじゃねぇよ!!」
言われてはたと周りを見渡せば、自分達を取り囲むように丸く人だかりが出来て、生暖かい視線で見守られているような状況だ。いいフォローなど思い付くはずもなく、居たたまれない思いで、あ、どうも…と半笑いを浮かべれば、雄々しい筋肉隆々としたふんどしの中年男性に、頑張れよ、兄ちゃん!と励まされ、ますます居たたまれない。完全にゲイの痴話喧嘩と思われただろうことは、火を見るよりも明らかだ。
「ちょ、場所移すぞっ」
半分は自分が蒔いた種だが、恥ずかしさは極みだ。怒ったようにゾロの手を引いて、肩を丸めて小さくなって人混みを抜け出した。



街中を外れて喧騒が遠くなった辺りで、サンジは思わず掴んでいたゾロの手首を慌てて離した。今までだったら気にもしていない些細な事が、自覚した今となってはどうして気にならなかったのか不思議で仕方ない。
「コーヒーくせぇ…」
羽織らせたままになっていたスーツをゾロはすんと匂いを確認している。そんな様にさえ胸元がざわつく。気付いた途端に末期症状とはこれいかに。
「あー…悪かったな。溢しちまったんだよ」
「別にいい」
小さく息を吐きながらそう言えば、首を振ってゾロはスーツの袖口を鼻元に持っていく。何かを確認するように深く息を吸っている。まるで、スーツから溢してしまったコーヒーの匂い以外の何かを拾うかのようにサンジには見えた。
(…拾うって何をだ…そのスーツからはあとはタバコの匂いかおれの匂いぐらいしか…)
そこまで考えたところで、サンジは自分にかなり都合のいい考えが頭をよぎり、まさか、と思いつつも確認しないではいられず、ゾロに尋ねた。
「…なぁ。朝も聞いたけどさ、何で祭り見に行くのにおれを誘ってくれた?」
ゾロが、自分に対して同じような想いを持って誘ってくれたのだとしたら。
両想いだったとしたら。
あまりにもご都合主義かと思う反面、そうだったら
どうしようと胸がざわつく。
女尊男卑をこれでもかというくらいに貫いてきたくせに、全く調子のいい話だと自分でも少し呆れてしまうが。
「…それ聞いてどうすんだ」
俯いて小さくそう言ったゾロに、サンジはこれは9割方間違いない!と心中ガッツポーズをした。今日一日のノーヒットはこのためだったとしか思えない。
そう、このふんどしはおれのために!!
「テメェのふんどし姿でおれは気がついた!好きだ!そのケツをおれのものにしてぇ!」

「…変態か…っ!」

「…え?」
魔獣の如き形相で睨み付けられ、あれ?外した?とサンジが思う間があったかどうか。
次の瞬間、サンジは華麗な右ストレートをゾロからモロにくらい、目の前にちらつく星に首を傾げながら昏倒した。

おかしーなー…当たりだと思ったんだけど…




「何が間違ってたんだ…」
自分の呟きで目を醒ましたサンジは、隣で不機嫌そうな顔で自分を見ているゾロを見つけて顔をひきつらせた。こんな時何と言えばいいものか。自分の早とちりで先走って怒らせた、しかも昏倒する勢いで殴り付けてきた相手に。
「イテテ…」
掛ける言葉を見つけられずに口をパクパクさせると、唇の端が切れていることに気がついた。ゾロの怒りを言葉通り痛感してますます居たたまれない。
どうしろというのか。
「…悪かった…」
「へ?」
指先で裂けた唇をソッと押さえていたサンジは、ゾロの口から溢れた思いがけない言葉に呆けた顔で間抜けな声を漏らした。
「テメェが変なこというもんだから、思わず加減もなく殴っちまった。そんなつもりじゃ…」
「いやいや、おれこそ悪かったな。ふんどし姿に興奮してたとはいえ、よく考えりゃあまりにもな発言だったわ。反省。さっきのは忘れてくれ」
苦笑を浮かべてサンジがそう言うと、ゾロはえ…?と表情を曇らせた。
(…ん?何でここでゾロがその顔…?)
首を傾げながら、忘れてもらわねぇでもいいの?と重ねると、ゾロは小さく、よく見ていないと分からないくらいに小さく頷いた。
「え!?じゃあなんでおれ、さっき殴られたわけ!?」
「だからそれは謝ったじゃねぇか!テメェがいきなり変なこというからビビってそうなっちまっただけで…」
居直り強盗よろしくな発言を尻すぼみにゾロが呟く。その顔はほのかに赤い。
「じゃあゾロ、おれのこと、好きってこと!?」
「〜…っ!言わせるなっ!」
ずいっと近寄ると、恥ずかしいのか腕を突っ張ってサンジを遠のけるそんな姿さえ愛くるしい。
たった数時間での心境の変化に自分でも呆れてしまうが、自分の気持ちに正直でいるのを一番のモットーにしているので、あまりにも現金過ぎる気がするのは棚上げしておくことにする。
「何だよ、ケチ。…さて。その格好をなんとかしねぇとな」
これ以上自分以外の誰かを誘惑されたらたまったもんじゃない。スーツを羽織らせても余計に色気を増すだけだ。早く船に戻るか、どこかの宿にでもしけこむか…
「え?今から祭りでるんじゃねぇの?」
羽織っていたスーツを脱いで町の方を指差すゾロに、サンジは噴き出してブンブンと首を振った。
冗談じゃない。これ以上その肌を晒されてたまるか!
「バカ!ひょいひょい脱ぐんじゃねぇよ!テメェもう少しモラルを持て!」
モラルって何だよ、と眉間にシワを寄せて尋ねてくるゾロに小さくため息をつくと、サンジはその手を引いて歩き出した。
町の宿へ向かって。
さて、どうやってそのふんどしを脱がそうか。
それともそのままふんどしプレイもオツだろうか。
無論サンジがそんなことを考えているなど、ゾロには知るよしもない。
大人しく手を引かれながら、わずかに嬉しそうに顔をほころばせている。

さぁ。ゾロの悲鳴が上がるまであと半時。



Fin


いやぁもう、言ってみるモンだよね!

欲しいものは自分の力で手に入れるものさ!
(意味がわからない)


空前の褌ブームだった今年(おれだけだ)
お誕生日のプレゼントには褌作品をぜひに!と騒いでいたら、
まかろんさんがこーんな可愛い褌チラリズムなゾロたんをくださいましたvv

ちょ、スーツの裾から褌ってドンだけですかい!


こんな感じかしらってことで、ラフですがイラストつけさせていただきましたvv
タイトルも直球でつけさせていただいてますvv

まかろんさん、ありがとう!!愛してる!!