迫り来る日を前に










ガチャリ。
ドアが開いた音に、サンジは跳ね起きた。
あまりに勢い良く起き上がったものだから、入って来た人物が驚いた顔で見ている。

「どうした、コック。寝てたのか?」
「あ……、あ、あ。ゾロ。ああ、どうやら、そうみたいだ」
まだ半分意識が覚醒していない様子のサンジは、頭を振って立ち上がった。


昼下がりのキッチン。
昼食の後片付けも済んで、おやつを作るまでの僅かな空き時間。
特に何事も無く、穏やかなこんな日は、うっかりと転寝をしてしまう事がある。
今日も一通りの仕事を終えた後、テーブルでレシピの整理をしている内に寝てしまってたようだ。

(つか、真昼間に転寝なんかするもんじゃねぇな)

現実の意識を引きずっている所為だろうか?
転寝で見る夢は、良くない事が多い。

大きな溜息を吐けば、咽がカラカラに渇いてるのに気がついて。
水道の蛇口を捻って、顔を近づけ直接飲んだ。
腕でグイと拭って顔を上げると、カウンターの向こうから、ゾロが眉間に皺を寄せて見ている。
この時間ゾロも大抵昼寝をしている筈で、こんな時間にキッチンへやって来るなんて少ない。
(ったくよぅ、タイミング悪過ぎなんだよ)
緩々と意識がハッキリする中、内心で毒吐いて、サンジもまた不機嫌な顔を返した。

「なんだよ?」
「それはこっちの台詞だ」
「は?」
「普通じゃねぇだろ、さっきの起き方は。どうしたんだ?」
「別に、何でも無ぇ」
「嫌な夢でも見たのか?」

図星を指されて、思わず黙ってしまった。
違う、とか。
てめぇに関係無ぇだろ、とか。
誤魔化す言葉を選ぼうとして、反って言葉が出なかったのだ。

「どんな夢を見た」
「そんなの聞いてどうする?」
「俺が関係あんだろ?」
「な、な、なんで、てめぇが関係……」

またもや図星を指されて、狼狽える余り言葉を詰まらせてしまう。
そうなのだ。
見ていたのはゾロの夢。
魘されていたのは、普段意識の外に押しやっている不安が原因で。
だがそれは、ゾロが何かしたとかでは無く、ゾロと鷹の目との決戦の日が近付いているだけなのだ。

これまでもゾロは幾度か鷹の目に戦いを挑んで、結果敗れていた。
その度に生死を彷徨うほどの傷を負ったゾロを見て、『もうダメか?』と何度覚悟したか判らない。
だからって、言ってどうなる?
ゾロの野望を邪魔する気持ちなんて、更々無い。
不安を口にすれば、止めていると取られるだろう。
複雑な胸の内を、どう説明すればいいのか?

勝って欲しい、大剣豪になるゾロをこの目で見たい。
サンジとて、心底望んでいる事なのだ。


「関係無いのか?」
言い淀んだサンジを追い詰めるように、言葉を重ねて来るゾロ。
『無い』と言うんだ。簡単な事だ、たった二文字言えば言いだけだ。
なのに、どうしても出てこない。
喉の奥に貼りついたように、一音すら出てこない。
代わりに出てきたのは、一筋の涙。
「なんで泣く?」
ただ苦しいだけ。お前を想う心が痛くって悲鳴を上げているだけだ。
心の中ではいくらでも言えるけれど。
サンジはどれ一つとして言葉にできぬまま、ただ首を振るしか出来なかった。

そんなサンジの様子に、ゾロは眉間の皺をより深く刻み、苛立ちを隠さず言い放った。
「バカか、てめぇは。……ったく、いっつも一人で背負い込みやがって」
呆れ返ったたような物言い。盛大な溜息を吐かれて、思わず顔を上げる。
「言えよ。そんな風に泣いちまうくらい、何か抱えてんだろ? その胸ン中全部ぶちまけちまえ! 言ってスッキリさせちまえ!」
「い……、言ってもどうしようもねぇ事だって、あるだろうが!」
「どうしようもねぇ事だとしても、だ。つか、普段どうでもいい事ばっかペラペラ喋くってるクセに、今更だろうが」
「ああ!? そりゃ、どういう意味だ?」
「汗臭いだの、風呂入れだの、そんな格好で寝るなだの、一々口煩ぇんだよ」
「そっ、それは! ……つか……エチケットつかマナーだろうが、その…あ…ああいう事するから、には。
そ、それに、終わったあと、て、てめぇがマッパで寝ようとすっからだろうが!」
一体何を言い出すんだ、このエロマリモは?
話がとんでも無い方へ流れて行って、赤面せずにはいられない。
だがそのおかげで、重苦しい空気は完全に霧散した。
それはゾロの計算だったのかどうか。
聞いてもきっと答えないだろうから判らないが、無意識だったとしても、サンジの心を解きほぐすには有効だった。


「俺は無頓着だからよ。言われなきゃ判んねぇ事も一杯ある。だが、聞く耳は持ってるつもりだ」
いつの間にか目の前まで来たゾロに、真剣な顔で告げられて。
その射抜くような眼差しは、逸らす事も敵わない。
サンジは観念したように、だけど言い難そうに言葉を紡ぎ始めた。
「……心、配…なだけ、だ。今度こそ、もう生きて会えないかも知れない、そう思うと、不安でしょうが無いんだ」
「それは……」
「判ってんだよ。別に止めようってんじゃねぇ。……だから、言ったろ? 言ったからって、どうしようも無ぇ事だ、って」
ハハハ……と。笑って見せるも、引き攣った笑いにしかならない。
「そうか。でも、聞いて良かった」
「何が良かったんだよ? 重いだろうが、こんな気持ち」
「いや。てめぇの気持ちの分、俺は強くなれる。だから、心配するなとは言わねぇ。てめぇがどんな想いで待ってるか。
それを考えれば『絶対勝って帰らねぇと。無事に帰らねぇと』って思えるからな」
「ゾロ…………」
「それより、コック」
「な、なんだよ」
「てめぇがどんなに心配しようが、辛ぇ思いをしようが、俺は俺の道を行く事を止められ無ぇ。かと言って、俺はてめぇを離してもやれ無ぇ」
悪ぃがよ……と、苦笑いを浮かべ、ゾロはサンジを痛いほどに抱き締めた。


不安を、心配をどれだけしたってキリが無いのは判ってはいる。
鷹の目に勝利したとしても、きっとそこで終わりでは無いだろう。
強くなりたいと、高みを目指すのに果てなど無く、この先も同じ思いを繰り返すのは間違い無い。
そんな自分をありのまま晒してもいいのだと、言ってくれたゾロ。
心配されればされる程、何が何でも帰って来ると言ったゾロ。

だけどサンジの気持ちを置き去りにしても、前へ進む事を止めないと。
それは一見自分勝手とも取れる言葉のようだが、その言葉にサンジは救われたような気がした。



ぎゅうぎゅうと力任せに抱き締めるゾロの、鍛え上げた筋肉質の背中を指で辿りながら、
「……クソが、俺の方が離れてやん無ぇってんだよ」
やっとそれだけ返すと、サンジは溢れそうになる涙を堪えるのに精一杯だった。





END






あくあまりん まりの様宅の10万打お礼SSを頂いてきましたvv

泣くサンジの描写って結構難しくて、女々しくなってしまいがちなんですよね〜(←お前は、だろ
でもまりのさんのサンジは”男泣き”です!

男前で、だけど可愛いサンジvv
そして面倒くさがりだけど本質は鋭く掴んでるゾロvv

この2人って未満なのかと思ってたら、ガッツリやってる仲だったのね〜。
夜は結構激しそうな様子も伝わってきて、覗き見してるみたいでドキドキします。


まりのさん、10万打おめでとうございます!
これからも男前なゾロとサンジをお願いします!
うふふ、別館の方も楽しみにしていますvv

素敵な作品をDLFにしてくださって、ありがとうございました!!