開いて…閉じて。また、開いて。そして、もう一度閉じて。
サンジは瞬きと呼ぶには少々間隔の長いその行為を繰り返した。
いつもと同じ様に。
ゆっくりと眠りの淵から引き上げられて。
いつもと同じ様に。
ゆっくりと起き上がるはずだったのに。
眠りから覚める直前からそう言えば違和感はあったかもしれない。
定かじゃないけれど。
状況が変わってるといいのにな、と。
僅かな望みをかけて、また、唯一動かせる瞼をそっと開いても。
見える景色は変わらない。
サンジを心底驚かせ、瞼以外動かないくらいの衝撃を与えた光景は、まだそこに変わらずあった。
夢の中で、サンジはベッドに横たわっていた。
柄にもなく心配そうな顔をしたゾロが、口元に無理矢理に笑みを張りつけて、
大丈夫だ、もう少しだから、などと顔を覗き込みながらしきりに話し掛けてくる。
何言ってんだ、こいつ?
髪を撫でたりして、何だか、えーと、えーと、そう、甲斐甲斐しい。
ひどい違和感だ。
こういうゾロはちょっと見たことが無い。
そのうちにサンジは腹痛を覚えた、気がした。
腹が痛ぇ、と告げると、ゾロは握っていた(!)手を離して足元へ回る。
腰から下にはバスタオルみたいなモノが掛かっていて、
膝を立てているらしいその向こう側は見えない。
何だ?
不思議に思っていると、やがてゾロの鋭い声が脚の間から聞こえた。
「おい、生まれたぞ!5匹だ!」
それまでの、夢特有のフワフワとしたやりとりとは全く違う、
しっかりとした現実感を伴う声だった。
な、何が生まれただってぇぇ?
「おい、起きろ、コック!」
今度こそ現実に間違いない声が聞こえて、サンジはゆっくりと目を開けた。
視界に入ったその驚きの光景に、声も出ない。
自分を取り囲むように覗き込む、緑色の小さな生き物。
すごく変なモノを見てしまった。
夢だ、夢に違いない。
自分に言い聞かせながら、サンジは目を閉じた。
夢なら早く覚めてくれ、と心の底から念じながら。
「おい、コック!」
ゾロがもう一度呼ぶ。
ガン無視を決め込んだが何度も呼ばれ、しまいには揺さぶられて、
仕方なくもう一度恐る恐る目を開けた。
緑色の生き物は、やっぱり変わらずそこに居る。
しかも、があ、とか、ぴい、とか鳴いている。
あぁ、やっぱり夢の続きだ。
こんなことあるわけねえ。
サンジは再び目を閉じた。
ゾロは舌打ちして、サンジの胸倉を掴んでがくがくと更に揺さぶった。
「おい、腹すかしてるみてえだぞ。食わせんのがてめえの仕事だろが」
グランドラインは不思議海域、何が起きても不思議じゃ無い。
でも、これってあんまりじゃねえの?
サンジは観念したように目を開けた。
サンジが見たもの、それは。
緑色の柔毛に包まれた5羽のアヒルの雛と、
その後ろに親鳥のように立っているゾロの姿だった。
「なんッじゃ、こりゃあ?!」
「見りゃわかんだろ、生まれたんだよ」
があ、と、ぴい、の間みたいな声でがなりたてている緑色のアヒルたちは、
目つきも鋭く眉も吊り上っていて、見れば見るほどゾロに似ていた。
「どどど、何処から?」
「何処からって、何だお前、わかってなかったのか?」
ヤバい、変な汗出てきた。
さっきまで見ていた夢がフラッシュバックする。
あれだけ中出しされてんだ。
女だったらとっくに妊娠してても不思議は無い。
ましてやここはグランドライン。
サンジは背中にじわりと汗が流れるのを感じた。
「卵だ。昨日ルフィが島で拾ってただろうが」
「え?そうだっけ?」
そういえばそうだったような気もする。
ルフィが「デカイ卵見つけた!食おう!」とか言っていたような。
あぁ、何だ良かった。
俺、何か生んじゃったのかと思ったよ。
よく考えてみたらきちんと寝巻きを着ていたし、
この小さい生き物はどうみてもアヒルだ。
自分から生まれるわけが無い。
二人が会話をしている間も5羽は、があ、とか、ぴい、と煩かった。
「で、それ何で緑なんだ?」
「さあ。後でロビンにでも聞いてみるしかねえだろ」
それから数分後、ゾロにそっくりな緑色のアヒルの雛が、クルーの面々に披露された。
「これは海アヒルね」
ロビンが文献としばらく睨めっこをした後で告げた。
「陸地で他の生き物に托卵するみたいね。
生まれて初めて見たものに擬態する習性があるんですって」
「あぁ、それでマリモに似ちゃったわけか」
昨夜見張り番だったゾロが、朝方孵化しているのを見つけ近寄ったところ、
みるみる柔毛の色が緑色に変わったのだそうだ。
一同成程とアヒルとゾロを見比べた。
見世物にでもされている気分で、ゾロはひどく不機嫌だ。
「巣立ちまで1ヵ月くらいだそうだから、面倒を見て上げたら?」
にっこりと微笑みながらロビンが言う。
ゾロは不機嫌そうな眉をより一層しかめて、苦々しげに言った。
「俺がか?」
「こいつにゃ無理無理」
ゾロの横でサンジが手を左右にひらひらと振りながら、
小ばかにしたような口調で言う。
「自分の面倒すら満足に見れねぇじゃん。迷子だしよ」
「迷子は関係ねぇ!」
ゾロはますます不機嫌だ。
「それならコックさんがお世話係として協力して上げたらどうかしら?」
ロビンが楽しげに小首を傾げて言う。
「えええ?何で俺?」
急に矛先が自分に向いたサンジは慌てた。
「ああ、そうねロビン、名案だわ。
確かにゾロ一人で5羽の世話を見るのは大変よ。
二人で手分けして世話したらいいじゃない?
お世話をするお母さん役と、遊んであげてしつけをするお父さん役。
そうよね、ロビン?」
「ええ、ナミの言うとおりよ」
「・・・・・俺、お母さん?」
女役ってことじゃねえよなぁ、とちょっとサンジはイヤな顔になる。
「そうよ。だって食事の世話をしてくれるのはサンジくんでしょ?
サンジくんなら気配りもバッチリだし、向いてると思うの。
どうかしら?」
「ナミさんがそう言うんなら・・・」
流されそうになるサンジを見ながら、小悪魔のような笑顔を見せるナミに
ゾロは食ってかかった。
「おい!俺の意向はどうなるんだ!」
「アンタは決定事項なの。どう見ても『お父さん』でしょ」
ナミがビシリと指を突きつけた。
雛たちは、親と認識してしまったゾロはもちろん、
食べ物の匂いが染み付いているサンジの周りもちょろちょろと動き回り、
他のクルーには見向きもしない。
二人は顔を見合わせる。
結局すったもんだの末に、しぶしぶだが世話係を引き受けることになった。
「おい、揚げ物やってんだからこっちに来させるな!」
「しょうがねえだろ、てめえに懐いてんだよ」
「何言ってんだ、火傷させたら可哀想だろが!
それにそっちのチビ、粗相しちまってるぞ。始末しといてやれ」
「お前がやれよ、世話係だろ」
「俺は手が離せねえんだよ!子供のシモの世話は親としての務めだろ!」
「俺は親じゃねぇ!」
「何だか子育て中の若夫婦の会話みたいね」
「ふふ、そうね。お母さんの口調が少々乱暴だけれど」
ナミとロビンが楽しそうに二人の会話を聞いている。
後ろでウソップが、夫婦だなんて、シャレになってねー、とげっそりしていた。
雛たちのためにフランキーがワインの空き箱で簡単な寝床を作ってやり、
気が向けばルフィが遊び相手になる。
思いがけず始まったかりそめの家族ごっこに、クルー一同が興じていた。
ゾロの周りで一緒に昼寝をする5羽。
洗濯物を干すサンジの周りに纏わりつく雛たち。
二人の間に、決して起こるはずのない未来。
やがてゆるやかに一月が過ぎ、雛達の毛色が白色に変わっていった。
クルー全員が見守る中、アヒルたちは次々に船の縁から海へと飛び込み、
大海原へと旅立ってゆく。
「なんだあ、ロクな挨拶も無しかあ?」
ルフィが食いたかったのに!と悔しがっている。
「ま、そんなモンでしょ、鳥なんだから」
見守る列の一段後ろで煙草をふかしていたサンジは、唐突にゾロの手に口を塞がれ
引き摺られるようにしてキッチンへと引っ張り込まれた。
途中でロビンと目が合ったが、訳知り顔で微笑まれてしまった。
「てっめ、何すんだ!」
「ふざけんじゃねぇぞ、もう我慢出来ねぇ。
どんだけ禁欲生活だ!ヤらせろ!」
「なぁにぃぃ??!」
なんせ今まで、四六時中5匹の雛ががあがあと纏わりついている状況だったのだ。
「って、オイ、まだ真昼間だぞ!
外にゃ皆居るじゃねぇか!」
「大丈夫だ、フランキーには言ってある」
あっちゃー、年長組には何もかもお見通しかよ!
サンジが天を仰いだ瞬間、ゾロが喉もとにかぶりついた。
シャツを引き千切りそうな勢いで剥ぎ取り、きつく肌を吸われる。
性急で乱暴な愛撫はゾロの欲情具合そのままで、サンジは容易く煽られる。
こちらとて溜まっていない訳が無い。
快楽を求めて鼓動が跳ね上がる。
先走りを塗りこめられて、容易く進入を許しながらサンジは思う。
自分たちの関係は不毛で非生産的だ。
あまりにも分かりきったことで、納得ずくでも何でもない、それ以前の問題だ。
自分との関係が続く限り、ゾロが父親になることは無い。
将来、いつかゾロがその手にわが子を抱くことがあるとしたら、
そのとき自分は傍にいないだろう。
見るはずの無い、父親の顔をしたゾロを見ることが出来たのは、新鮮で楽しかった。
クソ煩いアヒルどもだったけれど、それだけは少し感謝したい。
ありえない場所にとんでもないものを埋め込まれ、激しく突き上げられる。
呼吸を荒げさせられながら、今は大海原を悠々と泳いでいる筈の
束の間の子供たちに思いを馳せた。
クソアヒルども、メシだけは、食いっぱぐれるんじゃねぇぞ!
それと、
どうか、元気で。
END.
2008.5.19
Dag en nacht 流音様宅の5万打企画参加作品
タイトルまでの文章が流音さん作のお題で、
参加者が続きを書く、という萌え萌えの企画v
ちなみにゾロVer.とサンジVer.があり、こちらはサンジVer.です
冒頭美しい流音さんの文章と、
タイトル以降のアホ全開の芳賀の文章との落差も
お楽しみいただければ幸いです(自虐的?)