「誰か!お湯を急いで沸かしてきてくれ!」
人型になったチョッパーがサンジを抱きかかえ、医務室へと運びながら叫んだ。
顔面蒼白のナミがキッチンへと走る。
甲板ではまだ戦闘が続いていた。
サンジが倒れたことで双璧の一角を崩され、戦力不足は否めない。
敵の一人ひとりの戦闘能力は大したことはないが、どうにも人数が多すぎる。
あのバカが・・・!!
ゾロは手拭いを額に巻き、完全に本気モードだ。
バカの様子は気になるが、とりあえず目の前の敵が先だ。
鬼徹の一閃で周囲の敵を薙ぎ払い、更に獲物を求めて移動する。
サンジはナミを庇って奇妙な形の矢を受けた。
クリマタクトは技の発動までにわずかながらも溜めが必要なため、
どうしても一瞬隙が出来る。そこを衝かれた。
殆どの矢は蹴り落としたものの、間に合わずいくつかを身体で止めた。
急所は外し、さほど問題のない部位に受けたつもりでいた。
計算外だったのは、矢が特殊だったことだ。
単純な矢ではなかった。
ノコギリのような形状で、どういったメカニズムなのか小刻みな蠕動を繰り返し、
食い込んだ傷口から奥へ奥へと侵入しようとする。
更に、歯には何らかの毒物が塗りこめられており。
麻痺性のモノなのか、受けた瞬間身体が痺れ、サンジは動きが取れなくなった。
「チョッパー!!サンジ君は?!」
ナミが大きなヤカン一杯のお湯を持って医務室に駆け込んできた。
チョッパーが振り返る。表情は険しい。
「ああ、ナミ、ありがとう。」
チョッパーはナミからヤカンを受け取ると、
たらいに入れた医療用具に熱湯をかけた。
「サンジ君は!?」
失血のせいか毒物のせいか、サンジの顔色は悪かった。
紫色の唇を震わせながら、サンジはナミの方をみて微笑む。
「・・・大丈夫だよ。・・・ちっと、ヘマした・・・。」
ゴメン、アタシの所為で、という言葉を必死にナミは飲み込んだ。
言ったところでサンジにムリな笑顔を作らせるだけだ。
何やってんの、くらい言えないとダメだ。
アタシが参ってちゃダメなんだ。
だが、到底ムリな注文だった。
嗚咽を抑えるだけで精一杯だ。
「ナミ、外の様子はどう?」
チョッパーに問われ、ナミはキッチンから見た看板の様子を伝える。
「ゾロが乗り移ってた連中を殆ど倒したみたい。
フランキーとウソップがあっちの船を攻撃してたわ。」
「そうか・・・。」
チョッパーはサンジの方へ向き直り、噛み締めるように言った。
「サンジ、すぐに処置が必要なんだ。
全身麻酔してる余裕は無い。
局部麻酔はかけるけど、キチンと効くのを待ってられない。
痛むかもしれないけど、急ぐんだ。いいか?」
サンジは表情を変えず、「ああ、いいぜ」と答えた。
「ナミ」
「何」
「ゾロかウソップか、誰でも良い、
男連中の誰かを呼んで来てくれないか」
察しの良いナミはすぐに戸口へ向かった。
「ナミさん」
案外とハッキリとしたサンジの声に、立ち止まり振り返る。
「・・・ゾロ、ゾロに頼んでくれ・・・。」
口にした名前は、ナミには意外な気がした。
いつも張り合ってばかりいるバカ二人。
弱みを見せるようなことはしたくないだろうと思ったからだ。
「・・・ウソップじゃ、俺のクソ力には、耐えられねぇよ、
あの筋肉バカなら・・・、平気だろう、から・・・」
そこまで言うとサンジは、流石に辛いのか大きく息を吐いた。
「わかった」
短く言って、ナミは甲板に向かって駆け出した。
ナミに呼ばれて医務室へ入ってきたゾロは、
サンジの憔悴しきった様子を見て少しだけ眉をひそめた。
「悪ィ、ゾロ・・・。」
声にも張りが感じられない。
身体が頑丈なだけが取り柄のような男がここまで弱るとは、
ダメージの大きさがうかがい知れる。
「毒か、」
ゾロの短い問いにチョッパーが頷く。
「何の毒なのかまだ分からない。
とりあえず万能の毒消しを投与したけど、
専用の毒消しじゃないから効果はあまり・・・。」
「そうか」
「今から処置する。
麻酔はするけど痛むと思う。
ゾロはサンジが動かないように抑えて」
静かにゾロは頷いた。
「ね、何かあたしにも手伝えることは・・・?」
ナミが申し出たが、サンジは笑みを浮かべて辞退した。
「・・・俺、さ、多分これから、治療のために、
服、脱がされちゃうと思うんだ・・・。
俺のセクシーボディはさ、見学料、高いよ・・・?
今日は、やめときなよ・・・。
ベッドでなら、いくらでも見せてあげるからサ・・・」
額には脂汗が浮いていた。
分かってる。苦しむ姿を見せたくないのだ。
「バカ!」
ナミは涙をこらえながら医務室を飛び出した。
こんな時まで優しいなんて、バカよ、サンジ君・・・。
「─────やってくれ」
サンジの声を合図に、チョッパーは口にタオルを押し込んだ。
矢傷は3箇所。わき腹と、左腕と、右腿だ。
まずは内臓にダメージが届く前に、わき腹からだ。
傷の周囲に麻酔が注射され、程なくチョッパーが切開を始める。
サンジの背がしなる。
ゾロは覆いかぶさるようにして跳ねる身体を押さえ込んだ。
「コック、我慢すんな」
「・・・・・!?」
なに、と言ったように思う。
実際にはサンジの声は、タオルに阻まれて聞こえない。
「爪立てても構わねぇ。お前の気の済むようにしていい」
「・・・・・!」
「耐えろ」
小刻みに震えるサンジの指が、ゾロの腕に食い込む。
吹き出る汗と、言葉にならない叫び声。
永遠にも思える時間が過ぎ、処置を終える頃、
麻酔が効いたのか、サンジは気を失うように眠りについた。
「一応処置は上手くいったよ。
ただ、サンジ、熱が出てくるかもしれないな。
俺、ちょっと毒物の分析してくるから、
その間だけ見ててもらえる?」
医療器具を片付けながらチョッパーが言った。
「ああ、お疲れさん、
頑張ったな、チョッパー。
ついでに少し休んで来い。
コイツはちゃんと見てるから」
ゾロの声にようやく笑顔を見せたチョッパーは、
「じゃあ、よろしくな」
と言って医務室を出て行った。
ゾロは眠っているサンジの方へ向き直り、その表情を眺めた。
今は苦悶の表情は消え、すやすやと寝息を立てている。
サンジの手は、まだゾロを掴んだままだった。
余程力が入っていたのだろう。
関節が白くなるほどにぎっちりと握りしめ、
そのまま固まってしまったかのようだ。
安らかな表情とはうらはらに、そこだけがサンジの受けた苦痛を表しているようで、
ひどく痛々しかった。
いまだ力んでいるその手を解しながら、ゾロはサンジの髪を撫でた。
この男はバカだ。
おどけている普段のコイツもバカだが、
こうして仲間のために自分の命を危険に晒す様は、
バカとしかいいようがない。
そして、どれだけ死にそうな目にあった後でも、
何もなかったかのように笑うのだ。
どうってことねえよ。
それよりナミさん、ロビンちゃん、デザートはいかが?
そんな姿にどうしようもなく苛立つ。
そして、苛立ちの先にあるのは、強く強く惹かれる想い─────。
ゾロは強張っているサンジの指をひとつひとつ丹念に解した。
手首に触れると、静かに、確かに脈打つ鼓動を感じる。
ゾロの脳裏を掠める、幼馴染の少女の顔。
失われるときは、命なんて案外あっけないものだ。
だが今自分の手の中にあるサンジの温もりは、力強く温かかった。
そんなに俺は簡単に逝かねぇよ、と主張しているかのように。
そうだ。早く目を覚ませ。
俺はテメエに伝えたいことがある。
もうすぐまた俺と同い年になるお前に。
だから─────。
ゆっくりとゾロの瞼が下りてくる。
激しい戦闘の後で、暴れるサンジを押さえ込んでいたのだ。
自分が思っていたよりも体力を使っていたようだ。
悪ィ、チョッパー、見てるって言ったのに・・・。
急速に重くなる瞼の隙間からサンジの寝顔を確かめ、
その安らかさに安心してゾロも目を閉じた。
しばらくして医務室に戻ったチョッパーが見たモノは、
静かに眠っているサンジと、そのサンジの手をしっかりと握り、
すっかり寝入っているゾロの姿だった。
END.
エロ10のお題5
【配布元:Abandon様】
力む身体を解しながら。
こ、これでサン誕なんスか!みたいな
流血SSになっちゃいました。
愛だけは、愛だけはたっぷり込めたんだが・・・!!
CPはお好きなようにお読みいただいて大丈夫かと。
2009.3.2