SPARK






昼飯はバーベキューにするからな、と忙しそうに立ち働くサンジの肩に
ゾロは薄手のパーカーを羽織らせた。

「何だよ」
「着とけ」

サンジは一瞬目を見開いた後、ニヤニヤと笑った。
「あー、そっか、
 俺様のウツクシー裸を見て、マリモ剣士が反応しちゃったら困るかんな」
「バカ言ってろ」

サンジは強がっているが、ノース生まれ特有の色素の薄い肌は、
強い日差しを浴びると焼けるのではなく、ただ赤くなって酷く痛むのだと、
航海の間見ていて気づいた。

普通にそれを指摘してしまうと、マリモに気を使われると気持ち悪ィとかなんとか
10倍くらいの罵倒が返ってくる。
だが内心満更でもないのは、おとなしく着ていることから察せられる。

やがて肉を焼く香ばしい匂いが辺りに漂い始め、
砂浜に出したテーブルセットの上に食器を準備した後、
サンジは海水浴を楽しむクルーたちを呼びに水辺へと歩いていった。

「ナミさーん、ロビンちゃーん、準備できたよー!ついでに野郎ども!飯だ、戻って来い!」
海へ向かって叫ぶその横顔も、薄い水色の目は眇められている。
肌同様に色素の薄い瞳には白い砂の反射もキツイのだ。

サングラスをかければ良いのに、食材の色がわからねえ、と調理の間は頑なに拒む。
その料理人魂には、ゾロもひそかに敬服していた。

豪放磊落、身体の欲求に忠実で、心のままに生を謳歌する男。
だが一方でひどくストイックな一面も持っていたりする。
脆い部分もあれば確固たる信念もある。
捉えどころが無く、その印象は日々揺らぐ。

「おお〜、サンジ!いい匂いがしてきたな」
騒がしく水辺から仲間たちが上がって来て、慌しい昼食が始まる。





午前中に海で泳いでいた姿を思い出しても、普段のサンジにこれと言って色気はない。
着やせする性質なのだろう、服を脱ぐと意外とガッシリした身体をしている。
適度に筋肉がついていて、広い背をしているし厚みもある。
昼間見るとごく普通の健康的な青年なのに、夜見る姿は同じ生き物とは思えない。

夜のサンジはまるで娼婦だ、とゾロは思う。
自ら衣服を緩め、思わせぶりに唇を濡らして誘うように挑発するのだ。

今給仕をしながら見せる笑顔には、そんな雰囲気は微塵も感じられない。
その落差に毎度戸惑い、惹かれ、のめり込んでゆく。





サウザンドサニー号は、海の穏やかさが自慢のリゾート地である、
小さな諸島群のうちのひとつに寄港していた。

島民は海賊に対して偏見を持っては居ないが、海軍のお膝元に近いということもあり、
おおっぴらに一般の宿を取ることは出来なかった。
代わりに案内されたのが、港とは反対側にあるこの小さなコテージで、
眼前には砂浜が拡がっていて、まるでプライベートビーチだと女性陣には大変好評だ。

朝、買出しに出掛けたウソップとサンジが、夕方には花火をしようと
大量に買い込んできていた。
夕闇が迫り、そろそろ始めるか!とルフィの号令で皆準備を始めた。





「発明王ウソップ様特製〜!ハンディロケット花火固定装置〜!!」
「・・・お前コレ、ただの筒じゃねーか。手で持ってんのと変わんねーよ」

「そんなことは無いのだよ、サンジくん、
 これでロケット花火が発射する瞬間の衝撃や炎から君は完全に護られるのだよ」

「・・・ロケット花火を手に持つ意味がそもそも分からないのだけれど」
「しょうがないのよ、ロビン。あいつら馬鹿だから」

「ここにホラ、こうして花火をセットしてだな、」
「おい、ウソップー、火ぃ点けていいかぁー?」
「わ、やめろ、ルフィ、おま、まだセット中・・・」

しゅぱー!
点火した瞬間ロケット花火がウソップの長い鼻を掠めて飛んでいった。

「あっち!」
「うわ、熱ッ、てめえ、ウソップ!これ紙製じゃねえか!
 引火してる、燃えてるって!つか料理人の手に何してくれてんだ、コラァ!」

「わああ!サンジ大丈夫かぁ?!医者ぁ───?!あ、俺か」
「あちち、うーむ、着想は悪くなかったんだけどなー、材質が悪かったな」

「キチンと不燃性のモンを使え!ふざけたことヌかしてるとオロスぞ!」
「あーあ、だから俺に作らせろって言っただろーが。
 もっとスーパーなもん作ってやったのによ」

「・・・だからどうして手に持たなくちゃいけないのかしら」
「無駄だってば、ロビン。あいつら本当に馬鹿だから」

騒がしくロケット花火を打ち上げている面々を見ながら、ゾロは不思議に思った。
サンジが豹変するのは夜だからではないのだ。
クルーと一緒にはしゃいでいるサンジは、全く年齢どおりの青年そのもので、
夜になると男のものを咥え込むようには見えなかった。

やがてロケット花火が終わり、設置型のドラゴン花火の点火が始まった。
至近距離で並べて続けて火を点けたりと、やはり一筋縄ではいかない。

暴発気味の勇壮な火花を眺めながら酒を呷っていると、
サンジがワインのビンを持ってゾロのほうへ歩いてきた。

「あいつらほんとガキだよな、危ねえったらありゃしねえ」
ほんの数秒前まで一緒に騒いでいた自分を棚に上げてサンジが笑った。

「飲んでるか」
「ああ、まあな」

「つまみは足りてるか」
「ああ、もうすぐなくなる」
「じゃあ、後で取ってきてやるよ」

言葉少ななやり取りの後、サンジはドカッとゾロの脇に腰を下ろした。

「きれえだなあ」

花火を見ながら煙草を1本咥え、ポケットを探る。
あ、ライター渡して来ちまった、と舌打ちして煙草をしまう。

サンジはそのままワインをラッパ飲みした。
赤だ。
口に入りきらない分が一筋喉元を伝ってゆく。
舌がひらめいてワインで濡れた唇を舐めた。

なぜかそれが酷く扇情的に見えて、ゾロの鼓動が少しだけ速くなる。

明滅する花火の光はまるでフラッシュのように
サンジの表情を一瞬一瞬切り取ってゆく。

刻々と変化するその表情全てを見逃したくなくて、
ゾロは我を忘れてサンジの横顔に見入っていた。

視線に気づいたのかサンジがふとゾロの方を見た。
サンジの表情が変わる。
挑むように、誘うように。

「なんだよお前、物欲しそうに見てんじゃねえよ」

駄目だ、この表情だ。いつも夜に見るのは─────。

ゾロはサンジの腕を掴み、引き寄せようとした。
あと少しで唇が触れ合うかという距離で、サンジの拳がゾロの胸元にトン、と当たった。

「サカッてんじゃねぇよ、ばーか」

人の悪い笑みを浮かべてからかう様に言う。
「夜はおちおち傍に寄れねえな」

火を見て興奮すんのかねえ、ヤベエヤベエと言いながらサンジは立ち上がった。

「つまみ持ってきてやるよ」

ゾロは夜ヤベエのはどっちがだ、と毒づいた。
人前で我を忘れさせるほどに。
本当に危ないのはどっちだ。





酒が過ぎたのかゾロは夜中に目が覚めた。
辺りを見回すと部屋で寝ている面子の中に金髪の頭がなかった。
目が覚めたから、酔い覚ましだから、ついでだ、ついで。
ゾロは自分に言い訳をしながら部屋を出た。

コテージのドアを開けてすぐのところでサンジが煙草をふかしていた。
「何だ、酔い覚ましか、」
ゾロの気配に気づいて振り返り、やや掠れた声を掛ける。
「ああ」
サンジも寝ていたのだろうか、昼間の格好とは違う、夜着に羽織物を引っ掛けた姿だった。

「丁度いい、ちょっと付き合え」
海のほうへあごをしゃくり、自分はさっさと歩き出す。
「どこへ行く気だ、」
「いいから来いよ」
案外速いサンジの足取りをゾロは早足で追う。

夕方花火をした砂浜につくと、サンジはポケットを探り何かを取り出した。

「ホラ、これ。花火売ってた店の親父がオマケしてくれたんだ。」
ポッケに入れて忘れてたよ、とサンジが笑った。

ぴらぴらの紙の紐のような、小さな花火。
線香花火だ。

「なんか、どっちに火ぃ点けていいかわかんねえんだよ。
 多分こっちだよな?」
「バカ、こっちは持ち手だ。こっちが火薬が入った方だ」

「あ、そっか。・・・なんだかマリモと線香花火っつーのも可笑しいよな」
「お互い様だ」

そう言いながらも花火に火を点ける表情は楽しそうだ。
小さな丸い光の玉が形成され、繊細な火花が生まれる。
ぱちぱちとはぜるそれにサンジの横顔が照らし出された。

夕方とは打って変わって穏やかなその表情に、ゾロは目を奪われた。
いったいどれだけの自分の知らない表情を持っているのか。

「コック」

ゾロは声を掛けるとほぼ同時にサンジに手を伸ばした。
頭を鷲掴み、噛み付くようにキスをする。

「てっめ」

サンジが手にしていた線香花火が砂の上に落ち、じゅ、と音を立てる。
抵抗はほんの少しの間だった。
すぐに舌が応じ、暗闇の中に湿った音が響いた。

唇を離すと、砂浜ではヤんねえよ?と悪戯っぽく笑う声がした。
「砂が入ると痛ぇじゃん」

「ヤらねえよ。連中がすぐ近くに皆居るじゃねえか」
「え、お前、そんなこと気にすんの、」

サンジがわざとらしく驚いた声を出す。
「船みてえな狭いトコでも構わずにヤってんじゃん、
 お前にそんな恥じらいがあるとは知らなかったよ」

「バカ、別に俺自身が見られるのは構わねぇ。
 お前のエロい格好を見られたくねえんだよ」
「なんだそりゃあ」

サンジが呆れたように言った。
「まあ、どっちみち真っ暗で見えねえか。カキっこぐらいなら平気だろ」

もう一度むさぼる様に唇を重ねた。
もどかしげにお互いの腰をまさぐり欲望を確かめて、
引っ張り出したものを2本まとめて摺り合わせた。

暗がりの中で互いの息遣いと濡れた音だけが聞こえて、
表情が見えない不自由さがお互いを興奮させる。

「悪い、コック、やっぱり挿れていいか、」
ゾロは切羽詰った口調で言った。
もう限界だった。中に入りたくて仕方ない。

「・・・いいぜ、来いよ、俺もやっぱ、欲しい、かも、」
サンジの声にも余裕は無く、ねだる様な響きが混じっていた。
「その代わり、ちったぁ気を使え」

上着を敷いた上で身体を繋いだ。
屋外という普段と違う状況がさらに煽るのか、普段以上に激しく交わった。
お互いに、ただひたすらに声を殺して。





果てた後、だるそうにしながらサンジがつぶやいた。
「お前、ホントやべえよ」
「何がだ」
憤然とゾロは考える。
やばいのはお前の方だろう。
あんな淫蕩な表情で他のヤツのことも見るのか。
考えただけで脳みそが沸騰する。

「お前さ、すげえエロい顔で俺を見るだろ、」
「てめえがだろ、」

「お前だよ、あんな顔で見られるとさ、
 その気にさせられちまうんだよ。

 今日はヤんねえつもりだったのに、
 結局最後までやっちまったじゃん。

 夜はおちおち傍に寄れねぇよ」


見上げた夜空は満天の星空だった。

この男の個性は火花のようだとゾロは思う。
強烈なまでに熱く激しくて、迂闊に手を出せば怪我をする。
めまぐるしく形を変え、一方でひどく不安定で儚い。

だがその物騒極まりない生き物は、今はゾロの手の内にある。
たとえ危険でも、しっかりと掴んで離すまいと、心に誓った。

昼の姿も、夜の姿も。

いつか、どちらかが永遠に瞳を閉じるその日まで。










END











2008.4.3

1111 ゾロ番リクエスト

「とある島に上陸して”脱戦闘モード”の穏やかな時間を浜辺で過ごすゾロサン」

ちっとリクを外しているような気配・・・。
あんまり穏やかじゃないような。
しかもちょっと殺伐?

書いてる時期にちょうど被ってたサン誕の影響で、
ゾロ番だというのにサンジ賛辞文みたいです。ゴメンナサイ・・・

リクエスト下さったエマさんの描くサンジは、
凛として賢そうで、ちょっぴり小悪魔っぽいので、
それをイメージして書いてみました。
うちのサンジはほら、アホだから!
こういう風にはなんないよ(泣)

エマ様、素敵なリクエスト、ありがとうございました!





タイトルはTHE YELLOW MONKEYの名曲