諦めかけていた。
この世のどこかにある奇跡の海への憧れを。
恩人の脚と引き換えに命永らえた自分には、
夢を追い続ける資格はないのだと─────。
脚を失い海賊稼業から足を洗った料理長とともに、
彼の二つ目の夢である、この海上レストランを支えることしか頭になかった。
乱暴だけれど気のいいコック仲間たちと賑やかに過ごす毎日の中では、
自分を縛る鎖があることになど気づきもしなかった。
休憩の合間や営業終了後の夜中、煙草をふかしながら海のかなたに目をやるときも
逸る気持ちを抑えていることに気づかないフリをしていた。
「簡単だろ!!野望捨てるぐらい!!」
死をも恐れずに格上の相手に向かっていく男に叫ぶ。
瞬きも許さぬ間に交わされる斬撃と、飛び散る紅い、鮮血。
海賊相手の多い商売柄血飛沫は見慣れていたけれど、
あれほどに紅く、鮮やかに目に飛び込んで来たものはなかった。
世界が一変し、それまでに見ていたものはモノクロームだったと知る。
真綿のように自分を締め上げる見えない鎖。
俺自身が俺に科した十字架。
胸の奥深くにしまいこんでいた、開放への欲求が弾ける。
オーナーとレストランを護るために己も傷つき、戦った。
「死ぬことは恩返しじゃねえだろ!」
麦藁帽子を被った男の声が俺の胸を打つ。
生き永らえること自体が恩返しだ。
代わりに夢を追っていくこともまた─────。
「長いこと、クソお世話になりました!」
自らの夢を諦める要因となったガキに、直伝の蹴り技を教えてくれた親愛なるクソジジイと、
喧嘩し、怒鳴りあいながら居心地の良い場所を与えてくれた仲間たちと、
そして、長い間自分を育んでくれたレストラン自身へ、
大いなる感謝を込めて。
今はただ、連れて行って欲しいと願う。
お前の紅い血の向こうに拓けた世界へと、俺を。
END
2007.12.25
2008.1.26 改題、訂正
ポエム?