11月のはじめのある昼下がり、ウソップとサンジ、ともに口から先に生まれてきたような二人が
キッチンで仲良く馬鹿話をしていた。
一方が新しく開発予定のバカバカしい新兵器の構想をまくし立て、
一方は調理をする手を全く休めずにこれまたバカバカしい相槌を打つ。
何がツボにはいったのか、双方ケタケタと笑ったところで、
仏頂面をした男がキッチンへ入ってきた。
「お、鍛錬終わったのか。飲みモンか?」
気づいた料理人が仕込みの手を止め、冷蔵庫から冷たい飲み物を取り出した。
氷を浮かべ、レモンの切れ端を添えるのも忘れない。
その流れるような所作を眺めながら、プロだな、と狙撃手は感嘆した。
手渡しながら、あ、そうだ、とサンジが聞いた。
「てめぇ、もうすぐ誕生日だろ。何でも好きなもん食わしてやるよ。何がいい?」
問われた相手は一瞬何事かを考えるように動きを止め、
やがてゆっくりと口を開いた。
「くそコック、てめぇが食いてぇ」
─────ねぇ、今晩のおかずは何が食べたぁい?
─────うーん、君だよ、マイハニー!
どこぞの新婚カップルの会話のような幻聴が聞こえ、ウソップはたっぷり10秒間固まった。
なんじゃ、そりゃぁ!?
しかし、普段かなりそりが合わない二人だ。
もしかして言葉どおり、気に食わないこいつを食ってしまえ、ということなのではあるまいか。
ウソップがおそるおそるゾロの様子を伺うと、仏頂面はそのままだが、
若干顔に赤みが差しているのが見て取れた。
がぼ────────ん!!
何てこった!勘違いじゃねぇ!
本当に俺が受け取ったとおりの意味かよ!
俺はいますごい状況に居合わせちまってるよぉ!!
言われた方の反応はどうなのだろうか・・・?
まさか、まんざらでもないなんてことはねえだろうな?
おそるおそる料理人の方を見ると、顔が真っ赤だ。
まさか、なのか・・・?
だが表情を見て驚いた。
般若のような形相で剣士を睨みつけ、ぶるぶると震えている。
「・・・てめぇ、ヒトが親切にも誕生日ぐれぇ好きなもんでも食わしてやろってぇのに・・・」
へ・・・?
「このアホマリモぉッ!俺はうめえもんを作るコックであって、食いもんじゃねぇ!!
とうとう脳みそまで筋肉になりやがったな、このクソ馬鹿野郎がぁぁッ!!」
言葉どおりに受け取っちゃってるよ!
アホだアホだとは思っちゃいたが、ここまでアホだとは・・・。
ウソップの長い鼻先をかすめ、サンジの足技がうなりを上げてゾロに襲い掛かった。
「あにしやがんだ、この野郎!!素直に答えたってぇのになんで怒りやがるんだ!」
「うるせぇ!この人食い魔人!俺を食っちまったら次の日からの食事はどうすんだ!!」
お互い恐ろしい攻撃を繰り出しながら、まったく噛み合わない会話を続ける二人。
─────アホだ。
戦場と化したキッチンに立ち尽くしていたウソップは、ムートンショットを喰らって吹っ飛んだゾロが
キッチンのドアをブチ破ったのを見てようやく我に返った。
翌朝は上々天気、絶好の洗濯日和だった。
料理人と狙撃手は少々調子っぱずれな鼻歌を歌いながら
洗濯にいそしんでいた。
一段落してふと横を見ると、剣士が甲板に腰を下ろして何をするでもなく
なんとなくこちらを見ている。
料理人は立ち上がってツカツカと歩み寄ると、
ちょっとバツが悪そうに話しかけた。
「よう、昨日はついカッとなっちまって悪かったな。
食いもんじゃねえほうがいいのかな、何か欲しいモノはあるかよ?」
近くで聞くとはなしに聞いていた狙撃手はイヤな予感に襲われた。
なんだかこの展開には覚えがある。
「欲しいもんは、てめえだ、アホ眉毛」
─────ねえ、欲しいものはある?
─────欲しいものは、きみだよ。
うぎゃああぁぁぁ!!
またも幻聴が聞こえ、ウソップは心の中で精一杯叫んだ。
恐る恐るサンジを見ると、恐ろしく剣呑な雰囲気をたたえ、臨戦態勢に入っていた。
「・・・どういう意味だ、この阿呆。忙しいコックさんを奴隷にでもしようってのか?
百万年はえぇんだよ!!」
「だから、素直に欲しいモンを答えたじゃねえかよ!なんでキレんだ、ひよこ頭!」
おたおたと見守るウソップの前で当然のように大乱闘に発展し、周囲の物が壊れ始めた。
物音を聞きつけてナミが現れ、二人は熱い拳を脳天に仲良く喰らった。
航海は順調で、どうやら剣士の誕生日は島で迎えられそうだった。
狙撃手と料理人は、甲板に並んで座って茶を飲みながら、
このあたり特産の食材だの、買っておきたい武器の材料だのと
島についてからの買い物の話に花を咲かせていた。
用足しにでも行くのか、横を剣士が通り過ぎる。
もう相手にしなければいいのに、意外と律儀な料理人が声をかける。
どうやらパーティーは島で出来そうだ、と。
「迷子癖のあるマリモ君に、一日くらい付き合ってやってもいいぜ。
どっか行きてえトコとかあるか?」
3度目ともなると、いい加減学習もする。
狙撃手は襲い来る恐怖と必死に戦った。
「てめぇと、天国へ」
ブフ────────ッ!!
狙撃手は口に含んでいた茶を盛大に噴出した。
うわ、きったねぇ、とか言いそうな料理人の声はやはり飛んで来ない。
額に盛大な青スジを立てて、肉食獣のような唸り声を上げている。
「・・・そりゃぁどういう意味だ・・・どうにも俺には勝てそうにねえから、
刺し違えてでもあの世へ送るっつーことか・・・?」
ここまで来ると、言葉どおりというより曲解だ。
「おいおいサンジ、お前いい加減に・・・」
話に割り込もうとするが、
「うるせぇ!こいつとは一度決着をつけなきゃならねえんだ!」
「なんだよ!だから素直に答えてんじゃねぇか!なんで怒りやがんだよ!!」
またもや大乱闘に発展し、ウソップははただあわあわと見守ることしか出来なかった。
足技をうまくかわして懐へもぐりこむことに成功したゾロが放った会心の右ストレートが
左頬を捕らえ、サンジは盛大に仰向けにブッ倒れた。
以来、事あるごとに剣士は愛の告白(と大乱闘)を繰り返していた。
なかなか伝わらないことにイラついてきたのか、
告白内容はだんだん直接的かつ下世話になってきていた。
サンジとつるんでいることが多いウソップは、ほとんど毎回のように
現場を目撃する羽目に陥っていた。
「おい、グル眉!突っ込ませろ!」
「俺はボケ役じゃねえ!どっちかっつーとツッコミだ!」
性懲りもなく繰り返される愛の(というか劣情の)告白をうんざりしながら聞いていると、
航海士がこめかみに手を当てながら近づいてきた。
「何なの、この馬鹿騒ぎは?うるさくておちおち海図も引いてられないわ」
「知るか、あいつらに聞いてくれ。俺ももういい加減勘弁して欲しいんだよ」
「それにしてもあいつ、何だってサンジ君に愛の告白なんかしようと思い立ったのかしら・・・」
「だから、俺に聞くなって。ひとつ年をとるにあたって、思うところでもあるんじゃねえのか?」
「そうねー、千載一遇のチャンスーくらいに考えちゃってるのかしら・・・」
コンカッセが脳天にきれいに決まり、ゾロが甲板に沈んだ。
「おい、バカコック!ケツ貸しやがれ!」
「便所くらいてめぇで行け!っつーか、代わりにクソしてくるわけにいくかってんだ、阿呆ゥ!」
飽きもせず繰り返される愛の(というか煩悩の)告白に、狙撃手と航海士がうんざりしていると、
船長と船医が釣果を持って、転がるように走ってきた。
「お、なんだ、賑やかだなぁ。それにしてもこれ、何の遊びだぁ?」
「どうもゾロはサカリがついちゃってるみたいだな。
でも、相手がサンジじゃオス同士だから、交尾しても非生産的だぞ?」
船医の言葉に脱力しながら、航海士がひとりごちる。
「それにしても、サンジ君のあれはわざとかわしてるわけ?
どうも言葉を捻じ曲げて受け取ってるように見えるんだけど?」
「いや、それがどうもよくわかんねえんだよ」
狙撃手が首をひねる。
「キッチンでぶつぶつ言いながら包丁研いでたりすんだよ。
”俺はまだ食われるわけにはいかねえ”とかいいながらさぁ
喧嘩を売られる、っつー先入観でも持って聞いてるみたいでよ。
でも、なんでそんな先入観持ってんのかわかんねんだよ」
「あー、そりゃあれだ、アホだからだろ」
「・・・・・」
船長の声に、ほぼ他の全員が心の中でつぶやいた。
アホにアホ呼ばわりされてるよ─────。
「でも普段の関係がアレだしねー、」
剣士の左がボディに炸裂し、料理人は前のめりに昏倒した。
「・・・ホント、アホだ、あいつら・・・」
「おい、コラァ!」
「ヤんのか、オラァ!!」
際限なく繰り返される愛の(というかすでに声を掛けた時点で乱闘が始まる)告白に、クルーがうんざりしていると、
考古学者が艶やかな笑顔を浮かべながらゆっくりと歩いてきた。最近仲間に加わった船大工も一緒だ。
「あら、仲いいのね」
「・・・ま、ある意味すげえ仲いいんだけどよ、何なんだ、あいつら?」
うんざり顔のクルーの面々を見渡してフフ、と笑うと、
考古学者は小首を傾げて言った。
「でも、あれじゃ伝わらないわよね」
「・・・え?」
その時コリエシュートを食らった剣士がクルー連中の輪の中へ吹っ飛んできた。
「おとといきやがれ!!」
威勢のいい怒鳴り声が聞こえ、キッチンのドアがバタンと閉まった。
「・・・クソ、思い切り蹴りやがって・・・」
強打した腰をさすりながら立ち上がる。
ロビンがその背に穏やかに話しかけた。
「ねえ、気持ちを伝える前にあんなに挑発してしまっては、
聞ける話も聞けなくなってしまうわよ」
「挑発??・・・ってどういうことだ?」
怪訝そうな剣士の横で、ナミが手を打って叫んだ。
「あっ・・・・・!!」
「あんたさっきから聞いてれば、眉毛だのバカだのアホだの、きちんと名前を呼んでないじゃない!
そんな告白、ないわよ!」
「うるせぇな、いまさらこっぱずかしくて名前なんざ呼べるかよ!」
「「「はぁああ??!」」」
何を言っているのか、このヒトは。
「お前、散々公然と愛の(?)告白なんかしてたじゃねえか!そっちは恥ずかしくないのかよ!?」
今回の一連の騒動の一番の被害者、ウソップが涙目で詰め寄る。
「ああ、そりゃ恥ずかしくねえ。
こいつは俺の獲物だから手ぇ出すなっていう、お前らへのアピールも兼ねてたからな。」
船の上に倦怠感とともに沈黙が降りる。
処置なしだ─────。
「あ、島影だあ」
船長ののんびりした声が風に流れた。
上陸する段になって、ここ数日の騒動の罰として二人は船番を命じられた。
宴会に備えて買出しに出掛けたかったサンジはしばらく食い下がっていたが、
パーティーは明後日、買出しは明日でも大丈夫、と言われてしぶしぶ引き下がった。
これだけ喧嘩していても宴会の準備はするのか。
クルーの面々はサンジのコック魂にちょっと感心した。
「でもよ、俺、なーんも悪くないぜ?突っかかってきてたのはずっとマリモだよ?
なあ、ウソップ?」
「喧嘩両成敗。」
ナミがビシリと言う。そのままゾロの方に向き直り、
「わかってるわよね?これはみんなからアンタへのプレゼントよ?」
ゾロは仏頂面で黙ったままだ。
じゃあな、と言って船長以下クルーは船を下りた。
「おい、サンジ」
サンジのブルーの瞳が見開かれる。
翌日サニー号へと戻った面々は、常とあまり変わらない二人と再会した。
ゾロの告白がきちんとサンジに届いたかは明確にはわからない。
けれどもうあのけったいな告白劇は行われず、
ゾロの晩酌のつまみが一品増えたこと、
夜のキッチンはゾロ以外出入り禁止の日があること、
などから推して知るべし─────。
END
この流れだとZSぽいなぁ。
でもSZだろうYOと芳賀は思うのです。
2007.11.16 一応ゾロ誕