やわらかな夜



欲しいものは自分の力で手に入れると決めている。
野望も、力も、名声も。

だから誕生日だからって、人から何かを貰うことは期待していない。
ただ、ひとつだけの例外を除いては。
力づくでは決して手に入らないもの。
俺は今、あいつにそれをねだる為にキッチンへ向かって歩いている。





明日の仕込みのために、あいつはいつも夜遅くまで仕事をしている。
近づいていくと案の定、窓から明かりが漏れていた。

ドアノブに手を掛け、中に入ると普段とは違う甘い香りが微かにした。
食べ物の匂いとは若干違う。
正体を探して辺りを見回し、照明の具合がいつもと違うことに気がついた。

ろうそくだ。
そこかしこにろうそくが置いてあって、ゆらゆらと揺れる炎が辺りを暖かな色で照らしていた。
甘い香りはそれに含まれる香料か何かだろう。
炎が揺れるたびに控えめな芳香が漂う。

「そろそろ来る頃かと思ってたぜ」

夜遅くまで忙しいコックは、折りよく明日の仕込みを終えたらしい。
手を洗いタオルで水気を切ると、冷蔵庫からなにやらつまみらしいものを取り出す。
スモークサーモンのマリネの入った皿をテーブルに置くと、戸棚から酒を出してきた。

「オラ、今日だけは特別だ。上等な酒だぞ。
 てめえみてぇな大酒飲みにゃちと勿体ねぇが、今日は前夜祭だからな。」

特別にダンディなコックさんのお酌つきだぜぇ?とニヤリと笑う。
それは要らねぇ、と言うと、眉間にビキッと青筋が立つ。
「ンだと、ゴルァァ」

極端に導火線が短い男だ。つくづく見ていて飽きない。
だがフと思い出したように、イヤイヤイヤ、と言いながら金髪をガシガシ掻き回した。

「今日だけはアホマリモの植物的な言動に怒っちゃいけないんだった〜!
 いいから、そこに座れ。俺からの前祝だ。」

進められるまま椅子に座り、酒を煽る。
確かに上等な酒だ。辛口で喉越しがいい。
コックはなんだかんだ言いつつも俺の好みを熟知していて、勝手に準備しているくせに外したことがない。

珍しくコックも近くの席に座る。
照明のせいか、コックがいつもより大人びて見えていた。
ヒヨコの毛みたいな色の金髪も、炎の赤を映して光っている。

空いた器にさりげなく酒が注がれる。
でかくて骨ばった手もオレンジ色の陰翳を帯びていて妙になまめかしく見える。

胸元を寛げて着ているシャツから覗く鎖骨のあたりに纏わりつく光にも、同様に腰に来るものを感じた。
まだ来たばかりでロクに話もしていないというのに、俺はすぐにでもここへ来た理由を言っちまいそうだった。

こんな明かりの違いだけで妙な気分にさせられているのが癪に障った。
なんだってこのひねくれもののコックは、ろうそくなんかを並べ立てているんだろう。


「おい、これは何の真似だ」
「あ?」

「このろうそくだ。船は火気厳禁じゃないのか」
「あー、これはアレだ。ムードを盛り上げようと思ってよ」
「・・・は?」

「おめでとうっつってよ、吹き消すじゃねぇか、バースデーケーキのろうそくの煙をよ。
 お前がいらねえっつうから料理は別のモンにしたんだけど、こればっかは捨てがたくてよ。
 なんつーか、むーでぃーだろ、むーでぃー。ちょっとクラッと来ねぇか?」

・・・来たとしても言うか、バカ。

そんなもんは女相手に効く演出だろうが、と言うと、
ああ、そっかー、などと言って笑う。

酒とつまみを口にする俺をいつになくニコニコと見ていた。
ニヤニヤじゃなくて、ニコニコだ。調子が狂う。
いつもなら俺が食い終わるのもそこそこにちょっかいを出してくるのに今夜はしない。

ごちそうさん、と手を合わせるとコックは席を立ち、明日に備えて寝ろよ、と言って
食器を片付け始める。

俺はすっかり拍子抜けしてしまい、自分からつい聞いてしまった。
「オイ、ヤんねぇのか?」と。

コックは一瞬驚いた顔をして、次に情けないような困ったような表情を浮かべた。
「・・・いや、俺今日はシねぇつもりなんだけどよ・・・」

「何でだ?」
「・・・いや、だってお前明日は主役だろ。主役が足腰たたねぇ状態じゃしまんねぇだろうが」

・・・足腰たたなくなるまでスルんじゃねぇ!

だから俺は今日は我慢するつもりなんだよ〜、と俯くコックの顔を両手で鷲づかみ、
無理やりに仰向かせて口付けた。
口内を蹂躙していると、次第に舌が応え始めた。

自分の身体の欲求に正直な男は、やがて俺の身体を弄り出す。
もう止まらない。


それでもやはりいつもとは違っていた。
追い詰めて全てを奪うような抱き方ではなく、ただゆるゆると労わる様な。

俺は今日は我慢するつもりだったんだよ〜。
コックは俺の中に入ってくるときにも言った。

緩やか過ぎる愛撫に、ちゃんとやりやがれ!と言った気がする。
それでも変わらず柔らかな指の動きに、却って乱された。

俺の上で揺れる金髪は、ろうそくの炎でやわらかなオレンジ色に染まっていた。










コックが格納庫から大きめの毛布を持ってきて、俺の上にバサッと掛けた。
ろうそくの火を消してまわり、手近なものを一つ残す。

そそくさと毛布にもぐり込んで来て、じゃあ、おやすみ〜、などと言う。
体面を気にし、特に女どもに知られることを嫌がるコイツと朝まで一緒にいたことは今までない。

いいのか?と聞くと、今日くらいは連中も見逃してくれんだろ、とまた笑う。









俺は結局キチンと口に出して欲しいものをねだることは出来なかった。
代わりに舌先がねだって、コックはキチンとそれをくれた。

一緒の毛布に包まって静かに寝息を立て始めたサンジを見ながら、
俺もいつの間にかまどろみの中へ引き込まれた。






私の住んでいる地域で行われているプロジェクト、
『やわらかな夜』の字面に触発されて書きました。

もちろんプロジェクト自体にも参加しております(笑)


やわらかな夜公式HP→ http://kodamajc.com/yawayoru/


SS初書きです。
なのにRでサンゾロってどうよ?

2007.11.8