ナミさんに案内されて向かった飲食店兼宿屋は、小奇麗でなかなか洒落た店だった。
夕方近いせいか料理の香りが漂っていて、味も悪くはなさそうだ、と俺は思った。
カウンターでキーを3つ受け取ると、添乗員よろしくナミさんはちゅうもーく!と言って全員を呼びつけた。
「それじゃ皆、今日はこの宿屋へ宿泊ね!
部屋は3部屋とったから、うちひとつはあたしとロビン。
あとは適当に分かれて頂戴」
「あ、それじゃあ俺はウソップと─────」
「てめえは俺とだ、クソコック」
珍しい取り合わせに他のクルーが不思議そうに目を丸くする。
ああ、どうにかうまく逃げようと思ったのに、駄目だったか・・・。
今日は3月1日、明日は俺の誕生日だ。
ゾロとはある約束をしていて、今日がその約束の日なのだ。
「珍しいじゃない、あんたがサンジ君と同室を希望するなんて」
ナミさんが小首を傾げて訊ねる。ああ、なんて可愛らしい仕草なんだ!
「コイツとはちょっと話を付けておきてえことがあるンだ。
出来れば3人部屋じゃなく、2人部屋がいい」
ハア?とナミさんはますます不思議そうな顔をしたが、分かったわ、と言った。
「いいけど喧嘩だけはしないでよ?器物破損で追加料金になったら借金にツケとくわよ」
「わかった、大丈夫だ」
「えええ?俺は?俺の意見は無し?」
「いいから来い、グル眉」
「イヤ、まだ部屋どこだか案内されてないから」
ここまで堂々としていると逆に怪しまれもしないのだろうか。
俺とゾロとの約束、それは、今日俺はゾロに抱かれる、というシロモノだ。
夕食のあいだも俺はそわそわと落ち着かない気分だった。
だってこの時間が終わってしまえば後は。
「ううぅ」
「どうかしたのか、サンジ?」
船医のチョッパーのまんまるな目が心配そうに覗き込む。
「イヤ、なんでもねえよ」
言える訳がねえ!この後ゾロにナニされんのが怖くて食事も喉を通らない、なんて!
「なあ、ほんとにサンジ、おめえ今日はちょっと変だぞ?」
ゾロと話をするのが怖くて、今日は島に着くまでずっとウソップと喋りどおしだった。
いくら普段からウマが合うとはいえ、ほとんど張り付き状態だったのだ。
ゾロの姿が見えると尚更で、行かないでくれぇと縋りついたりもしたくらいだ。
どんなに鈍いヤツでも俺の様子がおかしいことに気づくだろう。
ましてウソップは他人の様子によく気づくほうだ。
ルフィは腹を風船みたいに膨らませて息もつかずに喰いまくっている。
いつもどおりの様子に少しだけ気分が柔らぐ。
上手く言えねえけど、ルフィにまで気づかれていたら凄くイヤだ。
その横に座っているゾロも普段どおりに見えた。
あんな約束をしているとは思えない。憎らしいほどいつもどおりで冷静そのものだ。
だけど絶対に忘れちゃいねえのはさっきの部屋割りの一件からも明らかだ。
俺が何よりやべえと思っているのは、普段の自分の所業をヤリ返される、という点だ。
散々啼かせたり、恥ずかしいコトを言わせたり、あんなことやこんなことや、
今まで自分がしてきたことをそのままゾロにされたら恥ずかしくて死んじまいそうだ。
俺は時々うなり声を上げながらも全部食べた。
食い物は無駄には出来ねえ。コック魂だ、我ながら見上げたモンだ。
食事を切り上げて部屋へと移動するときに、ロビンちゃんが食堂の出入り口のところで待っていた。
何、どうかした?と聞くと彼女は意味深な笑みを浮かべて言った。
「コックさん、頑張ってね」
頑張るって、ナニをですか?
能力を駆使したのか、それとも大人の女性の勘なのか、彼女は絶対に気づいていると確信した。
吸い込まれるような黒曜石の瞳に優しく見つめられて、俺は誤魔化すことも出来ず、はは、と力なく笑った。
部屋へ戻るとゾロは風呂に湯を張った。
準備出来たぞ用意しろ、と言いながら荷物を解いて着替えの準備をしている。
「あ、んじゃあ、お先にどうぞ」
「・・・てめえ、俺が入ってるあいだに逃げるつもりだろ、そうはさせねえぞ」
うわあ、全部お見通しだよ。
逃げようとしたが一瞬遅く、俺は首根っこを掴まれて風呂場へと引き摺られていった。
覗いてみると、風呂場にはデカイ鏡があった。
見た瞬間フリーズした。
俺はバスルームでのセックスが割と好きだ。
小さな声でも反響してはっきりと聞こえるのも良いし、
他の場所で慌しくするのと違って、全裸で抱き合えるのも良い。
そして何より風呂場には大概全身がうつるようなデカイ鏡があって、
自分たちの姿が見えるのをゾロが嫌がるのがまた良いのだ。
繋がってるトコ、見える?─────とか。
俺の咥えこんでて、お前のこんなになっちゃってんじゃん─────とか。
言ってませんでしたかね、俺は!ええ、言ってましたとも!
ヤバイ、ヤバイよ、これは絶対!
服を脱ぎ終えたゾロが固まっている俺を見て、どうした、と聞く。
「ななな、何でもねえよッ」
首をぶんぶんと横に振る俺の視線を辿って、ゾロはふん、と笑った。
「お前、普段自分がやってることがどういうことかわかったろ、」
「う・・・」
「大丈夫だ、ここじゃやらねえから、服脱げ。洗ってやる」
「ホントに?」
「ああ、初めてはちゃんとベッドで、って相場が決まってんだろ」
「・・・・・」
・・・・・ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。
ベッドじゃなかったよね俺、ホント、ごめんなさい。
風呂から上がると、ゾロが荷物の中からワインを取り出した。
普段は焼酎系か日本酒系なので、ワインというのはとても珍しい。
何でだろ?と少し考えて、もしかして俺がワインの方が好きだから?なんて思い至り、
また恥ずかしくなってきた。
「飲むか、」
「おう、じゃ、少しだけ」
グラスを傾ける音のほかにはあまり音が聞こえない。
いつもは俺がしゃべりまくりでゾロがたまに相槌を打つくらいなので、
俺が緊張して黙り込みがちになると二人の間には会話があまり無いのだ。
いつ手を出してくるのかと気が気じゃない。
ゾロが体勢を変えるたびにびくりとしてしまい、そんなに怯えんな、と揶揄される。
荷物の中をガサゴソと漁り、ゾロは更に何かを取り出した。
その正体を見て俺はかつてねえ程驚いた。
「・・・なんでゴムとローション・・・」
「前の島で買っといた」
「イヤ、そうじゃなくて」
ゾロがこんなものを準備したということに驚きだ。
「金はどうしたんだよ」
「ナミに借りた」
「ま、まさか理由を言っ」
「言うわけねえだろ、バカ」
刀の手入れ用のものを買うっつっただけだ、と憮然としている。
「そのテの店で、男と寝るのに必要なもんをくれっつったらオヤジがくれたんだよ」
「お前、ホントにそう言ったの、すげえ豪気だな」
「そしたら『商売か、惚れた相手か』って聞かれたから」
「・・・」
「惚れた相手だっつっといた」
ぎゃー!もう勘弁してください!
今日のゾロはどうしちゃったんだよ、恥ずかしくていたたまれねぇよ!
「お、俺男なんだから妊娠とかしねえじゃん、なんでわざわざゴムなんか」
「最後まで挿れてられんだろ、お前の中でイきてえんだよ」
「後でかき出せば」
「それじゃお前が辛れぇだろ」
ちょ、ゾロ。もう、あの・・・。
「・・・ローションは、高かったんじゃねぇの、」
「ああ、でも相手が初めてだったら絶対専用品を使ったほうがいいからって。
少しお代も勉強してくれた」
俺はまたゴメンナサイを心の中で連呼した。
ゴムだって俺は使ったり使わなかったりで、ローションだって料理油で代用なんだよ。
「気持ちよくさせてえんだよ。
一回きりにしたくねえんだ。機会があったらまた、って思って欲しいんだよ」
ぎゃー!!
「お前、もうそれ以上しゃべんな!!」
とても聞いていられなくて、俺のほうからキスで唇を塞いだ。
ゾロの愛撫は執拗なほどに丁寧だった。
いつもは自分がしているはずの奉仕を、ゾロから施されていること自体に興奮してしまう。
耳もとや乳首、わき腹とか、弱いところは初めから気づかれていて、優しく、でも容赦なく責められる。
肝心な場所には触れられていないうちから、俺は結構なあられもない声を上げていた。
「てめえのほうがよっぽど敏感だよな」
「・・・うるせェ・・・」
抗議の声にも甘ったるさが混じってしまって、恥ずかしくて仕方ない。
件のものを使って後ろを丁寧に慣らされ、前立腺も探り当てられた。
経験したことの無い刺激と快感。
しかも自分の痴態をゾロに全て見られているのだ。
「おまえ、すげぇな」
「・・・何が、」
「ここ、初めてなのに気持ちいいんだろ、」
俺は顔を横に振ったけど、身体のほうが、気持ちいい、と全開で主張している。
直接の刺激を求めて立ち上がっているものをゾロに咥えられ、その熱さに耐え切れず口内に放った。
あれ、俺今後ろでイっちゃった?
混乱しながら必死に息を整えていると、ゾロが聞いてきた。
「挿れてえんだけど、いいか、」
俺は頭の回らない状態で、曖昧に頷くしか出来なかった。
四つんばいの体勢を取らされて、少しずつゆっくりと進入される。
力を抜けと言われたけど、異物感が気持ち悪くてつい歯を食い縛ってしまう。
唐突にゾロの指が口の中に突っ込まれた。
俺もよくやる。声を殺させたくなくて。
でも─────。
「くち、あけてろ。そのほうが楽だから」
そうか、ゾロ楽だったんだ、って違うだろ、俺!
ちょっともう、本当に。
自分の非道がこんな形で自分に帰ってくるなんて思っても見なかった。
うつぶせで表情を見られないで済むのが唯一の救いだ。
呼吸に合わせて少しずつ入り込まれ、ついに全部咥え込まされた。
ゾロが上手いのか自分に素質があるのか、異物感はあるけれど痛みは無かった。
俺を後ろから抱きしめてしばらく動かずにいたゾロが、やがて静かに動き出す。
浅めの、小刻みな律動。
そのむず痒いような刺激はすぐに快感へと変わった。
「ちょっ、ゾロ、何で・・・」
「気持ちいいだろ、これ」
「な、なんでそんな、慣れてん、だよ・・・」
「ばっか、慣れてねえよ。俺は自分の身体で、知ってるだけだ」
もー、本当にゴメンナサイ、いつもガンガン犯っちゃってゴメンナサイ!
申し訳なさと恥ずかしさと気持ちよさとで涙が零れた。
内側で感じるゾロは外側で感じるゾロとはまた別の熱さで、
単純な身体の快感とは違う、ゾロを包み込んでいるのだという
心地良さが俺の中に拡がってゆく。
やがてゾロの動きが少し激しくなり、俺は何も考えられなくなっていく。
頭の中はぐずぐずに溶けて、ただ大事にされているという感覚だけがかろうじて残る。
快楽で真っ白になった意識の中で、俺はシアワセというのはこんなもんだろうかと
ぼんやりと思った。
END
2008.3.2
おめでとう、サンジ。
そして、こんなアホな話を書いてしまってゴメンナサイ。
かなり糖度高めとなりました。ま、お祝いだから・・・。