メリー、メリー・クリスマス! 4


「・・・んッ、あ、サン、・・・おれ、もうッ」
「まだだ、ゾロ、まだイくんじゃねえよ、まだ上手におねだり出来てねぇだろ?」

「あっ、そん、な───、ンうっ」

「どうして欲しいの、ちゃんと言って、じゃねえと
 サンタさんは欲しいモノを上げられねぇよ」

「──あ、じら、・・・す、なッ、う、ああっ、」
「くっ、バカ、絞めんな、このッ───」




出会ってから4度目のクリスマス。
後期の学科試験も終わり、大きなミスが無ければお互いに無事卒業の予定だ。

おれは実家のレストランを継ぐべく地元に戻り、修行に入ることになっている。
この部屋で二人で過ごすクリスマスも今年で最後だ。

いつまでもこんな生活がずっと続いていくような気がしていた。
ここ一年ほどはお互いに、寝るためだけに帰って来るような日々が続いていたが、 それでも、かけがえのない存在の、そのぬくもりを感じることが、 忙しい毎日を過ごす上でとても大きな意味を占めていた。

そんな月日も、もうすぐ終わる。
この部屋を去る日も、数えられるほど間近になっていた。


昨夜かなりしつこく抱いた所為か、ゾロはまだ眠っていた。
芝生みたいな頭が毛布から少しだけ覗いていて、規則的にふわふわと揺れる。

そんな呑気な光景を見ながら、ゆっくりゆっくり、三年半の間の出来事を反芻する。

バイト先で出会ってすぐの、喧嘩ばかりしていた頃のこと。
初めて抱いた夜のこと。

プレゼントの椅子を持って、嬉しそうに歩いていた後姿。
この部屋の合鍵を渡した夜の、驚いた表情。



昨年の正月は、ゾロを連れて帰省した。
恋人を連れて帰ると電話した時の、どことなく嬉しそうな親父の返事を聞いて、 おれはとても複雑な思いだった。

上京して学業に勤しんでいた(?)息子が、嫁候補を連れて帰って来るというのだ。
親父の心中としては、時期尚早とは思いながらもまんざらでは無かったハズだ。
それが男の恋人を連れて帰ったワケだから、内心どれだけ落胆したことだろう。

一発だけ蹴らせろ、と親父は言って、例の殺人的な蹴りを一発お見舞いされた。

それだけだった。
あの親父がだ。

ああ、親父も歳を取ったなぁと初めて感じた瞬間だった。

手製の年越しそばを言葉少なにガツガツかっ込むゾロを見て、 良い子じゃねえかと親父は笑った。
チンポコついてんのが惜しいがな、と言うのを聞いて、ゴフゴフとゾロがむせたのが
面白くておれも笑った。



ゾロの実家に挨拶に行ったのは春休み、雪深いゾロの故郷はまだ根雪が残っていた。
ゾロとはあまり似ていない、穏やかそうな親父さんが出迎えてくれた。

息子さんをボクにください、と頭を下げた。
うーん、と親父さんは困ったように笑った。

「一応、これはウチの跡取り息子だったんだけどね」
苦笑いをする親父さんに、おれは返す言葉も無い。
良家の子女の婿養子というならともかく、男の恋人だ。

「サンジくん、だったね」
「・・・はい、」
「ゾロから話は聞いてるよ」
「えっと。それはどういう・・・」

かしこまって続く言葉を待っていると、親父さんはおどけた調子で言った。

「料理が得意だそうだね。
 ゾロを虜にしたその料理を、食べさせてはくれないかな」

お袋さんと並んで夕飯の支度をした。
これまたゾロとはあまり似ていない、穏やかそうなお袋さんだった。

可愛いお嫁さんじゃなくてゴメンナサイ、と言うと、
「あら、可愛い息子が二人になるのよ?」
と笑った。

「あの子、そうじゃないかと思っていたの。
 中学も高校も、女の子との浮いた話の一つも無かったから」

ここは田舎だし、窮屈な思いをさせてしまったのかしらね─────。

そう話すお袋さんの横顔は、ひどく寂しげだった。

いや、どうだろう、最初から男が好きだったのかどうかなんて、 初モンだったから分かんねぇけど───。

って、さすがにそれを言うわけにもいかない。

「───そんなこと、無いと思いますよ」
「・・・そう?なぜ?」
「子供の頃の話をするとき、いつも楽しそうだから」

辛い思い出があるような口調じゃあ無かったですよ。
そう告げると、お袋さんは「良かった・・・」と嬉しそうに笑った。


なあゾロ、おれたちはどうするのが正解だったんだろうな。
お互いが一緒にいることで、他の誰かを悲しませることを思うと、 結論を出すのが怖くて、ただ身体を重ねるばかりだったように思う。



ううん、と低く唸ってゾロが寝返りを打った。
薄く目を開け、掠れた声で、何時、と訊いた。

「8時」
と答えると、うー、ともう一度唸った。
休日とは言え、もう一眠りするにはちょっと微妙な時間だ。

もぞもぞと布団から抜け出そうと蠢いている。
裸の肩口が覗き、昨夜の情事の痕を見つけておれはちょっとドキドキした。

真っ裸のままでカバンの所までよろよろと歩き、 そのまましゃがんで中身を物色している。
おいおい、稲荷が見えてんぞ。

「これ」

ゾロが小さく畳んだ書類らしきものを放って寄こす。
「なに────」

「養子縁組の書類」
「・・・は?」

「おれの分は書いてある。お前の好きにしていい」
「えっ、えっ、それどういう、」

「ケジメだ」

書類を持って呆然としていると、ゾロは初めて 自分が服を着ていないことに気づいたようで、 散らばっている衣服を手当たり次第に身に着け始めた。
ちょっと待てそれおれのシャツ、彼シャツ状態になってるって。

「大事な跡取り息子を貰い受けるワケだからな。
 あとでお前の親父さんには改めて挨拶に行く。」

「え?え?」
おれは驚愕の展開に阿呆のように繰り返す。

「だって頂いちゃったのはおれじゃね?
 初物っつか、貞操とかなんかお前のそういうのおれが」

「アホ」

心底呆れたようにゾロが吐き捨てた。
なんだよ、だってそうだろ、おれがお前を頂いちゃったわけじゃん?
おれの方こそゾロを貰い受けるんじゃねえの?

「おれのが少しだが年上だからな。
 おれの籍にお前が入るんだよ」

「ええっ」

おれは余程デカイ声を出したらしく、ゾロは軽く顔をしかめた。

「おれが!?お前が奥さんなのにおれが?!」
「・・・誰が奥さんだ」

「だってお前、家のこととか─────」
「実家の道場のことは心配ねぇ。姉貴が居るからな。
 それに、おまえの家の近くに同じ流派の道場がある。
 剣道は続けられる」

「そんな、だって、就職先だってお前」
「k精機、お前んとこから通勤圏内。もう決めてきた」

なんでそんな大事なことをさらっと決めちまうんだよ。
将来についてのそんな大事なことを。

おれは親父とレストランと、自分の夢を捨てきれずに迷っているのに、 お前はおれのために全てを投げ打つというのか。


「───なんで、なんでそんなお前ばっか折れてんだよ」
「折れてねぇ」

「おれは一番欲しいモノだけは絶対手に入れるって決めたんだ」

「───」
「だから折れてねぇ」

そう言い放ったゾロはおれのシャツ一枚だけを羽織った姿で、 逸物はどーんと出しっぱなしのくせにエラそうだった。

でもおれはそんなゾロが大好きで堪らない。
堪らないんだ。


「ゾロ」
「なんだ、」

「もっかい、していい?」

よっぽど必死な顔をしてたんだろうか、ゾロがおれの顔を見て、 しょうがねぇなぁ、という表情をした。

「だりい」
「──う、うん」
「あんま、ねちこくすんな」

「───うん」


ゾロの左手の薬指には、おれのとお揃いのリング。
おれからのプレゼントへのお返しは、
こんなちっぽけな金属よりも、もっと大事なお前自身。



クリスマスが過ぎると足早に新年がやってくる。
この部屋で2人で過ごす日々も、あとわずかだ。

そして、来年は別の場所で、クリスマスを迎える。
この部屋とは別の場所で。

2人、一緒に。



メリー・メリー・クリスマス!




End.


毎年クリスマス恒例になっている、ガテン系ゾロサンSSの最終章です。

毎年サンジのサプライズプレゼントに振り回されていたゾロだけど、
今年は逆にサプライズをプレゼント。

2013.1.2(おいおいおい)