年に一度の大舞台を終えた桜が、軽やかに舞い散る中。
燃える新緑のような髪にグレーのスーツ、銀縁の眼鏡といういでたちで木の下に佇んでいた見慣れぬ男。
正面から歩いてきた自分に気がついたのか、ほんの一瞬驚いた顔をし。
次の瞬間向けられた柔らかな視線に、世界が・・・・・・動きを止めた気がした。





Confidence of the closed shelf

nekorika





            1



「ロロノア・ゾロだ。
担当は国語」
新年度恒例の新任教師紹介。
その中の一人を見た途端、サンジは小さく溜息を漏らした。
それは妙に印象的だったせいか、未だしっかりと記憶に残る人物で。
スーツの上からでも判るガタイのよさは、他の教師と比べて明らかに際立っている。
だからだろうか。
少しざわついた空間に響き続ける耳触りのよいテノールは、あまりに淡々とし過ぎて、息苦しささえ感じる。

・・・・それなのに。

あの体に触れてみたい。


突然沸き起こったそんな衝動は、自虐的な笑みを浮かべるには十分過ぎて。
我ながら、全くもって理解不可能。
どんな意味にしろ男が男に向ける感情としては、不正解としか言いようがない。
多分ほんの少し程過ぎた好奇心、若しくはこの春の陽気のせいだろう。
そう、決して深い意味などないのだ。

でないと・・・・・

そんなサンジの心の奥が判りうる筈もないのに、全ての言葉が終った瞬間・・・男は笑った。
今まで見せていた教師の顔ではない、男の顔で。
誰にも気づかれない程度に口端をほんの少しだけ上げて、まるで何かの合図のように。


高校二年生の始まり。

それは大人とこどもの間を揺れ動く、何者でもない季節。



三度目の再会は、授業が始まってから。
初めての古典の時間、担当として彼はクラスに現れた。
そこで始まったありきたりの自己紹介が、いつの間にか好奇心旺盛な高校生の質問攻めに代わっていくことは最早お約束で。
それを一々馬鹿丁寧に答える事自体、彼が他の教師と違う点だと言ってもいい。
「せんせー年いくつ?」
「四十だ」
「えー見えない、もっと若いと思ったー
ねえ、ガタイいいのになんで国語の教師なの?
体育の先生の方が向いてるのに」
「高校の時に体を壊してな、体育は諦めた」
「それでなんで国語?」
「元々本を読むのは好きだったし、こう見えても源氏物語愛好家だ」
「へぇー意外。
あー、独身なんですかー?」
「残念ながらな。
源氏の君のような女運には、恵まれていないようだ」
そして沸き起こった笑いに、してやったりという風に口端を上げた顔。
そのこどもじみた態度は、生徒たちの共感を得るには十分だったらしい。
初めての授業が終わる頃には、新任教師はすっかりクラスに溶け込んでいるように見えた。
少なくても自分よりは。


いつからかふとした時に感じる違和感。
決して日常に不満があるわけでもないのだが、それでも時々自分の立ち位置が判らなくなる瞬間がある。
何かが・・・・足りない。
自分を構成する何かが。
それが何か判らないまま、今日もサンジは空を見上げた。



「あ・・・・まっ・・・・」
「・・・・止まって欲しいのか?」
ネクタイを緩める手を休めながら耳朶を啄み、ささやく声はあの低いテノール。
「や、だって・・・・」
「今更だ。
それに誰もいねぇよ」
校庭から聞こえるひとの声。
夕陽のオレンジに微かに染まったカーテンの中、戒めを解いているのはあの太い指。




本格的に授業が開始されると、ロロノア・ゾロの授業は判りやすいと好評で。
たちまち人気者になった彼に授業以外接触する機会もなく、サンジの学生生活は過ぎて行く筈だった。
だが時として、運命は想像もしていなかった悪戯をしでかす瞬間がある。
それによって交わる筈のなかった二本の線が、偶然にも触れ合うこともまた運命と言えるのだろうか。
否、それは最早偶然なのではなく、必然なのか。


「へっ?
図書委員?」
「そう」
体調不良という表向きで、初めて高校をさぼった次の日。
朝一番にそうサンジに告げたのは、幼馴染のウソップだ。
幼稚園からの腐れ縁が今でも続いているのは、気のいい彼の性格によるところが大きい。
「お前、昨日サボっただろう?
そん時、クラスの係を決めたんだ」
「で、俺が図書委員?」
「そう」
「なんでだよ、図書委員なら他にやりたい奴がわんさかいるだろう?」

・・・・よりによって。

そう言いたい言葉を、寸前のところで呑みこんだ。
確か図書委員の担当は、あのロロノア・ゾロの国語課だった筈。
顔こそ強面と言ってもいいぐらいだが、それがまた男らしくて素敵と女生徒には人気が高く。
まだまだガキの域を出ない同級生に比べて、スマートな大人の男に見える彼の評価はそれこそウナギ登りだ。
そして女子生徒だけでなく、男子生徒からも色々な意味で一目置かれているのもまた事実。
だから図書委員になるということは、そんな彼と少しでも多く触れ合うことの出来る、絶好のチャンスと見る輩も少なくはないだろう。
それなのになぜ、自分にお鉢が回ってきたのか。
「だからだよ、希望者殺到で公平さをきす為に抽選になったんだよ、図書委員だけ。
まぁ、それだけでも前代未聞だったのに、全員見事に外れ。
残り福って訳でもねぇが、箱の中に残った最後の一枚、昨日のうちのクラスの欠席は一名。
で・・・ご当選おめでとうございま〜すということだ、サンジくん」
「そんな当選いらねぇよ。
なんなら今からでも誰かと代わって・・・」
じじゃーんと言わんばかりに広げた友の手を軽く叩き、サンジはぶすっとした顔で呟いた。
「お前・・・血の雨見るぞ?」
「はぁ〜?何だそれは。
たかだかクラスの係じゃあねぇか、大げさな」
てっきりふざけていると思った目の前の顔は、どう見ても真顔で。
それでも胡散臭そうにその顔を眺めたサンジに、ウソップは盛大な溜息をついてみせた。
「ちっちっち、お前昨日休んでたから知らないんだ、女子たちがどれだけ凄かったか。
最後には収集がつかなくなったから、抽選なんてややこしいことになったんだろうが。
もし今誰か一人の女子に代わったら、お前残りの女子全員敵に回すことになるけど、それでもいいのか?」

あと、多分男子もな。

あまりに真剣な友人の眼差しに、冗談だろ・・・・?と言いかけてサンジは口を噤んだ。
いつの間にか周りに集まっていた男子どもが、一斉に真顔で頷いていたからだ。
更にその後ろには、目をキラキラさせた女子の皆様が。

・・・・マジですか。

そのまま天井を見上げてサンジがついた、溜息の行方を知る者はいなかった。







          2



誰にだってお近づきになりたくない人物が、一人や二人はいる。
それは大体苦手と思うひとだったり、関わり合いになりたくないと思う人物だ。
サンジにとって、ロロノア・ゾロという教師はまさにその一人だろう。
いや、少し違う。
彼に関しては嫌いとか苦手だとか言う前に、本能が警笛を鳴らしているという感じすらする。


近づいてはいけない・・・・

近づくと・・・・・


モドレナクナル




図書委員の仕事は至極簡単だった。
週に一回か二回、昼休みや放課後に本の貸し出しや返却作業、整理をするのが主な仕事で。
名ばかりの顧問の国語課の教師たちは、実質全ての雑務を新任のゾロにまかせっきりだった。
それでも彼自身本好きを自称するぐらいだから、本に囲まれた空間は苦ではないらしい。
逆に古狸の巣のような研究室を嫌い、図書室にいる方が心が和むといつも言っている。
その感覚は分からないでもないし、確かに図書室は一種の異空間のようだ。
彼の頭の中では、生徒たちは皆ここの本のように整頓されているのだろうか。
そんな考えさえ頭をよぎるほど、図書室は彼に似合い過ぎている。



「せんせーって女嫌いなの?」
放課後の図書室。
人気のなくなったそこで、カートに載せられた本をサンジが少しずつ手渡す先にいるのは、梯子に昇った件の緑頭。
相方に当たる他のクラスの図書委員が休みだとかで、放課後わざわざ手伝いにやってきた顧問だ。
そんな彼との短い付き合いの中で、教師と生徒の境界線が明確であればある程、若さ故の特権を振りかざせるのだとサンジは気が付いていた。
いや、それは無邪気を装った残酷さか。
「いや、そんなわけではないんだが」
そんなサンジの思惑を知る筈もなく振り向いたゾロは、少し困惑したように柔らかく笑った。
その顔はまるで思慮深い大人を装っているようで・・・・いらいらする。
まるでその仮面を引っぺがしたいと思うぐらいには。
それは今まで感じた事がない類の感情で、全く持って不思議だ。
なぜこの男は、今まで知らなかった自分の中の何かをこうも引きずり出すのだろう。
「だってその顔にその体。
別に遊び人風ではねぇし、教師だから給料も安定してるし。
レディがほっておかない要素ばっちりじゃん、現に女の子たちには大人気だし。
なのにその年まで独身なんて」
「ははは、褒められてるのか、貶されていうのかわからんな。
・・・・だから?」
「別に。
ただのソボクナギモンってやつ」
その瞬間、ゾロの目が眼鏡の奥ですっと細まった。
「光の君だよ」
「光の君?
あー源氏物語のあれ?」
何処かでおなじことを聞いた。
そう、あれは初めてサンジのクラスに現れた時。
「あぁ・・・・彼と同じだ。
道ならぬ恋に身を焦がす・・・・ってとこか」
「道ならぬ恋・・・」
「光の君は様々な女性と巡り合い、愛される。
彼自身も多くの女性に愛を捧げた様に見えて、その実彼が一生をかけて求めていたのは、義母である桐壺・・・・つまりは母親だ。
まぁ、本当に求めていたのは彼女にその面影を見ている実の母親だがね。
言ってしまえば、単なるマザコン男。
いくら実の母に似た女性に寄せる思慕だとしても、相手は義理の母。
しかも父親は時の帝。
彼の想いは天に唾する行為に他ならないが、想いは止められない。
それでも罪と言うものが残酷で甘美であればあるほど、ひとは喜んでそれに縛られる。
どの道、道ならぬ恋だ」
「ふーん」
それが本当ならば、この男も道ならぬ恋とやらに身を焦がしているのだろうか。
誰にも言えない、残酷で甘美な罪を抱えながら。
「なーんてな、そんな大層なもんではねぇよ。
単に縁がなかっただけだ、結婚自体にそんなに興味もなかったし」
「じゃあ・・・・」

ミチナラヌコイッテナンデスカ。

サンジはそう言いかけた言葉を切り、正面からゾロを見つめた。
その視線をごく自然にかわしながら、差し出された手。
それはまるで彼が教師として、一線を引いた瞬間のようにも思えた。
「・・・・人のことよりお前は?
女の子によく言い寄っているみてぇだが」
渡された本をあるべき場所に直しながら、ゾロは話を続けた。
そう、確かに話は続いているのに、さっきまでとは何かが違う。
まるで踏み込まれることを避け、綺麗に自分を隠しながら話をすり替えたとでも言おうか。
だから敢えて、サンジも何も気がつかない振りをする。
「ぜんぜーん。
俺がこんなに愛を捧げているのに、みんなつれなくて」
「それは誰か一人に・・・って訳じゃあねぇからだろ?
職員室にまで伝わってくるぞ、お前のフェミニストぶりは」
そこまで言って、何かに気がついたようにゾロはああと声を上げた。
「周りの女の子全部に、称賛の声と愛を配る。
そう考えると、俺よりお前の方が近いかもしれんな」
「何が?」
「光の君。
なぁ、お前の真実の愛は何処にあるんだ?」
「え?」
想像もしていなかった質問を浴びせられて、一瞬固まったサンジにゾロは意地悪く笑って見せた。
「冗談だ。
まぁ光の君は誰にでも愛されたが、お前の場合は愛されてるというより可愛がられてるという感じだな」
「それって・・・・」
「光の君は男として女にモテモテだったが、お前はどちらかというと愛玩動物的だということだ。
まぁ昔と違って、今は女が強いからな。
自分以外の女に直ぐにふらふら行く男を、一途に思う奇特な女もいないということだ」
「ひっでぇーーーー」
「本当のことだ」
そう言って再び向けられた背中に、サンジは一瞬本を投げつけたくなった。
本当に苦手だ、この男は。
確かに周りが引く程の女性至上主義は自覚している。
だが自分にとって全ての女性は敬愛すべき存在で、誰か一人に特別な愛を注ぐということは出来そうにない。
その性格が災いして、今までいいムードになりかけた女の子に何度振られたことか。
『サンジくんはどんな女の子にも優しいのね。
それって私じゃあなくてもいいんでしょ?』
それは今まで何度も投げられた台詞。
「だってさー女の子は皆可愛くて、ふわふわして。
なんでもしてやりたくなるんだ」
へらっと笑った馬鹿な男子高校生を前にして、ゾロは大げさな溜息をついて見せた。
多分彼のような大人から見ると、サンジのやっていることは恋愛ごっこにも当たらないのだろう。
「だから、それが一人に対してなら問題はねぇんだ。
でもな目の前にいる全部の女になら、そりゃ相手も萎えるぞ?
光の君の時代ならともかく、最近の女は強いからな、そんな男はとっとと見切りをつけられて当然だ」
そうきっぱりと言い切られ、口を噤んだサンジをゾロはじっと見つめたままだった。
そんな眼鏡越しの視線がこんなにも痛くて、強く感じられる・・・・こんな経験は初めてで。
痺れにも似た感覚が、サンジの頭を麻痺させてくる。

知っている・・・・これは”快感”だ。

二人の間に流れる沈黙とは裏腹に、遠くから響いてくる声。
辛うじて現実を思わせるその声が存在しなかったら、ここはまるで日常から切り離された空間にも思える。
お互いしか存在しない、そんな空間に。
「まぁ・・・・」
沈黙に耐えきれないように、視線を逸らしたのはゾロだった。
「世の中にはいろんな人間がいるからな。
まだまだ若いんだ、出会いなんていくらでもある。
そのうち灼熱の恋に身を焦がす・・・なんて日も来るだろう」
「そうかな」
「多分な」
「せんせーは優しいな。
あとほんの少しだけ残酷だ」
そう言って、サンジはかるく微笑んで見せた。
それに対してゾロも返事を返すことなく、黙々と二人は作業を続けた。







           3



外は雨。
例年よりも多くの雨を降らせている梅雨雲が、どっしりと空に居座ってもう三日。
温度自体はそれほど高くはないが、この時期独特の湿度はじんわりと体に絡みつく。
そんな時に当然、授業など頭に入るわけもない。
ましてや昼食後の五時間目なんて、蒸し暑ささえ我慢出来るなら絶好のお昼寝タイムとでも言おうか。
「どうやらみんな、授業どころじゃあねぇみてぇだな」
読んでいた古典の本をぱたんと閉じて、ロロノア・ゾロは小さな溜息をついた。
それは呆れてるとか、怒っているとかいう類ではなく、単に仕方がないなという感じで。
クラスの半分近くがゆっくりと船を漕いでいるという状態を目の当たりにすると、流石に怒りよりも諦めの境地に立たされるのだろう。
「このまま進んでも、耳に入らない奴の方が多いだろうし・・・・さて、どうするかな」
視線の先の時計では、授業終了まであと十分。
ここで終っては、流石に早すぎると抗議がきそうだ。
「ここまでで、何か質問がある人はいるか?」
「あ、せんせー、せんせーなら知ってる?」
一人の女生徒が、はいはいという風に手を挙げた。
「なんだ?」
「午前中の世界史の時間のプリントにあったんだけど、『悪書』って具体的にどんな書物のこと?」
「悪書か・・・・直接は今までの授業には関係何ないが、まぁいいだろう」
世界史の教師はミステリアスな美女で、その授業も面白いと評判だ。
が、あいにく本日は急な出張が入ったとのことだったから、自習用にと配られたプリントにでもそんな言葉があったのだろう。
そしてこの質問は自分で調べるより聞く方が早いという、いまどきのこどもの発想には違いない。
「そうだな、一言で悪書と言っても色々あるのだが・・・・世界史ということなら、多分お前たちが言ってるのは中国の『焚書坑儒』のことだろう?」
「そう、それー」
「『焚書坑儒』は中国秦の始皇帝時代に行われた、思想弾圧事件のことだ。
簡単に言うと時の政権にとって都合の悪い本を燃やし、儒者を坑する」
「抗するって?」
「生き埋めにするということだ」
「ひどーい」
思わず声を上げた女生徒たちの方を向き、ロロノア・ゾロはにやりと笑った。
「歴史なんて、そんな不条理の繰り返しだ。
どんなに優れた書物でも、政権に不都合なら悪書とみなし処分したり隠したりする。
人もまた同じ。
物事の善悪を判断するのは、時の政権。
まぁ最近の悪書は教育に悪いとか、青少年に与える影響が大だという基準で叫ばれる方が多いが」
「あー知ってる。
それって有害文書って奴でしょ?」
「そう、流石に現代ではそれを生み出した人間にどうこうするということはほとんどなくなったが、それでも発禁処分や裁判沙汰がないこともない。
表現の自由がどこまで許されるか・・・・それは国によっても違うしな」
ふんふんと聞き入る生徒たちを前に、ゾロは静かに語った。
「ねぇねぇ、それっていわゆるエロ本も入るのー?」
急に飛び出したいかにも高校生らしい質問に、教室内は爆笑に包まれ、ゾロも苦笑いを浮かべた。
「まぁそうだな。
だからR18本やR20本ってのも存在するのは確かだ。
ようするにいい意味でも悪い意味でも、ひとの心を惑わすもの・・・・それが”悪書”と言ってもいいんじゃあないか?」

ひとの心を惑わすもの。
それは本だけに限らない。
もしその存在自体がそうだとしたら、それを何と呼べばいいのか。
窓を伝わる水滴を目で追いながら、サンジはぼんやりと考えた。
いっそこの雨と共に、全てが流れ去ったらいいのに。
自分の中に密かに息づく意味が判らない感情も、自分自身さえも。




「サンジくん、何ぼーっとしてるの?」
そんな声と共に、目の前でひらひら振られた手。
まだはっきりしない頭で視線を移すと、そこにはオレンジの髪を揺らす美少女・・・・サンジが女神と讃えるナミの姿が。
その上とうに古典教師の姿はなく、教室はいつも休み時間のざわめきに包まれていた。
どうやら気がつかないうちに、授業は終了したらしい。
「あああああああ、すいません、ナミさんのお美しい姿に気がつくのが遅れて。
大丈夫です、何ともありません」
すっくと立ち上がり、いつものように目をハートマークにする姿は、ナミの溜息を誘うには十分で。
まるで自分の中の何かを隠そうとしている・・・・聡明な彼女にはそうとしか見えない。
痛々しいというのには少し語弊があるが、それに似た感情を抱かせるのは確かだった。
「まぁいいわ。
今日は部活の日よ、忘れてないでしょうね」
「え・・・・はーい、勿論」
まるで軟体動物の様にくねくねと体をくゆらせるサンジに、ナミは心の中で本日二回目の溜息をついた。
姉の知り合いに、名前だけでも・・・と入部を頼まれた家庭部に、サンジを誘ったのは入学してすぐ。
たまたま見かけた彼の弁当が、本人の手作りだと知ったのが切欠だった。
実際実家がレストランという恵まれた環境で、幼い頃から料理に親しんできたという腕は、その辺の女の子が敵う筈もなく。
その上大好きな女の子に囲まれて料理を作るというのは、彼にはある意味天国のような空間であるらしい。
それでも時より見せる憂いのある表情を、彼女が気が付いていない筈もなかった。



「出来たーvv」
本日のお料理メニューは、肉じゃがとナスのひき肉挟み、味噌汁に白米。
何か簡単に作れて、それでいて和風のものを・・・という、部員のリクエストによるものである。
部活参加者は全部で十二名、人数としては丁度いいぐらい。
そして制限時間が四十五分となると、殆ど初心者揃いのこのクラブではこれぐらいが限界だろう。
それでも辺りに立ちこめる美味しそうな匂いは、放課後の胃袋を直撃するには十分だった。
「わー美味しそう、早く食べましょうよv」
専ら監督業に専念してたナミが感嘆の声を出したのを合図に、皆一斉に席に着く。
「あ、待って。
先に換気を・・・」
そう言ってサンジが窓に手をかけるのと同時に、窓ががらりと開いた。
「サンジーーー飯ぃぃぃーーーーーー!!」
飛び込んできそうな勢いで窓にへばりついているのは、お馴染みの男。
「ルフィ、またお前か」
「ししし、今日も美味そうだな」
その梅雨空を吹き飛ばす勢いにつられて、サンジも苦笑いを零した。
家庭部に入部して初めての調理実習の日、今と同じように窓を開けて叫んだのが、このルフィだった。
匂いにつられて引き寄せられたという隣のクラスの彼に、ついうっかり出来立ての料理を与えてしまったのが運のつき。
すっかり餌付けされました状態で、調理実習の日は勿論のこと、お昼の弁当までサンジのところに現れるようになった。
それでもどことなく憎めないその性格のせいか、サンジに纏わり着く姿は最早学内の名物になっている。
「仕方ねぇな、中に入るか?」
「や、今日は忙しいからここで食う!」
本来なら立ち食べなど行儀の悪いことは許さないが、この男に関しては言っても無駄。
それが判っているからやれやれと溜息をつきながらも、サンジはさっさとお鉢に肉じゃがをよそおい、箸と一緒に手渡した。
「ほらよ、零すんじゃあねぇぞ?」
「そんな勿体無いことしねぇよ。
おほほ、今日も美味そーーーー!」
「どれどれ・・・・・ほぉ、確かに美味そうだな」
「あ・・・・」
ルフィの背後から聞こえた声・・・・・よく通る低いテノール。
顔を見なくても判る、その人物は。
「ロロノア・・・・・先生・・・・」
「あーゾロ!
やらねえぞ、これは俺のだ」
慌てて肉じゃがを口に頬張るルフィを見て、ゾロは思わず噴き出した。
「取らねぇよ。
それよりそんなに慌てて食うと、折角の飯が味わぇねぇぞ?」
ルフィに向けられた、そんな笑顔。
どこかむかむかする。
自分が知らなくても当たり前なのだが、いつの間にこの二人はそんなに仲良くなったのか。
「あ、すまん、邪魔したな、じゃあ・・・・」
「あ、ロロノア先生・・・・」
ぽんぽんとルフィの頭を軽くたたいた後、立ち去ろうとしたゾロを引き留めたのは何故だろう。
「なんだ?」
「あ・・・・・あの・・・」
「ロロノア先生、よければ先生もどうぞ?」
呼び止めたものの言葉に詰まったサンジの代わりに、声をかけたのはナミだった。
そしてその手には、しっかり大盛りにされた肉じゃがの鉢が。
「お、いいのか?
実は腹が減っててな。
で、美味そうな匂いに誘われた訳だ」
「ししし、俺と同じだな、ゾロ。
サンジの飯は美味ぇぞ?」
「どうぞ、遠慮なく。
その代り、古典の点数よろしく〜」
にっこりと笑うナミに、苦笑いを浮かべる一同。
自分が作った訳でもないのに、稼げるところはしっかりと稼いでおく。
そんな彼女のたくましさは見習うべきところだろう。
「ありがたいが・・・本当に貰ってもいいのか?」
「ええ、どうぞ」
そう言いながら了解を得る様に、ナミの視線はサンジの方を向いた。






            4



断る理由は何処にもなかった。
というよりナミが浮かべたのは、自分が決定した事項にサンジが反論する筈がないという、ある種確信犯の微笑みだ。
それでも何処かに戸惑いを残したままの彼をちらりと見て、ゾロは鉢を返そうとした。
「すまん、やっぱりずうずうしいよな。
折角作ったものを・・・」
にこやかに浮かべた笑顔は、別に何の嫌みもなく。
だからこそサンジはその鉢を押し返した。
「どうぞ。
と言ってもただの高校生が作ったものだから、味に期待しないで下さいね」
何の意味もない、ただ儀礼的な笑顔を浮かべて。
それが精一杯。
「何言ってんだー
サンジの飯は美味いぞー
サンジだっていつもそう言ってるじゃあねぇか」
横から口を挟んだのは当然ルフィだ。
「それは相手がお前だから。
お前なら何食っても美味いって言うだろ?」
「飯は何でも美味いが、サンジの飯は特に美味いんだ!
俺、嘘は言わねぇ!」
どーんと胸を張る効果音まで聞こえてきそうなその勢いに、笑いを漏らしたのはゾロだった。
「ははは、そんなに美味いのなら、やっぱり頂いていいかな?」
「・・・・・どうぞ」
ルフィに気を使ったのか、本当にお腹が減っていたのか。
ゾロはサンジから差し出された肉じゃがに箸をつけた。
そして挟まれたジャガイモは口の中へ。
ゆっくりと味わうように動くその口の形から、サンジは目が離せなかった。
「・・・・確かに美味いな」
それが食べ終わってからの、ゾロの第一声。
「だろー?」
ほっとしたサンジの代わりに言葉を発したのは、やはりルフィだった。
空気を読んでいるのかいないのかは分からないが、その存在は今は天の助けにも値する。
「いや・・・・確かに美味いんだが・・・・・それよりも懐かしい味・・・・という感じがする。
これ、お前が作ったのか?」
「あ・・・・はい・・・いや、みんなで・・・・」
「サンジくんの監修の下で作ったんですけど、先生にお渡しした分は間違えなく彼が一人で作ったものですわ。
先生に試食していただくんですもの、うちのエースの分をお出ししないと」
にっこりと笑顔で答えたナミに、サンジはただ俯くしかなかった。
「そうか・・・・美味かった。
懐かしい味をありがとう」
しみじみと、何かを噛みしめるように。
そんな何処か不思議な色を含んだ言葉に、サンジが弾かれたように顔を上げると。
そこにあったのは少し照れたような、それでいて温かな微笑を浮かべた顔。
やられたと思った。
そんな顔を見せられたら、もう認めざるを得ない。
いや、本当はもうずっと前から判っていた。
桜吹雪の中、あの視線に囚われた瞬間から。




一度意識してしまえば、それまでの自分には戻れない。
そんなことはお話の中の出来事だとばかり思っていた。
転がり落ちる雪玉のように膨らんでいく想いを持て余しながらも、目をそむけることすら出来ない。
そんな自分は、自制の効かない愚者のようだ。
声が聞きたい。
姿が見たい。
まるで恋する女の子のような自分に戸惑う。
女の子は以前と変わらず好きだ。
そこにいるだけで幸せな気分になってくる。
でもこの感情は。
あの教師に寄せる感情は、全くの別物だ。
今まで抱いたこともないようなもっと激しい、呑みこまれそうな・・・・・劣情。



「何、よそ事考えてんだ?」
もうとっくに何も纏っていない上半身をなぞっていた指が止まった。
どうやら集中していないことが、お気に召さなかったらしい。
この男はこんな風に時々、こどもの顔を覗かせる時がある。
それはサンジにとって意外であり、優越感に浸れる一瞬でもあった。
まるで自分の中の足りなかった何かが、満たされていく・・・そんな気さえしてくる。
あのロロノア・ゾロが、ほんの少しでも大人の余裕をなくす瞬間・・・それが自分と秘め事をしている時だなんて。
それは自分だけが知っている、男。
「何にも・・・・そんな余裕あるかよ」
先生のことだけだよ・・・・と囁いたサンジに、満足げに与えられたのは熱い口付け。
同時にそっと胸の尖りに辿り着いた指が、悪戯な動きで緩やかに快楽を引き出しにかかった。
もう何も考えられない。
ここが学校で、自分たちのしている行為がどれほどの背徳感を持つかなんて。
ただ与えられる快楽に溺れる。




それからサンジは意識して、ゾロを避ける様になった。
幸いなことに直ぐに突入したテスト期間の御蔭で、図書委員の当番もなく。
夏休み前に回ってきた当番の時にも、彼は図書室に姿を現さなかった。
とすれば、授業中の触れ合いなんて無きに等しい。
どの生徒にも人気のある教師にとって、一生徒の存在なんてそんなものだ。
夏休みが終わる頃には、こんな熱病のような想いとはサヨナラ出来ているだろう。

熱い・・・・熱い夏が終わる頃には。


「あちぃー」
思わず手にしていた本で、ぱたぱたと扇ぐ。
夏休み真っ盛りの八月上旬、外気温は朝十時半の時点で既に三十度を軽く超えている。
そんな外の気温に比べて室内は直射日光がない分だけマシだが、無風状態だと暑さには変わりがない。
ましてや、運動部が汗を流しているグランドの気温なんて想像するだけでもげんなりする。
「ったく、この暑いのに元気だよなー」
少しでも風が吹いてくることを期待してサンジは窓辺に立ったが、残念ながら風はぴくりとも吹いておらず。
溜息と共に振り返った瞬間、
「あ、ごめんねーサンジくん。
私、もうそろそろ行かなきゃ」
ポケットに入れていたと思われる携帯から、流れ出た音楽。
それを耳にした途端、今まで一緒に作業していた女の子が手に持っていた本を全てサンジに押し付けた。
「いいよーあとは適当にやっとくから。
暑いのにお疲れさん、帰り気をつけてねー」
用事があるとかで、作業途中で抜け出す他のクラスの図書委員の女の子にへらへらと手を振る。
相手が男なら脅してでも作業を進めさせるところだが、女の子なら仕方がない。
例え、それが嘘でも。
彼女が作業をしながら、盛んに窓の外を気にしていたことには気づいていた。
大方、友達と遊びに行く約束でもしていたのだろう。
若しくは彼氏とか。
「まぁ、夏休みだしな。
さてと・・・さっさと片付けるとするか。
ったく、こんな暑い時にわざわざ学校まで本を借りに来る奴なんかいねぇってーの」
夏休み中にたった二日間だけ、作業が義務付けられた図書委員。
サボろうと思えば、いくらでもサボれたのだろう。
が、他のクラスの図書委員とペアで、しかもその相手が女の子とすれば流石にサボるわけにもいかない。
それは己を納得させるには、十分すぎる程の理由だ。
何かを恐れながらも期待している・・・・そんな気持ちには、気がつかない振りが出来るから。
さてとひとつ大きな伸びをして、本の整理を再開した瞬間。
聞き覚えのある声が、サンジの耳を直撃した。
それは一番聞きたくて・・・聞きたくなかった声。
「お、暑いのに御苦労さん。
今日は一人か?」
「いえ・・・・相方の子は用事があるとかで、たった今帰りました」
顔は見ないように、背中を向けたままで。
それでも全神経はその背中に集中している。
こうやって二人きりで話すのは、どれくらい振りだろうか。
「暑いのに御苦労さん。
夏休みは冷房入れられなくてな、すまん」
そんな謝罪とも取れる言葉にふるふると頭を振り、サンジは少しでもその場を離れようとした。
が、その時聞こえてきた小さな溜息まじりの声に思わず振り返ると、すっと伸びてきた手がサンジの頭をぽんぽんと叩いた。
「何だかお邪魔なようだな。
暑いし、適当に切り上げて帰れよ」
じゃあなと言いながら、その手が離れていく。
それを寂しいと思ってしまうことは、いけないことだろうか。
「やっぱり・・・・・残酷だ」
自分にこんな熱を残して、去って行くなんて。
誰もいなくなった図書室で、サンジはそっと呟いた。






           5



二回目の図書当番が回ってきたのは、夏の終わり。
朝から照りつける日差しは、以前に比べるとほんの少しだけやわらかいものに姿を変えていった。

夏が・・・・もうすぐ終わる。

夏休みは実家の手伝いをしながら、そこそこ平均的に過ごしていたと言ってもいい。
二度と来ることのない、十六歳の夏は長くて短い。
変わらず心の中を占める人物さえいなければ、いつもと変わらない夏の筈だった。



今日の図書当番は午後から。
夏にしては珍しくどんよりとした雲が空を覆っていたのは、南から近づいているという台風の影響だろう。
”直撃コースではないが、影響は避けられないでしょう”
したり顔の誰かさんがテレビの中でそう告げていたことをサンジが思い出したのは、学校に向けて自転車を漕ぎ出したすぐ後だった。
後悔先に立たず。
されど、今更引き返すのも癪に障る。
それでも降り出した雨は直ぐに本降りとなり、学校に着いた時には既にずぶ濡れに近い状態で。
直接図書室に来れてよかったと思う。
もし午前中の当番が鍵を開けてなかったら、ずぶ濡れのまま校舎内をうろうろする羽目になるところだった。
不可抗力だとは言え、流石にそれは控えたい。
「それにしても悲惨だな、くそっ」
頭の上から足の先までびしょびしょの自分自身を見て、思わず愚痴が零れる。
とりあえず靴と靴下は脱いでみたが、全身の不快感には変わりなく。
窓の外は既に大雨、遠くからは雷鳴がかすかに聞こえてきて、暫く帰れそうにもない。
と言って、このまま本に触れたら二次災害だ。
「全く、何しに来たんだか。
さて、どうするかな」
せめてタオルの一本でも入れてくればよかった。
気温が高いのでそうそう風邪を引くこともないだろうが、とにかく濡れた服が体に纏わりつくこの不快感を何とかしたい。
そう思うが早いか、徐にサンジはシャツのボタンを外し、机の上に無造作に脱ぎ捨てた。
女の子でもあるまいし、上半身だけならそんなに影響はないだろう。
万が一にでも誰かが来たら、雨に濡れて・・・と言えばいいだけだ。
「ふぅ」
思わず口から出た溜息は、開放感の表れか。
こんなところで上半身だけとはいえ裸になるという羞恥心よりも、あの不快感からやっと開放されたという感覚のほうが上回る。
だからだろうか。
急に煙草が吸いたくなった。


煙草の味を覚えたのは、中学に上がってすぐだった。
仕事が忙しい両親、そして祖父。
別にそのことに不満を持つほど聞き分けのない子供ではなかったが、気がつけば煙草を口にしていた。
そして初めて祖父に喫煙しているところを見つかった時、彼は咎める事をせず、ただ
「もし料理人になりてぇのなら、味が狂うような吸い方をするな」
と一言言った。
多分自分の中のどこか消化しきれない想いに、気がついていたのだろう。
それがそのまま、喫煙という行為に直結していることも。
早く大人になりたい。
早く何かになりたい。
浅はかな考えしか持たないこどもが背伸びをするには、喫煙は実に簡単で単純な方法だった。
「・・・・一本だけ・・・・」
鞄から取り出した煙草は、幸いにも湿気ていないようで。
口に咥えてライターを取り出した瞬間、がらりと図書室のドアが開いた。


咄嗟の時に反応が出来る人間なんて、極僅かだ。
当然サンジは、その他大勢の部類である。
図書室の机に足を組んだまま座り、今まさに煙草に火を着けようとしている上半身裸の生徒。
それはこの男、ロロノア・ゾロの目にはどう映っているんだろうか。
「現行犯だな」
一瞬驚いた表情は、すぐににやりとした顔に変わった。
確かに口には煙草、手にはライター。
誤魔化し様のない、決定的瞬間と言っていい。
「・・・まだ、火ィ着いてねぇんだけど」
悩んだのはほんの一瞬。
今更隠しても仕方がないと、サンジは開き直ることにした。
「確かにな、でも普通は持ってる時点でアウトだ」
後ろ手でゆっくりとドアを閉めながら浮かべる、余裕の笑み。
それを壊したいと思ったのは、こどもの我侭だろうか、それとも。
「・・・・・」
煙草とライターを机の上に置き、サンジはそのままゾロに視線を向け。
ゆっくりと唇を動かした。

・・・せんせぃ。

声になったかはわからない。
でもかすかに震えながらも、唇には乗った気がする。
その証拠に一瞬、ほんの一瞬だけ潜められた眉、そして向けられた鋭い視線。
時が・・・・止まった気がした。
「くそっ」
サンジが我に返ったのは、そんな舌打ちが聞こえた時だった。
今、自分は何を?
思わず机から飛び降りた瞬間、その視界を何かが遮り、熱に・・・・包まれた。
何が起こったのか、咄嗟には理解出来なかった。
境界線を越えてきたのが誰かなんて。
ただ耳元に吹きかけられる、熱い吐息だけが妙に現実を感じさせる。
「お前は・・・俺の中の何かを狂わせる。
初めて見た、あの瞬間から・・・・ずっと」
「あ・・・・」
「それでも気づかねぇ振りをしてたのに、あんな声で呼ばれたら、もう無理だ。
あんな、ずっと封印してきたものを引きずり出すような声を。
もう二度と持つこともないと思っていたものを・・・・」


もう二度と持つこともないと思っていたもの。
それがこの男が言っていた、道ならぬ恋だったんだろうか。
ずっとずっと縛り続けるほどの効力を持った、残酷で甘美な罪。
自分を拘束する力が強くなるのを感じながら、サンジはそんなことをぼんやりと考えていた。
そして次の瞬間口から出たのは、思ってもみない間抜けな発言だった。
「あ・・・本・・・・」
「あ?」
「本・・・片付けねぇと・・・」
「本?」
一瞬訳が分からない風にゾロは返事を返したが、すぐに小さく笑いを漏らした。
「くくく、そうだな。
まずこれを片付けないとな。
こんな”悪書”、人目につくところに置いておく訳にはいかねぇ」

そう、”悪書”は誰にも目に付かない場所に

そのままゆっくりとその場を離れたゾロは、どこからか一つの鍵を取り出し。
普段は生徒が立ち入れない、閉架のドアに鍵を差込み・・・・開けた。
「どうする?
今ならまだ戻れるぞ?」
サンジの方を振り返り、ゾロは静かに告げた。
判っている、これは最終通告であり彼の最後の理性だと。
でも。

「”悪書”は隠さないと駄目なんだろ?」


人の心を惑わす、悪しきものは

自分の心を狂わせるこの男も

彼の心を惑わす自分も

始まろうとしている自分たちの関係も


全ては閉架に

誰にも目に付かない、閉ざされた場所に


今度は・・・・自分がこの男の残酷で甘美な罪になる



そんなサンジの答えに、満足そうにゾロは笑った。
丁度あの新任紹介の後に見せたような、男の顔で。


窓の外、雨はますます激しくなってきて。
時より空気を裂く様な閃光だけが、閉架の中で重なった影を知っていた。






    『この本は悪書閉架に隠すべし』裸の我を抱きし教師が  /岩川ありさ

     放課後の音を殺してカーテンの中で二人の解を求めよ  /みきぽ

                                  BL短歌より


源氏愛好家のゾロ!意外性に「ほー!」と食いつきました。
シックで、どこかデカタンで…さすがのねこさんワールドですね!
恋の伏せ籠に捕らえられた素敵な2人をありがとうございました! ぱた

図書室で逢引きをする、国語教師ロロノア先生と高校生サンジくん!
Twitterで紹介されていたBL短歌作品をもとに、ねこさんが純文学のようなゾロサンを
形にしてくれましたv
ねこさん、素敵な作品をありがとうございました〜v ひか

文末に引用されている短歌は、BL短歌誌『共有結晶vol3』所収のものです。
他にも素敵な短歌が沢山掲載されていますので、ご興味持たれた方は こちらからぜひv