手紙

やすみん

この手紙がおまえの目に触れるようなことがあったら、俺はこの世にいないか、もう2度とおまえの目の前にいられない状況になっているかどちらかだ。
これは遺書ではなく、ただの定型文で気まぐれの駄文だ。
こう書きはじめると悦に入り、本音を書けるような気がしてくる。
唐突だが、俺はいま目前に広がっている光景に、途轍もない幸福感を感じている。
そんな幸福に酔ってしまい、慣れない手紙を書きたいと何故だか思ってしまった。
後日に自分で読み返して、拙くロマンチストな恥ずかしい文章に居たたまれなくなり、破り捨ててしまうことを期待してただ書いてみたい。


目の前に広がる大きな海を渡り、様々な人と出会い別れを繰り返し、俺たちは冒険を続けてきた。ずいぶんと濃密な時間を長く長く共有したような気がするけれど、実際の経過時間はあっという間で実は短い。
今日を祝えたらやっと2回目だ。
その事実で実際の短さを知ってしまう。
1回目を祝ったときは、これからもずっと祝っていけるものだと漠然と思っていた。
この船で仲間と、おまえと一緒にずっと同じ時を過ごしていける、そう思っていた。
酒樽の前で5人で誓いを交わしたあの時から、それが続くと思っていた。
それが特別で尊いことだとは、あのときは全く気がついていなかった。
スペシャルな料理を作って、仲間たちと一緒に祝う。
それは俺たちの定例行事のようなものだったから、当たり前だと思っていた。
当たり前なことなんて、世の中にほんの少しもないのにな。
仲間の一人のおまえをはじめて祝ったあの時、おまえを祝うことが別の意味で嬉しかった。
嬉しいと思う気持ちの正体にはすでに気がついていたけれど、その気持ちを伝えることは微塵も考えてはいなかった。
これからも、ずっとおまえと一緒にいられると、安易に考えていたからだ。
俺の気持ちを伝えずとも、船に乗っている限り一緒にいられる。
それで満足だったし、それで良いとあの時は思っていた。
海賊になった時点で、明日の己の命も危惧しなければならない立場なのにな。

すべてに関して、後悔したのはあの事件のあとからだ。
あのとき、絶対的な力の差を目の前にしてもう終いだと思った。
ここで終わると、全滅すると覚悟した。
全滅を目の前におまえは、自らの命を代わりに差し出すと言い出した。
それを聞いた瞬間におまえの最後をみるくらいなら、俺は自分の命を差し出すとなんの迷いもなく思った。
それくらいなんでもなく容易いことだと、なぜ了解してくれなかっただろう。
おまえの夢に比べたら俺の夢は代用がきく。
世界一の大剣豪はおまえにしかなれない。
コックは新しく探せば良いし、オールブルーはそこに存在しているものだ。
俺の目ではなくとも、おまえの目で仲間たちとオールブルーを見つけてくれればそれで良かったんだ。
だが、おまえはそれを良しとしなかった。
目の前が真っ暗になって倒れていく最中、どうして、なぜ、ばかりを繰り返した。

俺はおまえの本心を何一つ聞いたこともなかった。
否、聞きたくなかった。本心を聞くことすら、あの時の俺は怯えていた。
俺のことをどう思っているのか。
どういうつもりで俺とセックスしているのか。
1回だけの情事なら間違いで済むが、なぜ常習的に俺を抱くのか。
そこにはなんの意味があるのか。
心だけではなく、体も溺れていった俺をおまえは知っていたのか。
知っていても見ないふりをしていたのか。
それとも知りたくもないと思っていたのか。
いや、俺に興味すらなかったのかもしれない。
疑問を抱きながら、俺は怯えていたんだ。
あの時、俺を気絶させ、おまえが犠牲になったのは、仲間全体のことを思ってのことなのか、俺では力不足でただ単に邪魔だったのか、それとも俺が少しでも大事だったからかー・・・。

聞きたくないと諦めたふりをして、でも期待をして、
そんな考えを自分の頭の中だけで繰り返しては見たけれど、おまえの本心だけはどうしても聞けなかった。

ウルススショックの後、おまえが目を覚ますまで俺は暗い闇の中にいた。
もう目を覚まさなかったらと、最悪なことを考えては暗闇の中にいた。
おまえがやっと目を覚ましたとき、俺はおまえの枕元にいた。
そばに座っている俺を見つけて、目覚めたばかりのおまえはふらつく手を、俺に差し伸べてきた。
差し伸べてくれた手を俺は握り返すことができなかった。
目を覚ましたあとも、俺は何も言うことができずにひたすら怯えていた。
あのときの俺はうまく笑えていなかった。
普通の表情を保つことさえも実践できていたか、それすらも記憶がない。
そして瞬く間に、何も言えないまま飛ばされ散り散りになり実質的に離ればなれになった。
おまえがいる来年がこないことを思い知る。
2年後、仲間と会える確信はあれど、確証はなかった。
怖くて、臆病などうしようもない俺を悔やんでいた。
おまえの気持ちばかりが気になって、気になりはするけれど聞けずに俺は臆病で、あと少し、もう少しと引き伸ばして、今はまだ知りたくないと引き伸ばし、実質的に聞けない距離まできてしまったのだと後悔した。

会えない2年間でいろいろと考えたんだ。
そして自己満足で、自己完結の勝手な言い分だが、おまえの気持ちは聞かなくても良かった、ただ伝えれば良かったと2年間の間にやっと気がついたんだ。
俺のはじめての心、おまえはまだ知らないよな。
はじめての心、おまえに気づいて欲しかった。
おまえに求めてばかりで、知りたくないの一点張りで、俺は自分の気持ちすら伝えようとしていなかったけれど、俺は、俺のはじめての心、おまえに気づいて欲しかったと気がついた。
それだけだったんだと気がついた。
今は文として書いているから本心を書けるけれど、おまえを目の前にしたらこの気持ちを言葉にできるのだろうか。

テーブルの上には祝いの特別ディナーが食べきれないほどの料理と、いつもよりも少し贅沢な、おまえが好きな酒が並んでいる。
今年は、今日はやっと一緒に祝える。
だから、あともう少しと、明日を待つのはもうやめたい。

ルフィは待ちきれないのか、何回もキッチンに来てはつまみ食いをしようとしてくる。
俺が止める前にナミさんが感づき、ルフィの耳をひっぱって阻止をしている。癪だがあの2人の間合いは2年前よりも強固だ。
部屋の飾りはウソップとチョッパーがしてくれた。チョッパーは高い台にのって飾り付けをしていたよ。飾りの土台はフランキーが作ってくれた。
ロビンちゃんは料理を手伝ってくれた。ロビンちゃんは意外に料理がうまいんだ、そういったら失礼だよね、ロビンちゃんは基本的な料理は作れると最近知ったんだ。
ブルックはバイオリンで自作の曲を披露してくれるみたいだ。
そんな光景を見て、俺はとても満たされた気分でいっぱいで幸せだ。
仲間と祝えることが嬉しくて仕方がない。
だからと理由をつけるのも変だが、今日俺のはじめての気持ちを伝えたいと、景気付けのつもりで、誰にも見せる事のない手紙を書いている。
俺たちは順番を間違えてしまったけど、伝えるのも遅くなってしまったけど、きっと大丈夫だよな。何が大丈夫なのかまったく筋道が通っていないけれど。

俺の気持ちを伝えて、おまえの気持ちが、どうであれ俺はかまわない。むしろ満足するだろう。
2年前は不安でいっぱいだったが、今では心穏やかだ。
年月を経て、別の感情が芽生えたからかもしれない。
俺はおまえを信頼している。
聞いた事はないけれど、おまえも俺を信頼してくれていることだけはわかる。
だからか、以前は気持ちを伝えようと躍起になっていたけれど、今となってはおまけのようなものだ。
だが言葉に伝えるのはやはり必要で、言葉で言わなければ伝わらないこともある。
何よりも俺が伝えたいから伝えるんだ、それで良いと思う。
祝い酒に酔って、なし崩しにやってしまう前に、酒はほどほどにして俺のはじめての気持ちを伝えたい。

そろそろ地平線に夕日が沈もうする時間で、それを合図とするようにバタバタとこちらに向かって走ってくる足音が聞こえる。
一番乗りは絶対にルフィ。
宴のはじまりだ!と騒ぎ出し、瞬く間に仲間が集合して、きっと最後におまえが部屋に入ってくる。
そして開口一番こう言ってすべてがはじまるんだ。


「ゾロ、誕生日おめでとう!」


end

なんとも思わせぶりな始まりの手紙にドキッとしました。
2年を越えて、試練を乗り越えて、たくさんの困惑と戸惑いを越えて、サンジくんはまた強くなったのですね。
想いはしっかりと届いていますとも!
素敵なふたりをありがとうございました! ぱた

渡すつもりの無い手紙、という形式の一人称がとても新鮮でした!
サンジってば、あのひねくれた態度の裏側で、こんなにも静かに強くゾロを想っているんですね〜v
素敵な作品をありがとうございました! ひか